40話 魔法 対 物理
「あら、油断はいけないわね」
その台詞は何かの伏線か、突然左肩に傷口がぱっくりと開いた
服が裂け、肌が露出する
そこから血が、溢れんばかりに流れ出してきた
慌てて俺は右手で傷口を押さえる
そして、回復した
安定の『高速再生』さんは、今日も元気に働いてくれている
これのおかげで明日があると言っても、もはや過言ではないほどの頼りっぷりだ
かなり根強い依存関係、といってもいいだろう
依存相手が人間どころか存在ですらないというのは、結構新しい事例だろうが
ともかく回復した
回復して、そしておかしさに気づいた
俺と彼女との距離は、あくまで目分量だが2~3キロほど離れている
2~3キロ、案外短いように聞こえるかもしれないが、それを一瞬で行って戻ってくるというのなら話は別だ
こんな異世界で言うのもおかしな話だが、理論という理論をそれは超越してしまっている
まさかその距離を一瞬で詰め、また一瞬で元の位置に戻る秘術を習得しているなんて可能性はないだろうから(それに彼女は俺のバトルドレスを切り裂けることが出来るであろう武器を持っていない、丸腰の状態だった)、やはり――――
〖魔法です。十中八九〗
―――ですよな
さすが異世界ファンタジー
向こうの世界じゃまあまあに使える防御服も、こんにゃくのようにすっぱりか
この調子じゃ、俺の肌がこの青空の元にさらけ出されるのも、そう遠くない未来となってしまうな
それだけは一応、女である以上は避けなくてはならない
女である以上は
女であることを、やはり異常に思いながらも
そんな現代のテレビにおいて、放送事故不可避レベルの状況になることだけは、裸足になってでも回避しなければならない
靴は捨てようとも、服を捨てることだけは――――服を布に還すことだけは、足掻いてだらしなくなったって―――それだけは、してはならない
再三俺は、自身に念を押す
さて、魔法か……
当り前だが、そんなファンタジーかつパワフルな攻撃について、知識どころか常識さえ持っていない
常識を知らず、概念を知らず、しかしその存在を知っているというのもおかしなものだが
ともかく知らないことには、対処のしようさえない
そういえば、バリア装置があったな
ふと、指を見て思い出した
魔法というインパクトが強い現象のせいで一瞬忘れていたが、それを使えば何とか攻撃を防ぐことが―――――あれ、どうやって使うんだこれ?
それの思考さえ彼女にとっては油断の一環なのか、また肩に亀裂が走る
今回は右肩だった
右肩が裂け(なに、腕が落ちるほど深い傷ではない)、そして再生する
まるでわんこそばのように無くなったら足されていく
そして二度目の攻撃の後、一拍置いてから彼女から湧き出る空気が殺気を帯び始めた
殺さなければ、もしくは殺そうとしなければ、俺は退かない
そう確信したのであろう
空気は震え、俺の肌をも揺らす
おっと、一応女性(少女?)というのだから、肌は気にしておくべきか?
特に日焼けなんかには
中学校時代には真っ黒になるまでグラウンドを走り回ったものだが、この体になってしまってはそれもできないということか
なんと嘆かわしいことかぅ!?
また新しく攻撃が飛んでくる
――――狙われたのは、右耳だった
「舐められたものね。戦闘中に相手にくだらないことを考えられるなんて」
仮面の女は手を首に当て、続けて言う
「次は、無いわよ?」
その台詞にも、やはり殺意はこもっている
こもっているというよりか、その台詞が殺意そのもののように感じた
ふむ、しかしこの攻撃で、わかったことが2つある
まずに、この攻撃は見えない
それは早すぎて目がそれを捉えるが出来ないというわけではなく(それならばむしろ見えている。なんせ体感時間を極限まで遅くすることのできる技能を、俺は持っているのだから)、それが可視できない、透明な攻撃だということ
見ることのできない攻撃、不可視な斬撃
いや、よくよく考えれば彼女が使っているのは魔法なのだから、斬撃というにはおかしいだろう
見えなくて、剣のような切れ口…………
風の刃……、風刃……
よし、今後からこれを鎌鼬と呼ぼう
理由などは特にない、ただの思い付きだ
しかし、適当に名付けてみたものだが案外しっくりとはまっていないだろうか?
