仲間ができた!
ミリーは村の見える丘で立ち止まり、振り返った。
小さな村の外れにミリーの家がポツンと見える。それはミリーや家族が村から仲間外れにされていた象徴そのものだ。
もう帰ってくることはないだろう村をしばらく見つめてから立ち去った。
***
ナキ町は人口7百ほどのわりと大きな町で、冒険者の出入りが激しい。ほとんどの住民は農業を営み、その片手間に冒険者相手の宿、食堂、薬屋などを営んでいる。
その町へ薄い金色の髪を二つにお下げにした10才くらいの少女がやってきた。
今はお昼と夕方くらいの時間だろうか。冒険者のような恰好をしたその少女は町の中でも一際大きな二階建ての建物へ向かっていた。
建物の前に着いた少女は大きな扉の上の看板をゆっくりと確認すると、大きく頷いてから中へ入っていった。
建物の中は思った以上に明るく、そしてあまり人はいない。入り口で立ち止まり不安そうにきょろきょろする少女は、びっくりしたようにこちらを見る女性と目があった。
とても綺麗な女の人に少女は目をぱちくりさせてからその女性がいる台へ向かった。
「こんにちは。登録したいんですけど?」
少女が言うと受付のお姉さんはニッコリ笑った。
初めて幼なじみ以外に微笑まれた――しかも村では見たことがないような綺麗なお姉さんだ――彼女は驚いたが、嬉しくなってニコニコ顔になった。
「お仕事さがしにきたのかしら?」
「はい! ミリーって言います。よろしくお願いします!」
綺麗なだけではなく優しそうなお姉さんに、嬉しくなった少女は元気よく名乗った。
15才になったミリーは冒険者になった幼なじみのアスランの真似をして冒険者になるために村から出てきた。
「お嬢ちゃんいくつ?」
「15才です!」
「んー……年齢は問題ないわねぇ」
じゃあ、と言いながらお姉さんは微笑んだまま少し首を傾げながら銀のプレートと長い針を持ってきた。見た目はどう見ても10才くらいの少女だ。まだ冒険者登録ができるような年齢には見えない。
「……ちょっとチクッてするわね。登録には血が必要だから」
ミリーはギュッと目を瞑って手を出した。話には聞いていたから怖いことなんかない。
本当にちょっとだけチクッとされると「はい、良いわよ」と言われて目を開けた。プレートにはミリーの名前と数字が浮かび上がっている。
「ミリー・ケインちゃん……レベル3ね」
名前を確認したお姉さんはそれをカウンターの上の透明の石に翳した。驚いたことに15才にはなっているようだ。
「ミリーちゃんは、いくつなのかしら?」
「あたし、先週15才になったんです! 独り立ちできる年齢になったし……あの、だめなんですか?」
もちろん、だめ、なんてことはない。ただ、受付のお姉さんは、大きな瞳を潤ませて見上げるミリーに心配になっただけだ。
「そんなことないわよ。はい、これで登録は終わり。あとは失くさないようにね……そうね、特別に首に掛けられるようにしてあげるわ」
お姉さんは手際良くプレートに鎖を通してミリーの首に掛けた。
「ありがとうございます、お姉さん!」
「ふふふ。あと支度金が出るから、これで10日は何とかなるけど、その間に仕事を見つけること」
「はい、分かりました! あの、お仕事はどうやって請け負うんですか?」
ミリーの質問にお姉さんはカウンターの上の紫の石を指した。
「こっちの紫の石にお仕事が登録してあるから。下のボタンを押すと別の依頼が見られるわよ」
お姉さんに教わりながら、言われた通りに操作をすると次々に仕事が石に浮かび上がってくる。
「最初は薬草摘みとかが良いと思うけど……あったわ。期限は明日、シュシュの根っこね」
子供のお遣いのような仕事で報酬も五ゴールド程度だが、それでも需要はある。初心者のミリーには丁度いい仕事だろう。
「このお仕事します!」
