待たされる
二人の名前が覚えられません。
甘々ラブコメ始めました。
「ちょおのうりょくしや・真昼のぬるま湯人生」もぜひ。
2コール目で濱野さんが上擦った声で返事をする。
「長尾さんっ?どうしたんですか?」
私が伝えたいことは、さっきのお礼だけだったので、それだけ伝えてすぐに電話を切ろうとする。今日はありがとうございました、と。
「…」
濱野さんは何も言わない。いきなり電話を切るのは人としてどうなのかとも思うが、私は明日からも独りで生きていかなければならない。そのための準備をしようと思っているのに、長電話はしたくはなかった。
「あの…私、明日から仕事を探したり、しなきゃいけないんですよ…濱野さん。もう切っていいですか?」しばらくして予想外の答えが返ってきた。
「………働く当てがないなら、うちで働けばいいんですよ。」…は?
思わず、呆れたような声を出すと
「濱野病院の受付で働きませんか?長尾優衣さん。」と心なしか嬉しそうな声が返ってくる。あまりにも突然のことに驚き、返事が出来ずに放心していると、
「じゃあ、明日詳しく説明しますので9時に濱野病院まで来てくださいね。」
と一方的に電話を切られた。院長の息子で医者、なんて肩書きだけ聞くと一見しっかりしてそうなのに、あの奔放さ…正直なところ、かなり苦手なタイプで、お礼の電話を掛けたはずなのに、私はかなりイライラしていた。
翌朝、8時に目が覚める。気分は最悪、といったところだ。9時に濱野病院に行くことになっていることも、まじめに一方的な約束を果たそうとしている自分も、家族のいない日常は夢ではないことも…すべてに私はイライラしていた。仕方ないから、軽めの朝食を済ませて濱野病院へ向かう。はあ…
9時ちょうどに濱野病院に着いても濱野南雲の姿はなく、私のイライラはピークに達した。10分経って現れなかったら帰ろうと思って携帯を見ると、不在着信が1件入っていた。着信元は濱野南雲…陰鬱な気持ちで画面を耳に当てる。1コール、2コール。出ない。5コールして出なかったら切って帰ろう…そう思った5コール目に濱野南雲は応答した。
「すいません、病院の入り口ではなく、裏口に来てほしかったんです~」なんて呑気そうな声がして、怒りを通り越した私は、また呆れ始めていた。分かりました、とだけ返事をして電話を切り、裏口へ向かう。
濱野南雲は裏口にいた。そこで簡単に仕事の説明を聞いて、院長室に向かい、挨拶をして帰ることになったと思うと、濱野南雲から帰り際に小さなメモを渡された。
「優衣さん、帰るまで開けないでね。」という濱野南雲の言葉に嫌な予感を感じつつも、私は帰るまでメモを見なかった。にしてもいつの間に私は彼と親しくなったのだろうか。下の名前で呼ぶなんて、馴れ馴れしいと思わないのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、家までの距離は一層近く、すぐに到着した。言われた通り、メモを開くと。
「長尾優衣さん。今夜10時にお迎えに上がりますので待っていてください^^ご飯食べましょう^^濱野南雲。」と書かれていて、とてつもなく腹が立ったし、これはさすがに私じゃなくてもイライラするんじゃないだろうかと思った。
言われた通りに待つ私は、本当に、どうしようもなく、真面目だなと思った。それも理由が2つあって、1つは電話しても出なかったから、2つ目は1回文句を言いたかったからというものである。
10時を90度過ぎたころに濱野南雲は到着して、馬鹿な成金大学生が乗るような2人乗りのオープンカーの助手席に私を乗せて、ふわり、と微笑んだ。元々顔が整っているせいかその微笑みはどこかの王子のようだった。
挨拶もそこそこに、しばらく私は、夢を見ていた。
私はよく人を待たせてしまいます。反省します。