39話 何にも知らない
「しかし、不思議だな」
嫌な気分になって、俺は話題を変える
{何がだ?俺が形を持ってお前の目の前にいることか?}
それも間違いではない
実際驚いたし、ビビったし、バビったし
{俺は今でもバビッたなんて使うやつが居ることに、それこそバビってるよ}
「うまい具合に話を回すな。そんな事じゃなくて―――――て、俺話してもいないけど、もしかして考えてる事分かってんのか?」
{常日頃からそんな感じだろ}
そうなんだが
そうであってしまうのだが
「じゃなくて。ここは一体どこなんだ?前に『善意』さんに体貸した時は、こんな空間に飛ばされなかったぞ?」
{は?お前一回飛ばされ―――ああ、あの時は気絶してたっけ}
気絶!?
{そう気絶。瀕死って行った方がいいかも知んねーけど。ほら、見ず知らずのじーさんに首落されたことあったろ}
首を落されたといえば、確かにそれは覚えている
なんせ転生してすぐの出来事だったからな
あの白髪小柄の、腕の立つ爺
あれはとにかく強かった
単純な力だけなら確実に俺の方が上回っているだろうが、そこに技術が加わると、技術が加わるからこそ、俺は負けることとなった
完璧であり十全であり一切の油断が関与しないままに、俺は殺された
完全敗北だった
完全な敗北だった
「でもそれがどう関わって、俺が気を失うなんて事態になったんだよ」
{首を飛ばされて意識が保てる生物なんて、ザラにはいないだろ?}
考えてみれば、そりゃそうか
首がぶっ飛んで意識が保てる存在なんて、アンドロイドかプラナリアぐらいしか俺は知らない
{プラナリアでも、あの爺に掛かれば一太刀で切り殺せるかもしれないけどな}
「それはもう一種の領域に達してるんじゃないのか?」
領域というか、神域っぽいが
{神域なー。だとしたらあいつは仙人か。ちょうどいい見た目してるしな}
カカカッ、と『悪意』は笑った
いつも聞く笑い声だが、しかしそれが直接鼓膜を揺らしているとなると、何か違和感がある
「あんな刀振り回す仙人が居てたまるか。それよか、異世界らしく魔法使ってる仙人様は居ねーのか?」
{居るんじゃねーのか?まあ仙人は例えだとしても、結構な年齢重ねた老人なんかは魔法をちょちょいっと扱ってそうだし、ゲームとかでも、大体の魔法使いが老人って相場は決まってるだろ?}
そんな相場聞いたことないが、まあドラクエ4のブライも老人と言えば老人だったし、あながち違うとも言いにくい
まああいつは俺たちが言っている仙人と違って、結構なへっぽこ具合ではあったのだが……
{あれはへっぽこっつーより、周りがおかしいんだよ。たぶん普通の老人と比べりゃ、結構な差が生まれると思うぜ?}
「それはどうだかね。案外あの世界の老人はみなハイスペックだって可能性が無きにしも非ずだしな」
{だとしたらドラクエの世界は蓬莱そのものってか?}
「それならデスタムーアでさえ、苦労せず瞬殺だろうよ」
{世界の半分どころか、すべて奪い取ろうとする強欲さも持ち合わせてそうだけどな}
「仙人なのにか?」
{元は人間だろ}
彼は続ける
{結局人間、欲には勝てんよ――――食欲だろうと、性欲だろうと、どう人が変わったところで、人外になったところで、元がヒトであればそれは曲がらない}
「…………当り前のことをさもかっこつけて言うんじゃねーよ」
思いっきり、俺は呆れた
呆れさせられた
{当り前ねぇ…… でもこのことを知らない奴からしたら、名言っぽく聞こえはしないか?}
「知らない奴は、そっちの方がどうかと思うがな」
けどまあどっちにしろ
知らないってことよりは、知ってる事の方が断然楽だと思うけどな
それを聞いて―――彼は笑わなかった
〖すいません主、話している最中悪いんですが、やっぱり変わってもらってもいいですか?〗
