完璧な騎士様に潜む神秘
王暦167年春の二月20日 曇り時々晴れ
本日は王立図書館へ行ってまいりました。
豊富な専門書は貸出禁止ではありますが、館内では自由に閲覧できますので
読み耽ってしまいます。
御者を待たせてしまうのは申し訳ないと思いつつ、これだけはやめられません。
まずはデッサンの教本を、そして…医学書です!
医学に興味があるかと聞かれますと、少し違います
人体の構造と機能にとても興味がありますの
筋肉のつき方、可動域、そういった物の正しい知識を身に着けておきたいのです。
記録は正確に残してこそですから
解剖学の本を探している時に、北側の窓から、剣戟の音と歓声のようなものが聞こえてきました。
ここは騎士団の演習場のすぐそばでしたわね…
そんなことを思い出しながら、何とはなしに窓から外を覗いてみたのです。
激しく剣を合わせる騎士様達
なんて精悍で力強いことでしょう!
これは…お近くで見学させていただける絶好のチャンスなのでは?
と、私の中の好奇心担当者が唆すのです
ええ、もちろんそうします!私代表として私が即決しました。
大急ぎで医学書を元の場所へと片付け、図書館を後にしました。
演習場が近づくにつれ、歓声が一層大きく聞こえます
このうら若き女性の声は、見学に来ている貴族令嬢たちで間違いないでしょう
ああ、やはりそうでしたわ
華やかなご令嬢達が、演習場の外側に集まり見学してらっしゃいます
騎士様たちは素敵ですから、皆様が夢中になるお気持ち理解できますわ
剣戟が響くたびに、ご令嬢たちの高い歓声が上がります。
騎士様たちの方も少し意識してらっしゃるようです。
私はモブ令嬢らしく、皆様から少し離れた場所から見学することにしました。
あの方は……
一際目を引く銀髪の騎士様
驚くほど整ったお顔立ち、鍛え抜かれた肉体は彫刻のようですわ
美しい銀髪は、内側から発光しているかのようです。
特にゴムまりのように丸い肩の素晴らしいこと!
あのように丸い肩は、騎士様の中でも僅かしかいません
どれほどの鍛錬を積まれているのでしょう…
本当に頭が下がる思いです。
今は隠れてらっしゃるけど、腹部は石畳のように割れているに違いないです!
なぜなら、あの丸いゴムまり肩をお持ちの方が、腹部の鍛錬を怠っているわけがないからです。
肩の筋肉は、三角筋様とおっしゃるそうですが、
私個人としてはゴムまり肩様お呼びしたい!!
あのまるるっとした肩をいつまでも眺めていたい気持ちです。
そして、お体だけではなく、横顔の精悍さと言ったらもう…
……え?
何かがちらりと……見えたような…
ええぇっ?!!
見間違いの可能性があるので、もう少し近くで確認してみますわ
こういった時にモブ体質はとてもありがたいものです。
私が近づいたところで、ほとんどの方には認識されないのですから
ふう……ここまで来たら、何一つ見落としません
……!!!!
えええええええ??!!!!
咄嗟に大きく顔を背けてしまいました。
いけませんわ、令嬢にあるまじき振る舞いでした。
しかし、声をあげなかったことは称賛に値すると思います。
もう一度、勇気を持って顔をあげました…
っっっ!!!!
思わず息を飲みました…
銀髪の騎士様の鼻腔から……
あの、生きた彫刻のように美しい銀髪の騎士様の鼻腔から!!
チロリンと……
一本の鼻毛が覗いてらしたのです!!!!
そう!!!
HA・NA・GE!!!!
この世のどんな美男美女をも、一瞬で無効化するといわれている
HA・NA・GE!!!!
い、いえ、もしかしたら髪の毛がついてらっしゃるだけかも?!
はっっっ!!!
な、なな、靡いただと??!!
眼球突出不可避ですわ!!!
あ…引っ込んだ?
また出てきた?!!
ははーん……なるほど?
これは、呼吸と連動してますね?!!!
騎士様が酸素を吸引すれば、HANAGE様は鼻腔に帰られ
騎士様が二酸化炭素を放出されると、HANAGE様はお出ましになる
所謂、永久機関なるものですわね?
ああ、とんでもないものを見てしまいましたわ!!!
その後、どういう顔であの場にいたらいいのか、分からなくなってしまい、
演習場を後にしました。
このことを日記に残していいのか、いまだ判断がつきません
しかし!!
たった一本のHANAGE様で、騎士様の美しさも今までで積み重ねてこられた鍛錬も
決して無効化はされませんわ!!
ええ、そうに違いないです!きっと、多分……恐らく
思い出すとまた複雑な心境になってしまいます
今日はもうゆっくり休もうと思います。
明日もよき日でありますように
私は奥歯を噛みしめながら、そっと日記を閉じました
「お嬢様、図書館でお目当ての書物はみつかりましたか?」
「…え?ああ、リュシアン」
「お嬢様、お疲れでしょうか?少し上の空のご様子ですが」
「いえ、疲れてはいないのですが…」
「!!ちょっとお顔が近いです。私の顔に何かついていますか?」
「いいえ、何もついていないわ。いつも通り完璧な身だしなみよ」
「何かございましたか?」
「ねえ、リュシアン。私の目は飛び出して見えて?」
「……お嬢様の目は、寸分違わず瞼に収まっておいでです」
「そう…人体とは意外と頑丈にできているものですわね」
「どうぞごゆっくり、お休みください」
「ええ、明日には完全に戻ってるはずですわね」
今日の正解はわかりません。
でもどう考えても、眉目秀麗なあの銀髪の騎士様が身だしなみチェックを怠るとは考えにくいのです。
実際御髪のお手入れは行き渡っていました
もしかして!!!
あのHANAGE様は、伐採という幾度もの戦地を潜り抜けた者なのでは?!
歴戦の猛者なのでは?!
きっとそうに違いないわ!!
でしたら、HANAGE様ではなく猛者GE様をお呼びしなくては!!
何だか愛おしく思えてきましたわ
猛者GE様の未来に幸多からんことを願います…
どうぞ、これからも健やかに!




