慕情
面接から3日後
俺は相変わらずニートをしていた。
『クズなんて俺いらないもん』
あの人が言った言葉は未だに俺の心に爪痕を残していた。
あれくらいで傷ついてるくらいじゃまだ俺は子供なんだろう。
好きだったゲームすらやる気力が起きない。
今は音楽を聴くためにイヤホンをつけるのすら億劫だった。
母が置いていってくれるお昼代は溜まっていった。
時間は13:00。
なにも食べていない。
身体が怠い。頭が割れそうだ。
生きている意味なんてあるのだろうか。
…考えるのはやめた。
そんな事を考えていたらその内生きるのすら辞めてしまいそうだった。
…いや、死んでしまえばいいのだろうか。
前まであんなに死にたかったじゃないか。
そうだ、俺が生きていたって人に迷惑をかけるだけだ。
死のう。
幸い今は身体が弱ってるから、死ぬのに大した準備は必要なさそうだった。
死。とても怖かった。
でも死んでしまえば、コンビニで知り合いに会う心配もなくなる。
バイトの面接で傷つくことも、親に申し訳なくなることも、全部全部なくなる。
死ぬときはあの店長の店で手を切って死んでやろう。
一度考えだすと止まらなかった。
そうと決まれば早速行こう。
カッターナイフの刃を替えて鞄にそっと入れた。
駅に向かう途中。
今日も寒い。俺がこの世にいる最後の日の空は雲と青空のまだら模様だった。どっちつかずの色。俺のようだ。
改札を通る。
ホームで電車を待つ。
次の電車は20分後。俺はコンビニに行くことにした。
最後の晩餐だ。
好きなチョコ菓子、果実のグミ。
唐揚げ弁当にミルクレープ、いちご牛乳にコーラ。
レジの店員が驚いていたが、そんなのは関係ない。
そう、もうすぐ俺はこの世からいなくなるのだ。
あとに残った人間がどう思おうと俺には関係なくなるんだ。
そう思うと心が軽くなった。
ホームのベンチに座っていちご牛乳のパックにストローを刺そうとした時
「朋也くん?」
この声は…。
「やっぱり朋也くんだ、久しぶり。」
「奏さん…。」
「さん付けやめてって言ったでしょ~」
ムスーと膨れ上がる彼女を見て少し笑った。
「良かったらいっぱい食べる物あるからどうぞ。」
正直もうお腹いっぱいだ。
「わ~!ありがとう!いただきます。」
たとえコンビニのお菓子だとしても行儀よく食べる彼女は、やっぱり育ちがいいのがまるわかりだった。
微笑ましい。
「そういえば朋也くん、アルバイトどうだったの?」
「あ…。」
まぁ…もう関係ないか。
たとえ嫌われても笑われても自分はいなくなるんだ。
「落ちたよ。まぁ仕方ないのかな。」
「そっかぁ…。」
「笑わないのか?」
「笑ったりしないよ!朋也くんは頑張ったんだもん。」
「え…。」
「結果はどうであれ、それは変わりないでしょ?それに、そんなのどうでも良くなるくらい、私朋也くんのいいとこ沢山知ってるよ。」
「だからもう、朋也くんは朋也くんの事、嫌いにならないで。」
「あッ、わかったような事言ってごめんね!」
…。
敵わないなぁ。
気付いた時にはもう遅かった。
大粒の涙を流していた。
情けないなぁ…。
「うあぁ…。うっ、あぁ…。」
昼間とはいえ、周りには沢山のサラリーマン、テスト終わりの学生、腰の曲がった老人、そんな面々がいるのに、涙が止まらなかった。
「ど、どうして泣くの!?ごめんね…。」
焦ったようにあわあわしている奏がハンカチを貸してくれた。
「ごめんなさい…。ごめんな゛ざい…。」
誰に謝ってるんだろう。
でも口から溢れる言葉はそれしかなかった。
そうすると奏は、全部察したような優しい笑顔をして、
ぎゅ
気付くと奏に抱かれていた。
俺の涙と鼻水で彼女のブレザーがぐしゃぐしゃになるのも構わず、奏はただ抱きしめて、頭を撫でてくれた。
まわりの人は見てみぬ振りをして、足早に去っていく。
まだ、生きていたい
こんなにも生きたいと思ったのは、いつぶりだろうだろうか。
まだ、この世界に俺が足掻く余地があるなら、それにすがりたい。
そう思った。
その感情を、俺ごと包み込むように、俺の身体に回ったままの奏の細い腕は、優しかった、温かかった。
俺はいつまでもこの腕の中に居たいと思った。