鎌鼬、鎌鼬、鎌鼬、鎌、鼬…………
結構どころかかなり気に入って、その言葉を口の中で何度も租借する
幸い言を発する事態にはならなかったが、後々考えてみればこれだってかなりの侮辱行為になり得ただろう
本当、彼女が俺のように心を読む技能を持っていなくて助かった
さて少し話題がずれたが2つ目だ
まあこれは至極単純で、かつ誰でも口をそろえて相手に言うことができ、しかしなかなか自分に対しては言えないことだ
彼女には、勝てない
勝利は不可能である
つまり―――――自分が弱者であると、俺は認めた
おおよそ人が行いたくないであろう、人を見上げるという行為
自分が弱いという、潔い認識
それを俺は、認めよう
彼女には勝てない
動物が滅びようと、植物が滅びようと、人類が滅びようと、文明が滅びようと、世界が滅びようと、地球が滅びようと、宇宙が滅びようと、次元が滅びようと、〇方の塩が滅びようと、未来永劫どんなことがあろうとも――――
〖主そのことなんですが、私これでも作成者なので扱うことぐらいちょちょいのちょいですよ?〗
前言撤回しよう
俺は勝利する
さて、勝利すると言ったからには戦法をしっかりと考えなければなるまい
徒手空拳か、それともエクスカリバーを出してこっちも遠距離勝負に持ち込むべきか
そこはどうするべきだろう、解説の『善意』さん
〖いつからプロレス試合に変更されたんですか、この戦いは。そうですね、徒手空拳は[月渡]をもってこのざまですから止めておくのが吉です。遠距離攻撃はまだ試していないのでわかりませんが、おそらく無駄に終わるかと〗
近接戦闘に関しては、まあこの服の破け具合を見て大体察せるけど、遠距離攻撃が無駄ってのはどういう了見だ?
〖あの弾幕の波を掻い潜ったうえで、的確に吸血弾を彼女にヒットさせることが出来るとは到底思えないんですよ。その弾幕が見えないとなれば尚更です〗
ふむ、ちなみにその攻撃を可視化させるような魔法の道具は作れないのか?
例えば、俺が子供のころメガネ屋に置いてあった、かけると浮かび上がってくるサングラスとか
〖えっと……、偏光レンズのことですか?あれは様々な方向からくる光をあらかたカットする、という技術なので、別に見えないものを見えるようにする技術ではないんです〗
そうなのか!?
てっきり、魔法のレンズなのかと思ってた……
だとすればどうするか?
首を飛ばされても蘇るにしろ、何も手立てがないようじゃ意味がないし
せめて一撃入れることが出来れば勝算でもあるんだがな
〖一撃だけでしたら、もしかしたら可能かもしれませんよ?〗
そんな方法が、あるのか?
〖ええ、まずですね―――――――――〗
――――そんな方法が、果たして成功するだろうか
試したことすらない、急場しのぎの一発勝負
失敗すればもちろん死ぬだろうし、たとえその作戦が成功したとしても、まともな平衡感覚を保てるとは思えない
いや、これは杞憂か?
確かにジェットコースターなんかも、乗る前は怖くて乗車することさえはばかられるが、乗ってみれば案外楽しかったりする
となればやはり、やってみなければわからない、か――――――
俺は自嘲気味に息を吐く
それに呼応するように、彼女は仮面の隙間から白い息を吐いた
白い息は自然的環境において、よく見られる現象だろう
吐いた息に含まれる水蒸気が急に冷やされて起こる、なんてことない現象だ
しかし、この場に限っては異常だった
この世界に四季が存在するのかは知らないが、少なくとも外は寒くなかった
防御対策のためということで俺は厚いバトルドレスを着ているが(先ほどの攻撃で、ことこの戦いにおいては無意味であることが証明されたのだが)、気温のことも相まってやはり少し暑い
服の中が汗で蒸れ、一部のマニアには大喜びであろう代物が出来上がっている
それほどに、暑い
加えて忘れがちだが、この国は巨大な岩の中に存在している
だとすれば、保温効果は大いに見込まれるだろう
もしかしたらだが、軽く30度は超えているんじゃないか?
これじゃ、熱中症でぶっ倒れるのも時間の問題だ
―――――そんな環境で、果たして水蒸気は冷やされるか?
否、そんなことが起これば、もはや不可思議と呼ぶべきだ
その不可思議に分類するものと言えば―――それはやはり、魔法だろう
無数と呼ぶべき程の氷塊が、彼女を円の中心として前方百八十度の弧を描くように出現する
大きさはほんの数センチほどだが、仮にものすごいスピードで飛んできたとしたらその硬さも加わって、かなりのダメージになることだろう
なるほど、いまだ数を増やしていくその氷塊に、彼女の周囲の空気は冷やされたわけだ
つまりは、見えない鎌鼬による肉体の切断から、見える氷塊による骨や筋肉の破壊に戦法を切り替えた、と
もう一度俺は、落ち着いて息を吐いた
息を吸って、息を吐きなおす
深呼吸を、数度繰り返す
そして最後に息を大きく吸い込んで、よし落ち着いた―――
「やってやろうじゃねぇかぁ!!!!」
―――もはややけくそだ
俺は雄叫びを上げた
彼女は両腕を振り上げ、演奏が始まった