突然天の声が、この空間に響く
その天の声は、やっぱり聞き覚えのあるものだった
「どうした?何かまずい増援でも来たのか?」
〖いえ、単に相手の力量を図り違えたといいますか、相手を過小評価しすぎたといいますか……〗
その声は先ほどと違い、とても弱弱しい声だった
まるで叱られる前の子供の様だ
「……りょーかい。でも意外だな。あの爺さんとか倒したから簡単に倒せると思ったんだが」
〖彼と彼女は全く違いますよ。彼は、まあ厄介な剣技でしたが、それは力技でなんとかできるんです。けど彼女の攻撃は密が濃すぎて、近づけさえできないんですよ〗
なるほど、殴られなければどれほど相手の力が強かろうと意味はない
考えてみれば、基本的な戦術か
「変わるってのはわかったけど、俺はどうすればいい?この状態で俺は何をすれば、人格ってのが変わるんだ?」
〖主は何もしなくても。あと数十秒で変わると思うので……〗
それならば、いいんだが
ふと、俺は寝転がる
冷たい地面だった
相変わらず変わり映えのない、白い空だった
{……良かったな、この世界に鏡がなくて}
「は?どういう意味だよ」
急に『悪意』がわけのわからないことを口にする
わけのわからない、いやわかっていたのかもしれない
わかっていたうえで、忘れていただけかもしれない
忘れていたうえで、しかしわかっていないのかもしれない
ただ、理解が出来た気がした
{直にわかるさ。もっとも、教えるのは俺じゃねぇし、教わるのもお前じゃねぇがな}
「それじゃあ一生理解できねーじゃん」
そう言うと、彼は笑った
{それに関しては必要のない心配ってこったぁ。なんせその時、お前は死んでるだろうからな}
それは笑みの様で、否、笑みとは呼べない顔だった
俺の心が久しく鼓動する
これは、恐怖なのか?
蛇と親ガエルに同時ににらまれた、哀れなナメクジのような、そんな気分だった
視界は一変して戦場へ
先ほどと違って、肌には風を感じ、目には光を感じ、耳には荒い息遣いが聞こえてきた
この息遣いの主はどうも俺のようで、見ると無意識に肩が揺れている
仮面はいまだに健在だったが、数ヶ所にひびが入っていて、仮面の中に光が差し込んでいる
つーかこれを装着しながら運動するってのは、今さらながらかなり辛いものだったかもしれない
息遣いが荒いと先は言ったが、その理由もおおかたこれであろう
汗のせいか肌にべったりとくっついて、非常に息がしづらかった
仮面がベストマッチ並みに顔にフィットして、それが逆にミスマッチとなって(ミスマッチの使い方があってるのかはともかくとして)空気の出入り口を塞いでいるのだ
こんなの息継ぎせずに1500m一人で泳げ、と言われているようなもの
自分のふざけ半分で考えたアイデアが、まさか冗談抜きで自分を殺しかける羽目になるとは
自業自得どころか、自業地獄じゃないか
まさに地獄じゃないか
そう言って俺は落胆する
ともかくこれでは本気を出せないな
今気づいたが、あの日本刀(月渡)も俺の手にはないし
せいぜいあるのは、いつ着けられたのかもわからない、赤い宝石の装飾が施された指輪だけであった
〖ああそれは、一応の対策として作った防御装置です。魔力を込めればバリアが展開するようになってるので、まあ調節して使ってください〗
バリア装置か……
こんな指輪みたいなのだと、殴ったはずみで壊れそうなんだが、それは大丈夫か?
〖殴った程度で壊れるほどやわではないですよ。むしろ殴られた相手が可哀そうなほど堅いです〗
それはそれで心配なんだがな
{それも一つの武器だと思って戦えばいいだろ?どーせ右手しか使わない、とかいいそうだけどな}
片手で、少なくともあの人に勝てるか
勝てるとしたら、驚きだ