15話 まるでどこぞの猫のよう
「お母さん!!」
悲鳴にも似たその声とともに、壁は蹴破られた
俺は唖然とし、なにごとかと壁を見つめた
・・・似たような出来事を見たことがある気がするんだけど気のせいか?
{気のせいだろ。それかあれだ、既視感ってやつだ}
なるほど既視感か
蹴破られた壁から出てきたのはどこか見たことのある顔立ちをした赤いドレスを着た少女だった
背丈からして大学生あたりか?
「ヤクス!?」
おーいリリムさーん!!
「・・・リリムさんこの娘と知り合いなのか?」
「知り合いも知り合いよ。だってこの娘・・・」
あ、なんか分かった気がする
いやまあ大体わかってはいたけどな?
一応答えは聞いてみるか・・・
「私の娘だもの」
デスヨネー!
そうじゃなきゃこんなに顔立ちとか似ませんもんね!
「おかあ、さん?」
「どうしたの?ヤクス。何かあった?」
泣きそうな声でリリムさんにゆっくりと近づく少女に対し、リリムさんはそれの意味に気づいていないようで首をかしげていた
案の定、少女はリリムさんに抱き着いた
それはそれは強く抱きしめていた
「ちょっと、ヤクス!?急にどうした、」
「良かった。お母さんが、お母さんが生きていてくれて・・・」
リリムさんを抱きしめながら、彼女は大きく泣いた
そんな娘の様子に、少し驚いた様子で、それでも慰めるように、リリムさんは優しく少女の頭を撫でた
頭を撫でてもらって安心したのか、声はだんだんと大きくなり、床にいくつか大きな雫が零れ落ちた
リリムさんもいつしか顔はほころび、そして青ざめていった
・・・よし『善意』さん
〖・・・・・・・・・なんですか?〗
回復薬お願い!
〖・・・・・・・・・不本意ながら、了解しました〗
かなりの嫌悪感を含んだその言葉を聞くと、リリムさんから少女を引きはがした
突然のその行動に少女は驚いたようで、俺に向けて殺意の視線を飛ばしてくる
そんなこともお構いなしに完成した回復薬をゆっくりと飲ませると、リリムさんの顔色は徐々に良くなり、すぐに意識を取り戻した
しかしまあ、あんたこの2日で何回死にかける気だ?
ちらと少女を見てみると、まだ何をしてしまったのか分かっていないようだった
まあ、リリムさんが貧弱だからっていうのもあるんだろうけど・・・
「・・・悪いわね。手間かけさせちゃって」
「いいですよ。それぐらい。で、続き聞かせてもらってもいいですか?」
「ああ、そうだったわね」
リリムさんはゆっくりと立ち上がると、『七色の悪魔』とは何かを話し出した―――
「魔王に仕える七匹の悪魔、か・・・ お前もその一人、なんだよな?」
俺は少女に指をさす
「うん。わたしはおかあさんにつかえてるの」
「お母さんってことは、お前のお母さんも、その悪魔族ってやつなのか?」
「・・・ちがう。わたしのおかあさんは、半魔人なの」
「デミヒューマン?」
デミヒューマンっていうと異人とか亜人って意味だっけ
「・・・半魔人っていうのはね、人間が魔人に成り変わった存在の事よ。例えば・・・」
言葉の意味を理解できていなかった俺を助けようとしたのか、リリムさんは簡単に説明してくれた
そして、縛られた男のもとへ行き、
「貴方も、半魔人でしょう?」
と
「・・・・・・・・」
男は答える気がないようで、ただひたすらに黙っていた
「そ。まあいいわ。とりあえず敵意はないようだし、縄をほどきましょうか」
「いいんです?また後ろから襲われるかもしれませんよ?」
「大丈夫よ。助けるんでしょう?どうせ」
・・・すべてを見透かしたような目で、リリムさんはそう言った
「さあ?どうでしょうね。ま、尽力はつくしますよ」
いつものように、俺は笑った
「で、この先にいるんだよな?」
扉の先に広がる闇を見据えながら、俺は尋ねる
「うん、おかあさんはとびらのむこうにいる。・・・あの、」
「どうした?」
「ぜったい、たすけてね」
「・・・・・・」
無垢な瞳でそんなことを言われたら、さすがに自信がなくなる
どんな病気なのかさえわからないのに、俺に助けられるのか?
そんな時、天童さんの姿が頭をよぎった
ああ、そうだったそうだった
俺は彼女を救うことは、結局できなかったんだ
手を伸ばせば、救えたはずなのに
頭をよぎった彼女の顔は、俺を叱っているようだった
まるで、俺を戒めているかのようだった
・・・・・わかっている
今度こそ、後悔はしないさ
「ああ、大丈夫だ。絶対に助けてやるからな。えっと・・・」
その言葉のつまりを察してか、くすくすと笑いながら
「わたしのなまえはベル。ベル・ラス」
「そうか。ベル、絶対に助けてやるからな」
「うん!」
彼女は笑顔で大きくうなずいた
「お母さん。私はここで待っているよ。気をつけてね」
「分かってる。私は貴女の母親よ?絶対に大丈夫」
「リリムさん、行けるか?」
「今行くわ。じゃあね、ヤクス。すぐに戻るから」
リリムさんはそう言うと、ヤクスさんの頬にキスをした
その顔は真っ赤に染まり、頭から湯気が出てきそうな雰囲気だ
その様子をほほえましく見ながら、開け放たれたドアの前に立った
「・・・・・・おい」
一歩、闇の中に踏み入れようとしたとき、制止するかのように彼は声をかけてきた
「なんだ?」
「魔王様と酒を飲む約束をしている。高い酒だ。土の肥やしにはさせるな?・・・それだけだ」
そう言うと、男は再び黙り込んだ
要は殺すなってことか
それだけ、ここの魔王様は信頼されてるってことでいいのか?
{さあな?少なくとも、頼りにはされてると思うぜ}
一緒じゃないか?
{一緒だろうな}
なんだそれ
笑いながら、腰に巻き付けたロープを念入りに縛る
「じゃ、行きましょうか」
「ええ」
何も見えないその部屋に、やっと一歩踏み出した
―――自然と、恐怖の感情は浮かばなかった




