一話 生き返り
少しばかり大げさに書かれている部分があります。実際にはここまで大変なことにはならないので、ご注意ください
目が覚めると、そこは見慣れた天井だった
染みの一つもない、綺麗な天井
体を起こし、癖であるがひじやひざの駆動を確認する
今日も変わらず絶好調だった
さて、ここはどこだろうか?
家であることは間違いない
それは重々理解している
しかし、だとしたら
先に二回ほど見たあの夢は、どうやって説明を付ければいいのだろうか
俺が死んだ
痛みさえ伴って死んだ、あの――――夢を
もしくは現実を
夢か、現実か
空想か、事実か
それを確定させるのに、まだ材料が足りないが
いや、悪い夢だと思って、今は忘れよう
すぐ隣にあるカーテンを開けると、何の偶然かスマホが鳴る
開けば画面には、7:45の表示が映されていた
予知夢というものが存在するのは、俺でも知っている
デジャブとも言い換えられるそうだが、この場合はその予知夢の表現が正しいだろうか
そんなことを考えながら、先ほど夢で見た朝食を、もう一度頬張る
さて、これはどういうことか
もしこの一連の流れが、某テレビ番組のドッキリ企画だとするならば、かなり手が込んでいる
まだ半分ほど寝ぼけていたこともあってか平静でいられたものの、もしそうでなかったら急に驚きだすただのヘンな弟だ
あの変人な智里でさえ、自分に奇異の目を向けることだろう
事情を聴いたりすることも……まあやめておこう
遅めの中学二年生の春が来たと、智里に思われるかもしれない
それに、こんな一市民をドッキリに嵌めたところで、視聴率なんぞ取れることはないから、その線はないだろう
……8:15
あの夢での、俺の死ぬ時間、だったか
さすがにそんな確証もない話を信じたくはないが、どうなんだろうか
本当にトラックの事故が俺を襲うというのなら、それは角を曲がるときに気を付ければいい
……だが念のため、用心しておくことに損はないだろう
そう思って、8:14にアラームが鳴るよう、スマホを操作する
馬鹿らしいといえば、馬鹿らしいがな
壁の時計に目をやると、意外にもまだ長針がてっぺんを過ぎていなかった
着替えは先にしておいたし、遅刻でもしないよう、今日はゆっくりといこう
「ごちそうさまでした」
箸をおくと、そのまま玄関に向かう
「今日から高校生か~。いや~おっきくなったもんだねぇ」
靴を履こうとすると、智里が出迎えにやってきた
「ちょっと前まではこんなにちっちゃくてかわいかったのにな~」
そういって智里は、その豊満(ただし着痩せするタイプなので、その全貌を拝むことはできないが)な胸の下あたりに手を置く
「そのジェスチャーは、挑発行為か?」
「あったりまえじゃん。まあ、ちっちゃいちっちゃい真司君には、一生勝てないだろうけど。ぷぷぷ」
おうおうまじか
ぷぷぷなんて現実で口に出す奴は居ないと思ってたが、まさかこんなところに居たとは
うむ、しかしむかつく顔をしている
最上級並みの挑発だ
「うるせぇよ。今年までには成長期入って、絶対抜かしてやるからな」
「別に怒らなくたっていいじゃないの。まぁ高校では、真司よりちっちゃい子がいるといいね♪」
「ああ、そうだな」
落ち着いて、俺は酷く落ち着いて、俺はドアを開けた
智里は何が起きたのかわからないような顔をして、驚いている
「じゃあ、行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
とても小さな声を出して、彼女はまた、弟の背中を見送った
体幹時間的に10分程か
まだ遠いながら、俺が入学する高校が見えてきた
しかし、この時間はまだ早いのか、それともただ人通りが少ないだけなのか
俺と同じ制服を身に着けたおよそ高校生らしい人間の姿を、俺の通った道の中で目にすることはなかった
勿論のこと、交差点には気を付けている
これのせいで、もしかしたら恋愛フラグがバキバキに砕け去ったかもしれないが、まあいいだろう
俺はそうやって安堵した
安堵、したのだろうか
急にあたりに機械音が響き、吐き出そうとした空気が肺に逆流する
とたん、息が詰まり、体が硬直する
嫌な汗もにじみ出て、血液がうねりを上げて血管を流れていく
結果、機械音を発するそれを、俺は止めることが出来なかった
おそらく近所迷惑となるであろう程に大きく設定してしまったその音に、しかし俺は集中することが出来ない
出来ないほどに、俺は別のことに集中していた
落ち着け
落ち着いて、周りを見渡せ
いや、ここは少しでも視野を狭めようか
そう思って、近くにあったビルに背中を付ける
ひんやりとした感覚が制服越しに伝わって、少し視界が開けた気がした
これで、180度
背中を気にする必要がなくなった分、余裕が生まれる
余裕?
いや違う、油断だった
大きな爆音が、耳を貫通する
「あぐ……」
衝撃が、俺の体をビルに押さえつける
急に太陽が雲に隠されて、辺りが影に染まる
突然出来事に、しかし逆に理解が出来た
遠くの方で煙が見える
強い突風が肌をかすめる
焦げ臭いにおいが、煙の方向から漂ってくる
まさか、爆発か?
何か自爆テロでもあったのか
それともガソスタのガソリンに火でも着いたのか
わからない
わからなかった
それでも一つだけ、分かったことが―――――分かりたくなかったことが、あった
気づきたくなかった
知りたくなかった
聞きたかった
もう少し長く―――アラームを
轟音が、俺の鼓膜を打ち破るように落下してくる
影が、より一層濃くなってゆく
それは雲ではもちろんない
雲が落ちてくるなんて、おとぎ話でもそうそうない事態だ
落ちてきたものは、もっと現実的で、非現実的なもの
ビルが、崩壊したビルの瓦礫が、それが立っていた場所を中心に、辺りに降り注ぐ
ほんの一瞬
もはや走馬灯さえ見えないだろうこの一瞬の中で、俺は果たして何を思っただろうか
……トラックが降ってくる、ってわけじゃないのか
いや、どんなファンタジーだよそれ
自問自答(?)をしたところで、俺は瓦礫に潰された
俺のアラームが、一足先に鳴りやんだ
<確認 スキル『過去移動』を使用します>
<効果 【魂移動】を開始します>
<魂の移動を開始……成功しました。続いて記憶の移植……成功しました>
<続いて、『生け贄』の自動作動を開始……成功しました>