第10話 異世界の戦略家
彼女は玉座の前に立ち、かつて部下を指揮したときのような、きびきびとした口調で指示を始めた。
「まずは三国への正式な招請状を作成します。文言は、協調の利益を強調しつつ、我が国の地理的優位性に触れる、絶妙なバランスで。
次に、各国の代表団を分析します。
レガリアの将軍は武勲を重視するが、国内の財政難に悩んでいる。ここを突く。
ヴァルドラントの外相は罠を仕掛けるのが好きだが、自国が小国であることへのコンプレックスがある。
正面からではなく、『大国と対等に渡り合う機会』として会議を提示しよう……」
彼女の言葉は続き、詳細な計画が次々と紡ぎ出されていく。
議題設定、会場の選定とセキュリティ、交渉が決裂した場合の代替案(BATNA)の準備、そしてあらゆるシナリオを想定したロールプレイング。
かつての国際取引で磨き上げたスキルが、この異世界の外交危機に、鮮やかに応用されていった。
アルフォンス王は、そんな王妃を初めて真正面から見つめていた。
わがままで軽薄だった妻の面影は、どこにもない。
そこにいるのは、戦略家であり、交渉人であり、この王国の真の「王妃」だった。
「……よかろう」
王が深く頷いた。
「お前の案で進めよう。必要なものは全て与える。この『会議』という戦い、見事にまとめてみせよ」
「お任せください、陛下」
セレスト、かつての愛河亜弥は、ほんの少し微笑んだ。
「すべて、計画通りに進めます」
宮廷を後にし、自室へ向かう廊下で、彼女は窓から広がる異世界の空を見上げた。
達成すべきKPI(重要業績評価指標)は、武力衝突の回避、三国共同研究機関の設立、そしてオルテニアの国益の最大化。
かつてのキャリアで培った全てを、この場所で発揮する時が来た。
「さて、仕事にかかるとしましょうか」