「じゃあ、プレートを石にくっつけてみて……そう。それでミリーちゃんが請け負ったことになるから。依頼品はここへ持ってらっしゃいね」
「はい、行ってきます!」
シュシュの根は日当たりと水はけが良いところに群生している。ミリーはだいたいの検討を付けるとそちらへ向かっていった。
*
「お姉さん持ってきました!」
「お疲れ様、早かったわね。じゃあ、依頼品は受付に出して……間違いないわね。そしたら黄色の石にプレートを置いて依頼完了の文字が出たら終了よ。だいたいの流れは覚えたかしら?」
「はい、ありがとうございます!」
「分からないことがあったらいつでも聞いてね」
仕事の流れを覚えたミリーはニコニコしながら頷いて、早速紫の石で依頼を確認し始めた。ボタンを押すと新規の依頼が浮かび上がってきた。丁度入ったばかりの依頼だ。
『ボーイングキャットを退治してくれ!』
「ボーイングキャットってなんですか?」
「これくらいで空飛ぶネコよ」
お姉さんは両手で子猫の大きさを形作りながらミリーに教えた。
『ボーイングキャットが夕べからうちの店を占拠して暴れまわっている。なんとかしれくれ! 報酬は五百ゴールド』
依頼内容を確認してお姉さんが教えてくれたネコの大きさを考える。
「あたしでも大丈夫かな?」
「そうね、大変かもしれないけどミリーちゃんに丁度良いかもしれないわ」
ミリーが呟くとお姉さんが後押しした。それでミリーの心は決まった。
「じゃ、行ってきます!」
商店街の食堂や宿がある一角に依頼の店があった。その酒場の前には髭面のいかつい男が座り込んでいた。顔や腕に引っ掻き傷がある。ボーイングキャットにやられたのだろう。
「こんにちは、お仕事請け負ったのですが」
「アンタがかい?」
髭面の店主は疲れ切った顔でミリーを値踏みするように見ている。首に下げたプレートを見ても少しガッカリしたのが分かった。
「普通のボーイングキャットより大きくて凶暴だぞ?」
「大丈夫です! 任せて下さい」
「はぁ……分かった。無理するなよ」
短剣を手に持って酒場に入ると酒の匂いが充満している。それに「にーにー、にーにー」とネコの鳴き声が聞こえてくる。
「あ……いた! ネコ……ネコさんだ!」
子供サイズの生き物が酒瓶を持って床に座り込んでいる。綺麗な灰色のネコで青い丸い目が可愛らしいネコだ。お姉さんに聞いたよりかなり大きい。
そのネコの周りには空の酒瓶が何本も転がっている。どうやら飲んだくれて暴れまわっていたらしい。
ネコはミリーを見ると毛を逆立てて威嚇し始めた。
「こっちにおいで……チーズあげるから」
あまりの可愛らしさにミリーは短剣をしまい、袋から出したチーズを掌に載せてネコに近づいて行った。まったく警戒していないミリーの様子に、ネコは立ち上がると二足歩行で歩き始めた。フラフラと千鳥足でミリーの傍に寄り、チーズを”てしっ”と払いのけてしまった。
「あぁ! あたしのお昼ごはんが……あっぷでしょ!」
ミリーは急いでチーズを拾うと砂を払って、ネコを叱りながら袋にしまった。
「チーズ嫌い……ニャ」
取って付けたような「ニャ」だが、ミリーには効果覿面だ。
「じゃあ、何が好きなの?」
「魚のフライとかムニエルとかグリル、ニャ」
ムニエルとかグリルはよく分からないが、魚のフライならあげられる。
「じゃあ、魚のフライあげるからあっちに行こうよ」
「嘘言うな!」
「う、嘘なんかじゃないよ?」
「皆で喋るネコは気持ち悪い、ダメだってバカにして……ニャ」
ネコはすっかり酔っ払っているが、酔っ払いをよく知らないミリーは説得しようとしている。
「そっかぁ。でも、あたしはダメって言わないから、あっちに行こうよ」
「いやだ、ニャ……」
「あたし、友達が欲しいの。友達になって?」
「……ともだち?」
