立派な魔王になるために
私は魔王だ。世界征服を企んでいる。
しかし世界には私と同じ世界征服を企む悪い奴が五万といる。しかもどいつもこいつもみんな「自分も魔王だ」とかぬかしやがる。
つまりこの世界には魔王がたくさんいる。そして世界征服を企む者を『魔王』と呼ぶのだ。
私はいつかは別の魔王と戦う運命にある。しかし正直な話、私はまだまだ弱い。このままでは世界どころか商店街の一つすら支配できない。
というわけで、私は頼れる部下を呼んで緊急会議を開くことにした。
テーマは『魔王様を強くしよう』だ。
……よし、部下が集まった。早速会議だ。
「先輩、部下が集まったと言っても、部下はわたくし一人だけしかいませんよ」
「黙れ。それを言うな」
私の唯一の部下はナイスバディな体の持ち主のサキュバスちゃんだ。昔通っていた学校の後輩でもある。
あ、ちなみに私は吸血鬼だ。血とか吸うぞ。
なに? 吸血鬼が魔王を名乗るなだと? うるせえ黙れ馬鹿。
それはそうと会議を始めようかと思う。
「サキュバスちゃんよ、私が強くなれるような良いアイデアはないか?」
「そうですねえ、先輩は昔から色白で貧弱でトマトジュース好きでしたから、見た目も貧弱そうですよ。体育の成績も5段階評価で2でしたし」
過去のことは気にしちゃいけない。体育が2だからなんだっていうんだ。家庭科は5だったぞ。調理実習でトマトジュースを作ったのが好評だったんだ。
「先輩、何か特技はないんですか?」
「特技? もちろんあるに決まっているだろう!」
変身するのが得意だ。私は様々なものに変身ができる。
こうもりを始め、狼、霧にも変身できる。
「で、先輩、変身はどんな時に役に立ちました?」
「主に偵察だな。こうもりになってこっそりと相手の様子を伺ったり、霧になって扉をすり抜けたりするんだ」
「なるほど、その方法で女子の着替えを覗いたり、女子更衣室に侵入したりしたんですね」
「なッ……! 私はそんなことしてないぞ! したことがないぞ! いちゃもんつけんな!」
「ふうん、そうですか……」
ふう、危ない危ない……。危うく過去の悪い行いがバレてしまうところだった。ちなみに教師に追いかけられた時は狼になって猛ダッシュで逃げた。
「他にも特技か何かありますか?」
「そうだな……腕力が凄いぞ」
サキュバスは「嘘でしょう」と疑っているが、これは本当だ。見た目は貧弱そうにでも腕力はあるんだぞ。
ほら、27型のテレビだって片手で楽々持てる。
「凄いですね先輩……」
「まあな、これが私の実力だ」
「その腕力で女子のロッカーの鍵を壊して荒らしていたんですね」
「だから違う! 私はそんなことをしない! 決してしようと思わない! 変な言いがかりはよしてくれ!」
「……そうですか」
ふう〜、サキュバスは変な時に勘が鋭くて困る。特にババ抜きの時が困る。だってババを持っていかねえんだもん。
「先輩の特技はわかりました。じゃあ次は弱点を克服しましょう」
「ほう、私の弱点とな?」
「先輩は弱点が多すぎるんです。だから相手が先輩の弱点を突いてきた場合、なんとかして対処できるようにしないといけないと思います」
なるほどな、それはごもっともだ。さすがサキュバスちゃん、ナイスな意見を提供してくれる。
サキュバスちゃんは早速何かを取り出した。
「サキュバスちゃん、これは?」
「プラスドライバーです。十字架の代わりですよ」
ああ、プラス部分を見たら気分が悪くなってきた……。大変だ、だんだんとプラス部分が十字架に見えてきた!
耐えるんだ私。耐えて立派な魔王になるんだろ? プラスドライバーでつまづいている場合じゃないんだ!
……と、その時だった。
「えいっ」
「ぐわあぁぁッ!」
いきなりサキュバスちゃんがプラスドライバーで私の額を刺しやがった! 痛い、痛いぞ!
「ダメですよ先輩。攻撃はいつ来るかわからないんですから、油断せず常に身構えていないと」
だがしかし、今は十字架に耐える練習だろうが! まあいいけど。
「先輩、次いきましょう。頑張ってください」
そう言ってサキュバスちゃんが取り出したのは餃子だった。
「サキュバスちゃん、餃子なんかどうするんだ?」
「ニンニクがたっぷり入った餃子です。召し上がれ」
「ニンニクだと! 私はそんなもの食べられない!」
「いや、弱点を克服するためなんですから食べてくださいよ」
「イヤだね、絶〜ッ対イヤだ!」
「そう……ですか……」
サキュバスちゃんは悲しげな表情で涙を流し、地面に座り込んでしまった。
「わたくし……先輩のためを思って餃子を作ったのに……。食べてくれないなんてあんまりです……」
泣きながら訴えるサキュバスちゃんを見ていたら未だかつてないほどの罪悪感を感じた。
頼むからそんなに泣かないでくれ。私が悪かったから泣き止んでくれ!
「ほらサキュバスちゃん、ちゃんと餃子を食べるから元気出すんだ!」
「グスッ……本当ですか?」
「ほ、本当だとも!」
目の前にあるニンニクたっぷり餃子。これを食べるのは……辛い。
しかしサキュバスちゃんのため、私は覚悟を決めて餃子を口に入れた。
「ぬおおぉぉ……ッ! ニンニクが……ニンニク臭が口全体に広がって……!」
ダメだ、吐き出したい。やっぱりニンニクはダメだ。
しかし横ではサキュバスちゃんが「食べてくれたー」と満面の笑みで喜んでいる。
畜生、こんなに幸せそうなサキュバスちゃんの顔を見て餃子を吐けるわけがない。
飲め、飲み込むんだ私!
んくっ……ん、ぐぅ……ゴクン。
ハア、ハア……。やった、ニンニクを食べたぞ……!
「先輩、もう一つどうぞ!」
「なにぃぃッ!」
結局餃子を計4個食わされた。死ぬ。塵になってしまう。
しかしサキュバスちゃんはグダグダになっている私に構いもせず話を進めるのだった。
「先輩、海に行きましょう!」
海……?
「青い海、光り輝く太陽。これも弱点克服のためです」
「何故海が弱点克服に繋がるんだ?」
「まず太陽の光が苦手なので、お昼頃に海に行きます。そして流れる水の上を歩けない、これは海のことも指していいんではないかと思います。海水には塩分も含まれているので、塩に対する耐性もついでに高めておきましょう」
そんなにいっぺんにやるとなると、今度こそ本当に塵になってしまうぞ! さすがに勘弁してくれ!
「わたくしは新しく買ったビキニを着て応援するんで」
「よし、頑張ろう!」
こうして真っ昼間の海に繰り出すことになった私とサキュバスちゃん。
太陽の光は思った以上に眩しくて、歩いていて体の調子が悪くなってきた。いよいよ本格的にヤバいかもしれない。
しかし海に行けばサキュバスちゃんのビキニ姿を見ることができるんだ。頑張れ私!
私はそれだけを心の支えに太陽の下を歩き続けた。
そしてようやく海にたどり着いた。やっと着いた。
これでサキュバスちゃんのビキニ姿を見れる……と思った。
しかし時既に遅し。
私の体は、砂浜の一部と化してしまったのであった。