淘汰
面接30分前
俺は有名なコーヒーのチェーン店にいた。
案の定時間が余り過ぎたなぁなんて考えながらコーヒーを啜る。
熱…。猫舌な俺にはやっぱり自販機のジュースのほうがいいや。
そう思いながら携帯を見る。
時間は10:45。
そろそろ出ないと。
ヒソヒソ
平日の昼間からコーヒーショップにいる金髪の少年を見て、時間を持て余したような中年風の女性はなにやら小声で話している。
これだから外は嫌いだ。
こっち事なんてなにも知らずに勝手な妄想で語ろうとする人がたくさんいる。
まぁきっとあの人達の勝手な物言いも、だいたい的を射ているんだろうけど。
何もせずに閉じこもってしまいたい。
ゲームや音楽に相手してもらえばいい。
ゲームの中なら俺は自由に振る舞えるし、音楽は俺を笑ったりしない。
要は、帰ってしまいたい…。
自転車に乗っただけで筋肉痛になる脚で無理矢理歩くと、身体の衰えを感じざるを得なかった。
おっと、そんなことよりもう行かないと。
遅刻して不採用だなんて笑えない。
歩くペースを少し早めた。
「いらっしゃいませ~」
気だるそうな店員の声だ。
「あの、今日の11時から面接の予定の石田です。」
「…はい。」
なんだかとても対応が適当だ。
「え…と、どうすればいいですか?」
「あー、店長呼んできます、待っててください。」
「わかりました。」
レジの前で待たされる。
少し店内を見渡してみる。
雑貨屋に分類されるその店は、可愛らしい小物、変わり種の文房具、サボテンなどの観葉植物、ちょっとしたお菓子なんかが売っているお店だった。
店の一角で焚かれているお香から不思議な香りがする。
昔ここで母の日のプレゼントを買ったことがあったっけ。
そうしていると声をかけられた。
なんだか怖そうなおじさんだった。
「お待たせ。あっちでやるからさっさと行ってくれるかな。」
妙に棘のある言い方だな、なんて言えないので、従うしか無い。
「わかりました。」
足早に移動する。
事務所に通されてパイプ椅子に座らされる。
「あ、これ、履歴書です。」
「あーはいはい」
中身を見ようともせず机に放るように置かれる。
嫌な感じの人だな…。
「で?なんでうち来たの?」
志望動機のことだろうか。
んなもん金のために決まってんだろなんて思いながら、予め用意していたセリフを言う。
「はい、実は以前コチラのお店を利用させて頂いて、素敵なお店だなと思っていました。それで少し前に募集の広告を拝見してぜひアルバイトしたいなと思い、今回応募させていただきました。」
こんな長ったらしいセリフよく覚えられたな…。
「ふーん…。」
反応薄っ!
まぁそんなもんか。
「高校は?」
「あ…、実は一身上の都合で自主退学を…」
「あーはいはいはいはい。もういいようん」
なんだよこいつ。
中卒の話なんて聞きたくもないと言われたような気がした。
「んで?退学になってから何してたの?」
自主退学って言ってるのにわざわざ嫌味を含んだような言い方だ。
「はい、アルバイトをしながらお金を貯め、専門学校に通い直す準備を…」
嘘だった。そんな動きは微塵もしていない。
「はーーん。」
その時、心なしか視線が強くなった気がした。
何か言われる。出来るなら耳を塞いでしまいたかった。
「あー、もういいよ、帰って。」
「え…。不採用ということですか?」
「当たり前でしょ。高校もまともに行けないようなクズなんて俺いらないもん。何されるかわかんないしね。」
やめろ
「第一さ、よく応募できたよね。どうせ大して使えないって自分でもわかってるでしょ?」
やめてくれ
「お前みたいな低学歴使うより、現役の高校生や大学生使うほうが、営業が円滑に回るのよね。」
「変に輪を乱されてまで給料払うより、雇わずに繁盛期少し大変な思いするほうがいいんだよね。」
「こうして君の相手してる時間も惜しいよ。」
「わかったらもう応募してこないでね。はいこれ履歴書返すね。他のとこ応募するときに使いなよ。」
何も言えなかった。
俺は黙って出口に向かって歩き始めた。
「他のとこで雇って貰えるよう応援してるね!」
店の奥から店長の声がする。
クスクス
バイトの笑い声だろうか。
俺は店の外に駈け出した。
外は寒かった。
家を出る時に感じた冷たい空気は、いつの間にかその冷たさを一層増していた。
その冷たさは涙の跡を描いた俺の頬に突き刺さった。
それから家に帰るまではよく覚えていない。
家に帰るとすぐ掛け布団に包まって泣いた。
悔しかった。あんな嫌な奴にあそこまで言われるのが。
それをなにも言い返せないのが。
もうゲームなんてどうでもいい。
このままだらだらと生きて、これ以上苦しくなったら自殺しよう。
そんなことを考えていた。
起きた。
いつの間にか寝てしまってたみたいだ。
目は腫れ上がり、元から細い目は更に存在感を失っていた。
「ブスだなぁ…」
時刻は16:48。
そろそろ母親が帰ってくるだろう。
その前にどこかに出かけて会わないようにしようか。
それとも狸寝入りを決め込もうか。
考えあぐねていた時、玄関のドアが開いた。
「ただいま~」
最悪だ。
俺はとっさに顔を隠した。
「あれ、朋也どうしたの?そんなとこで」
「なんでもないよ」
泣きはらしたせいで声がガラガラになってしまった。
「そっか。」
母は全部察したように、それ以上何も聞いてこなかった。
そっちのほうが助かる。
買い物をしてきたのだろうか。
食材を冷蔵庫に仕舞いながら母は言う。
「焦らなくてもいいよ、朋也は私の子供だもん、少しだけ不器用なのは知ってるよ。だから、ゆっくり、一歩一歩やったらいいよ。」
情けなかった。
これ以上顔を腫らしたくないのに、また泣いてしまった。
母は気を使ってティッシュ箱を置いて違う部屋に行った。
もう、どうすればいいのかわからなかった。
母さん、ごめんなさい。