目覚める
数字の表記の仕方にこだわりました。多分。
満足していた毎日。眠るように生きていた毎日。それでも私には充分だった。衣食住が満たされていた日々は私の「生」を肯定してくれていた。だから初めはわからなかった。何が起きたかわからなかった。いつもはドアの下にあったご飯が今日は朝から晩まで用意されることがなかったのだ。
午前2時。私はお風呂に入るために居間に降りた。家族が寝静まっている時間帯とは言え、人の気配がなさすぎる。いつもは聞こえる弟の寝息も聞こえない。首を傾げていると居間の電話がなった。ジリジリジリ、ジリジリジリと不快な音を立てて泣く。嫌な予感は的中するものだ。電話は言った。「長尾さんのお宅ですか?誠に残念なお知らせなのですが、午前1時54分」家族が、事故で、亡くなった、らしい。言葉が出なかった。2年間、顔を見なかったといっても、家族は、私にとって大切な居場所だった。私の居場所はこの瞬間から、どこにもなくなってしまったのだ。母のご飯も二度と食べられない。四人で住んでいた家は私一人には広すぎて、居心地が悪い。私はこれからどうすればいいのだろうか。とりあえず今日は眠ろう。お風呂に入って布団を整えて。そうすれば少しは落ち着くかもしれない。明日の朝、目が覚めても、食事は用意されていないけれど。明日の朝、目が覚めても、私は独りのままだけど。明日の朝、目が覚めても。
目が覚めると、いつもと変わらない風景だった。白い壁に、見覚えしかないベッド、そして間抜けそうに部屋で口を開けている窓。いつもと違うのはドアの外。私が独りになったことを意識させる、ドアの外。でも私は、ちゃんと認めなければならない。私が独りになったことを。家族には二度と会えないことを。認めて、前に進まなければならない。早く行動に移さないと、きっと母や父の親戚たちにすべてを奪われてしまうだろう。私の家には遺物こそ少ないが、そこそこの財産が残っている。それが引きこもりの私を二年間養うことができた理由なのだが、それは同時にこの家が狙われる理由にもなる。
とりあえず、生活に必要なものを揃えよう。母の服を着て市街地に出る。行先は、スーパーマーケットと本屋と病院だ。欲深い親戚に知られる前にあとのことは自分でしておかないといけない。少しでも隙を見せたら私は引き取られ、財産は全て奪われてしまうだろう。私が二十歳になっていることは、唯一の幸運だった。できないことが、少ないから。
…もう眠ったままの少女ではいられない。いい加減起きて、状況を受け入れ、一人前の大人にならなくちゃいけない。
ここまでが序章です。
次回からは本編が始まりますので、もう少し長くなる予定です。