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変化



「ハイ!宜しくお願いします!!」

俺はアルバイト採用の電話を受けていた。

採用されたのは大型量販店のバイト。

時給は安めだが、そう贅沢も言っていられないだろう。


内心は万歳をして喜びたかったが、出来るだけ平静を装って母親に伝える。

「あー、バイト受かった。明後日から行くから。」

「…!!!」

「うぇ!?泣いてんの?」

母は涙をボロボロとこぼしながら口をあわあわさせていた。


「頑張ってね。」

少ししてから小さな声で呟いた母の目尻は赤くなっていた。

それを見て少し心が痛む。

たかがバイトの採用で泣くなんて。

ここまで追い詰めていたのが自分だなんて。

「おう。」

なるべく普通そうな声でそう返す。

ここで謝るのは何か違う。


自分で頑張って恩返しをしよう。

俺はインターネットで母へのプレゼントを探しながらそう心に誓った。



 私生活は人の内面を表すというのはどうやら本当のようで、俺は明後日着ていく上着を発掘しながら呆れていた。

何ヶ月も着ていないしハンガーにかけていなかったのでくしゃくしゃのシワシワだった。

仕方ない。洗濯するか。


「洗濯機回すけどなんか一緒に洗うものある?」

一応母に聞く。

「あ、もしかしたら洗濯機使えないかもしれない!」

「はぁぁ!?」

「なんだか調子悪くてねぇ」

「えぇー。」



ガガガガゴゴゴゴゴゴ

本当だ…。

俺が回すと同時に黒煙を吐く洗濯機を前にため息が漏れる。



 コインランドリー

100円玉を作るために買ったホットココアを啜りながら目の前でグルグルと回る洗濯物を見つめていた。


「バイト…。」

俺に出来るだろうか。

いや、やらなくちゃ。

頬をパシッと叩き洗濯物に一瞥をくれる。

「あ!止まってる!」

急いで洗濯物をカゴに戻そうと機械の扉を開けた時、遠くで声がした。


「ねぇ、あれって朋也君だよね。」

「うわっ何あの頭!学校は?」

名前を呼ばれて振り返ろうとしたがピタリと動きが止まる。


「知らないのー?辞めちゃったらしいよ。」

「へぇー。なんで?」

「それは知らなーい。」

「動き止まってる。聞いてんのかな。」

「えーキモーい!」

俯きながら作業を再開する。


「てか、朋也くんって中学の頃、クラスの中心グループに歯向かってイジメられかけてた人だよね?」

「あー!そんなんあったね!」

「あんま関わりたくないね。」

「そうだね。何言われるかわかんないし。」

「行こっ!」


声が遠ざかっていく。

「…はは。」

馬鹿にされて、揶揄されても悔しく感じなくなったのは、それに慣れてしまったからなのだろうか。

それとも強く、なれたのだろうか。



 帰宅

「ただいま。」

部屋に入り、サイズを確かめるために上着を着てみる。

コインランドリーの乾燥機の独特の匂いが鼻に香る。

この匂いは嫌いじゃなかった。

自分を包み隠せるような気がした。

少しの間だけ、本当に自分を偽れるような気がしたから。



よし、サイズはぴったりだ。

明日に備えて少し早めに床に就く。

バイトは明後日からだったが、明日はこの見た目に少しでも清潔感を取り戻すために費やそうと考えていた。



 07:00

「くあぁ…。」

大きなあくびをする。

こんな早起きは久しぶりだ。


「どうぞ。」

「いただきまぁす。」

まだ夢心地だが朝食の納豆をかき混ぜる。

「くさッ!!!!!」

俺は納豆が苦手だった。

「あんた納豆ダメだっけ?」

「ぶぇぇ…。臭くてムリ…。」

「あはは」


無理矢理朝食をかきこんで準備をする。

「どっか出かけるの~?」

「あぁ。ちょっと髪切ってくる。」

「あそ。お金いる?」

「いらない!いってきます!!」

「はい~。」



 美容院

「お客様ご予約は…。」

完全に不覚だった。


開いてしまった時間を潰すために、俺はまた例のコーヒーショップに来ていた。

ズズ…と啜るコーヒーはやはり俺には苦く、半分以上残して店を出た。



 薬局

ニキビ専用の洗顔料、制汗効果のある香水、カミソリ、新しい歯磨き粉、そしてトマトジュース。

ホイホイとカゴに放っていく。

トマトジュースは好きだ。あの酸味がたまらない。

塩を入れるのは邪道だと思っている。


「3620円になります。」

お金を払ったあと、流石に荷物が重いので、コインロッカーに預けた。

あの菓子を買ったデパートに入る。

母へのプレゼントの下見だった。


「なにかお探しですか?」

若い女性店員に話かけられる。

「あ、母へのプレゼントの下見を…。」

「まぁ、素敵ですね!」

「いやぁ、あはは」

「それならこちらなどいかがでしょう。」

女性店員が見せてきたのは、小さな耳に着けるイヤリングだった。

「へぇ…。」

「こちらなら、お値段もお手頃なのでお母様も遠慮されないかと。」

遠慮…。なるほど、全く考えていなかった。


「検討してみます。」

「ありがとうございます。」


何にしても、明日からのバイトを頑張らなくては。

チラと頭を掠めた奏の顔を振り払いながら、目の前のイヤリングを見直す。

やっとみつけたバイトなんだ。死んでも続けてやる。


帰路につきながらそう強く思った。



勢いを増す冬の寒さが首元を撫でた。

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