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あの人は剣だけ置いていった  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第2話 なんちゃって師匠の憂鬱



まずい。


弟子ができてしまった。


いや、厳密にはまだ弟子じゃない。声をかけただけだ。朝飯を出しただけだ。木の棒を渡して千回振れと言っただけだ。弟子にするとは一言も言っていない。


でもあの目は来る。明日も来る。断言できる。


俺はボロ宿の二段ベッドの下段で天井を見上げながら、今朝の判断を猛烈に後悔していた。なんで声をかけたんだ。七日も盗み見られて少し気になっただけだ。ちょっと顔を出して「見てたなら教えてやろうか」なんて言ったら本当についてくるとは思わなかった。


思ってたけど。


思ってたから言ったんだけど。


……俺の師匠ポジ欲求が悪い。全部これが悪い。


転生してからずっとそうだ。誰かに剣を教えて、そいつが強くなるのを遠くから眺めたい。ただそれだけの話なのに、いざ目の前に「いかにも」な素材が現れると抑えが利かなくなる。路地裏の孤児、魔力なし、諦め癖あり、でも七日間一度も欠かさず見に来た。


どう見ても素材だった。


問題は俺だ。俺は別に強くない。強くないというのは語弊があるが、少なくとも「ちゃんとした師匠」では断じてない。剣術の理屈は分かる。というか分かりすぎるくらい分かる。だがそれを人に教えた経験がほぼない。前世で顧問をやっていたが、あれは剣道だ。この世界の剣とは根本が違う。魔物相手に竹刀の有効打突は通じない。


要するに俺は、それっぽい顔をして教えているだけの、なんちゃって師匠だ。


バレたら終わり。


「……まあ、バレなきゃいいか」


声に出してしまった。隣のベッドで寝ていたおっさんが寝返りを打った。関係ない。


気を取り直して考える。あの子供、レオといったか。魔力なしで剣士を目指すのは茨の道だ。この世界じゃ剣術はおまけ扱いで、魔力なしの剣士は傭兵ギルド「鉄籠」の末席か、用心棒か、最悪路地裏に戻るかの三択しかない。


だが俺は知っている。


剣に魔力を乗せる方法を。ほんの微かでいい。糸一本分の魔力を刃に通すだけで、剣は別物になる。魔物の外皮を断てる。魔法使いの盾じゃなく、単独で魔物を倒せる剣士になれる。


この世界の剣士たちはそれを知らない。誰も教えてくれないから。


俺はたまたま気づいた。二十年かけて。


それをあの子に渡せるかもしれない。二十年じゃなくて、もっと短い時間で。


……などと殊勝なことを考えていたが、実のところ一番の動機は別にある。


あの目だ。


七日間、毎朝あの目で見られていた。俺の剣を見る目。怖いもの見たさでも、暇つぶしでもない。引き寄せられているのに理由が分からなくて、それでも来てしまう目。


俺も昔、ああいう目をしていた気がする。


前世で初めて道場に入った日。竹刀を握った瞬間。うまく言えないが、何かが始まる予感だけがあった。


「俺の剣道は何だったんだ」


死ぬ直前にそう思った。トラックに轢かれながら、三十八年間振り続けた剣のことだけ考えていた。教え子の顔じゃなく。家族の顔でもなく。ただ剣のことだけ。


結局俺は剣しかなかった。


だからせめて——


「……格好つけてんじゃねえ、俺」


また声に出た。おっさんが今度は舌打ちをした。本当に関係ない。


要するに俺は師匠ごっこがしたいだけだ。あの子が強くなって、俺が知らないところで誰かを助けて、酒場でその噂を聞いて一人でニヤニヤしたい。ただそれだけだ。崇高な動機なんてない。


よし、方針決定。


明日も来たら教えてやる。バレないように。強そうに見せながら。適当なところで剣を渡して去る。完璧な計画だ。


翌朝。


レオは来た。当然のような顔をして、昨日と同じ場所に立っていた。


「千回、数えてきた」


「は?」


「昨日の続き。四百二十七回で止まったから、五百七十三回残ってる」


俺は少し固まった。


こいつ、家に帰ってから数え直したのか。


「……そうか」と俺は言った。努めて平静を装いながら。「じゃあ続きからやれ」


レオは無言で棒を構えた。四百二十八回目から、表情も変えずに振り始めた。


俺はその背中を見ながら、内心でこっそり確信した。


これは、思ったより面白いことになるかもしれない。

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