ミリーがそう言うと、ネコはしばらく考えてからミリーの手を取った。するとしばらくミリーはネコの手をニギニギした。ぷくぷくプニプニの肉球にすっかりヤられてしまっている。
「じゃ、酒屋の店長さんに謝ってから行こう?」
酒屋の親父は微妙な顔をしている。あの気性の荒いボーイングキャットが、大人しく少女に手を引かれて出てきたのだ。散々酔っ払って暴れまわっていたあのネコとは思えない。
「ごめんなさい、ニャ……飲んだ分と壊した分は働いて返す、ニャ」
「はぁ……とりあえずツケにしといてやる。ありがとうな、お嬢ちゃん」
それから二人で連れだってギルドへ向った。途中で飲み過ぎで気持ち悪くなったネコに薬を買って飲ませた。よく効く薬でネコが眠ってしまったため、抱っこして宿に向った。
夕食と朝食が付いて一晩四十ゴールド。支度金と薬草摘みの報酬から差し引いて残り九日分だ。明日、酒場の報酬をもらえば半月分くらいになる。
頑張って計算してからミリーはベッドに入った。ネコは自分の隣に入れた。かなり酒臭いが誰かと一緒に寝るのが久しぶりでミリーは嬉しくてなかなか寝付けなかった。
次の日、用意を済ませて部屋から出ると、二人を見た宿のおばさんがギョッとしている。
「あんた、それヌイグルミじゃなかったのかい?」
「違います、ネコさんです!」
「それじゃ料金二人分になるわ……んー。二人で六十五で良いわ」
ミリーの驚いた顔とネコのつぶらな瞳でおばさんは苦笑しながらそう言った。
「良いんですか?」
この宿屋はおばさんが一人で切り盛りしている家庭的な宿屋で客が少ない。冒険者の多い宿屋は何かと物騒だから、とギルドのお姉さんが紹介してくれた宿屋だ。
「ありがとうございます! あの、しばらく泊まりたいんですけど?」
「ああ、構わないよ。まずは朝ごはんお食べ」
「はい。いただきます!」
「いただくニャ」
二人で朝食を終えると早速ギルドへ向かった。受付のお姉さんはミリーの連れてきたネコを見て顔を引き攣らせた。なんと、ボーイングキャットじゃないのだ。間違えばミリーが怪我をしていたかもしれない。
だが、五百ゴールドの報酬でミリーはニコニコになっている。余計なことは言わないでおこう。
「ネコさんはこれからどうするの?」
「働きたい、ニャ」
「何のお仕事するの?」
「冒険者になりたかったけど、ネコはダメって言われた」
「じゃあ、一緒にパーティー組もうよ。あたし仲間が欲しかったの!」
ミリーがリーダーでネコさんとパーティーを組むのだ。それで少しランクアップをしてもっと大きな仕事を請け負えるようになれれば、と思っていた。何より可愛いネコさんと一緒にいたいだけなのだが。
「とりあえずお姉さんに相談してみよう?」
「分かった、ニャ」
「お姉さん、パーティー組むことになりました!」
「あら、良かった……わね? じゃ、アナタも登録してからよ」
「別の町ではダメだって言われたニャ?」
ネコが首を傾げながらお姉さんを見上げると、苦笑している。
「あら、ダメって決まりはないのよ? 今まで登録されなかっただけで。とりあえずやってみましょう」
ネコのギルド登録は初めてだったが、ネコのプレートにミハイル=ナインテイルズと浮かび上がってきた。レベルは18で種族がヘルキャットになっている。ちゃんと登録できた証だ。
「そうしたら、こっちの青い石にプレートを置いて……そうよ二人ともプレートを見て」
二人のプレートには名前の下に新しく文字が浮かび上がっている。お互いの名前と役割だ。
「うん? リーダーって書いてある……ニャ」
「あたし、おまけ! って……おまけ!? なんで!?」
お姉さんは困ったように笑っている。
「あのね、二人のランクというかレベルに差があるとそうなるのよ」
「まぁ、元気出せ、ニャ」
こうしてミリーはネコさんパーティーの一員になった。