水源調査~3
何が起こったのか四人は分からなかった。気が付くと、黒い少し大きめの蛇が四人の前でとぐろを巻いている。ミーシャとハインリヒはミリーを守るように前に出た。ヘンタイは更にその前に出た。
「シューシュー……驚かせてすまんの、シュー」
「へ、蛇さん? さっきの大きい蛇さんですか?」
蛇はそうだと頷いた。
「どうして、湖枯らしちゃったんですか? 皆、困ってます」
「そ、そうニャ! それに、ナーガは万魔殿を支えてるんじゃないのか?」
「はぁ……魔界でちょっといざこざがあってのぅ。たまたま近くで人界と繋がったから逃げてきたんじゃよ」
ナーガは疲れたように溜息を吐きながらぼやいた。
「湖は元に戻るんですか?」
「いや、可哀そうだがどうしようもないんじゃ」
「どうしてですか?」
ミリーが悲しそうな顔で質問をすると蛇は諭すように優しく話し始めた。
「ふむ……お嬢さんや。魔界と人界が繋がるのは自然の一つなんじゃ。分かるか? 雨が降ったり、雪が降るのと同じ現象なんじゃよ」
それを聞いたミリーはガックリと項垂れてしまった。
ルキの町の人たちはどうなるんだろう。
「じゃがな、ここはどうしようもないが、新しく湖を作ることは可能じゃよ」
「え……じゃあ、町の水源は確保できるんですね!?」
ヘンタイさんが嬉しそうに叫ぶと、蛇は二股の舌をチロチロ出しながら頷いた。
「その前にここに結界を張らなければならんのぉ……ちとキツイがな」
「ナ、ナーガさん……あたし、手伝います!」
「俺たちも手伝うかニャ」
「俺は町の皆に報告してくる! ありがとうな、三人とも!」
それを聞いていたヘンタイさんは喜び勇んで走って行った。
*
「さてさて、どんな結界を張ろうかの……」
ダンジョンは禍々しい塔や迷宮のような物にして、普通の人が近付きたくないような建物にするのが一般的だ。
「あの、あの……!」
「どうしたお嬢さん?」
「大きなブランコがあると良いと思います。それと、滑り台とか!」
結界の説明をされたミリーはちょっと勘違いをしている。ミーシャが分かりやすく『不思議な塔』を例に挙げたからだ。
そのため、結界とは「ちょっと楽しいところ」と認識してしまい、「とっても楽しいところ」にしたらどうだろう、と思い付いたのだ。
「ミリー、それじゃ皆が来ちゃうじゃニャいか」
ミリーは首を傾げた。
楽しいところは皆で来たらもっと楽しいんじゃないのだろうか?
村に祭りや劇がやってきたときミリーは遠くから見ているだけだった。皆といっしょに劇を見たりダンスをしたり、フワフワのお菓子を食べたりしたかったのだが、それが叶うことはなかった。
どんなに頼んでもアスランも連れて行ってくれなかった。
「よしよし、では迷宮を作って中庭にブランコと滑り台を作ってやろう。どうじゃ?」
ナーガが何となく目を細めて優しそうに笑ったような気がした。
「じゃあ出来たら皆で来ようよ! あたし何したら良いですか、ナーガさん?」
「そうじゃのぅ……そこでたまーに、杖を振ってくれるかの?」
「分かりました!」
「俺たちも少しだけ魔力提供するニャ」
ミリーが杖を握って立ち上がると、ミーシャとハインリヒはものすごく冷たい目でナーガを見てから立ち上がった。
*
ほぼナーガ一人の力で、午後のおやつの時間にはダンジョンは出来上がった。ミリーが中を見たいとダダをこねるかと思ったが、ちゃんと優先事項を心得ている。
「早く湖作らないとね!」
「先におやつ食べて休むニャ」
「ここから2キロ南東に水源があるぞ」
ダンジョンを作っている間に、やることがなさそうなので水魔術と嗅覚を駆使してハインリヒが水源を探っていた。
皆でおやつを食べて休憩しながら、ハインリヒが小枝で地面に地図を描いて説明を始めた。水源が今より町に近くなるため、便利だ。
「かなり地下深いが大きい水脈がある。ナーガの魔力を借りたいんだが良いか」
「もちろんじゃよ」
「早く、早く行こう!」
いつもなら疲れてクタクタのミリーも、今日はそれどころじゃないのか頑張っている。水源に着いたころには日が傾き始めていたが、ミリーは嬉しそうに叫んだ。
「ここなんだね!」
「ああ。前の湖より面積が取れないだろうから深くする必要がある」
「よしきた。じゃあ、皆下がっておれ」
ナーガが頷きながら渦を巻いて体を大きくすると地面が抉れて窪地が出来上がった。そこにほどなくして湖が現れた。
「わぁ……!」
夕焼けが湖面に反射して神秘的な景観を醸し出している。ミリーは言葉もなくそれを見つめた。
「さ、町へ戻るニャ。疲れただろ、ミリー」
「う、うん……そうだね……そうだね」
枯れた川に誘導させながら山を下りる頃にはもう日が沈んでいたが、ミリーは幸せそうな顔で微笑んでいた。
「おお! あなたたちが水を取り戻してくれたんですね! ありがとうございます」
ルキの町に入ると、町の人たちと町長さんが待っていた。
「皆、お疲れ様! 腹減っただろ? 食事用意してあるからな」
「ありがとう、町長さん、みなさん!」
「ははは、礼を言うのはこちらだよ」
皆で揃って町長さんの家へ行くと、町の女性たちがたくさんの食事を支度して待っていた。
「水、どうしたんですか?」
ミリーは、うんと賢いわけではないが馬鹿でもない。食事の支度に水を使うことくらい知っている。だが、町のみんなはニコニコしながら「食べなさい、食べなさい」と勧めるだけだ。
首を傾げるミリーにミーシャがコソッと耳打ちした。
「たぶん、近くの村や町で買ってきたんだろうな」
「そっか……そっか! いただきます! みなさん、いただきますね!」
その晩、ミリーはいつもよりたくさん食べて皆と楽しくお話をしながら過ごした。
***
ミリーが朝起きると昼だった。
「たいへん! お寝坊しちゃった……!」
興奮していたせいか珍しく夜更かしをしたミリーは、次の日寝坊したが誰も起こさなかった。
「昨日頑張ったから良いんニャよ」
「ああ、俺たちも寝坊したくらいだからな」
「ほっほっほ。久しぶりにゆっくり寝たのぅ」
「そっか。皆もお寝坊なんだね!」
ホッとしながら着替えて顔を洗って、下に降りると町長夫婦が食事を用意して待っていてくれた。お昼を食べながら、町長夫婦にダンジョンと新しい湖の説明をしていた。
「結界を張ったから、ほどなくして魔物も減るじゃろうて」
「新しい湖はだいぶ深く掘ってあるから危険だ。近付かないよう町の皆に言っておいてくれ」
「分かりました。本当にありがとうございます」
「さ、そろそろお暇するニャ」
四人が町長の家を辞すと、町のみんなが見送りに出て来てくれる。馬車もちゃんと連れて来てくれていた。
「ミリーちゃん……いつでも遊びにおいで」
「うん、ありがとう! おにいさんもナキ町に遊びに来て下さい! 町のみなさんも!」
「気を付けて帰るんだよ。本当にまたいらっしゃいね!」
ミリーはみんなが見えなくなるまでずっと手を振っていた。
幸せな出会いがあったことに感謝して。