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友達になろう




 友達いない同盟が始動した。何度聞いてもひどい名前だ。第一僕には友達がいるのに、これは不名誉というものだろう。

 活動内容は芸術家の卵、清運朱莉の友達作りのサポートだ。何でそんな事をするのかって?乗り掛かった舟というやつだ。後僕はそれなりに暇だった。やることも無ければ家に帰りたくもないので、余った時間は世のため人のために使うことにしよう。


 とりあえず、『第一回 清運朱莉サポート会議』は翌日早朝の市民公園で実施されることとなった。



◇◇◇



「あ、起きた」


 最初に耳にしたのは背後から聞こえるトラックの排気音だった。次いで頭上から落とされる声が耳を打つ。背中が痛い、寝心地が悪い。何か硬い板が背中にめり込んでいる。 

 視界には黄色いモヤがかかっていた。それが濡れたタオルだと気づいたのは数秒経ってからだった。それが僕の上に置かれてから何分経っていたのだろう。冷たかったはずのそれは人肌で十分温められていた。

 反射的にそれをどかすと、掴んだ腕の向こうに肩まである髪を後ろにまとめた少女が一人。川合海野だ。

 彼女は吸湿速乾性の白いTシャツに、腿にピッタリ張り付くショーツを履いている。ショーツの端部から靴下までは惜しげもなく露出され、春の日差しを浴びている。

 僕が寝かされていたベンチの端に彼女はいた。僕の腿のすぐ隣に尻があり、両手を膝の上にやってこちらを見ている。僕は起き上がろうとするけれど、体は油を欠いたように動きが鈍い。


「何分気絶してた?」僕が言う。

「5分ぐらい」川合さんが言う。

「恥ずかしい…」

「ぜんぜん恥ずかしくないよ。ごめんね、私がペース間違えちゃった。人と走るの楽しいからすぐペース崩しちゃうんだよね、私」

「気を遣われると泣きそうになるからやめてほしい」

「え?めんどくさ…」


 僕は傷ついた。


「タオル洗ってくる」

「あ、私も行くよ。立てる?」


 よろめきつつ立ち上がった僕に川合さんが肩を貸す。二の腕が触れる彼女の肩はすっかり汗が引いてひんやりしている。首筋のすぐ近くに彼女の唇がある。よく通るが柔らかな声が心配の色をはらんで鼓膜を震わせる。同じように走っていたはずなのに柑橘系の甘い匂いがする。女の子は汗すらいい匂いなのかと混乱しそうになる。

 触れている部分があまりにも柔らかい。

 あまり長くそうしていては頭がおかしくなりそうだ。

 僕はとっさに身をよじる。


「平気だから大丈夫」


 僕は俯いて前髪をいじりながら言う。何故か川合さんの顔が見れなかった。


「そう?」川合さんが言う。彼女は僕の顔を覗き込む。そして笑う。

「下沢君、エロだね」

「なっ」


 とっさに顔を上げてしまった。耳まで赤くなった顔が日の元にさらされる。

 僕は大きくため息を吐いた。


「勘弁してよ」

「ちなみに私のは善意100%だけどな~」

「怖いことを言う…」

「なぜか私、一部の女子にめちゃくちゃ嫌われるんだよね」

「自覚ありか!?」


 川合さんがあははと笑う。太陽が彼女を明るく照らしている。あまりにも屈託のない笑顔である。何か心の底からおかしいことがあって、その表情を僕の言葉が引き出した。きっとそんな事が出来る人間は珍し奴に違いない。僕はもっとその表情を見たいと思う。彼女の中の希少な存在になりたいと思う。

 心の底からそう思った。


 次の瞬間、僕は自分の頬を濡れたタオルでフルスイングした。


「急に何!?」

「煩悩を追い払おうと思って」

「そっかあ」


 まあ、そういうこともあるよねと川合さんが言う。僕の言いたい事は恐らく分かっていなかったけれど、とりあえずの肯定。このとりあえずの肯定が出来るところが彼女の凄いところである。


「じゃあ、続き走ろうか」僕が言う。

「えー、もう今日は休んでなよ。倒れたばっかりだよ」川合さんが言う。

「大丈夫。今倒れたのは単純に寝不足だから。昨日ちょっと夜更かししすぎちゃって、それが原因」

「ホントのホントに?大丈夫?」

「大丈夫だって。今ちょっと寝れたし、それに本気の僕ならあれぐらいで気絶しないよ」

「えぇー…」

「汚名挽回させてよ。いくら僕だってこれでも週3で走ってるんだから」


 といいつつ、再開したのはランニングというよりはあまりに遅く、それはほとんどウォーキングだった。川合さんは僕より体力があるようでペースメーカーを務めてくれる。走りに関しては少しは自信があったのに、ちょっと悔しい。

 僕らは公園の外周を回っていく。身体を涼しい風がかすめていく。僕はふと公園の一角に視線を向ける。そこにあるのは紅に塗られたタコがモチーフの、この公園のシンボル的な遊具だった。塗装は所々剥がれ、デフォルメされた両目は彩度を欠いている。尖った口から地上に向けてロープが伸びており、吸盤のついた足の一角は滑り台になっている。平日の早朝なので子供の声は聞こえない。タコの遊具の向こうからは、すっかり姿をみせた朝日が頂点に上ろうとしている。


 空は快晴で、まばらに配置された雲は千切れた綿あめの様。眺め続ければやがて底が抜け、薄っすらと見える暗やみに体が吸いこまれそうになる。頭の中がキーンと音を立て、飛べない体が頂点に向けて引っ張られていく。意識が明らかに集中していく。視界がどんどん狭くなる。けれど僕はそこにたどり着くことが出来ない。

 視界がだんだんと戻ってきて、地を這いつくばるように平行になる。僕の隣には一人の少女がいる。

 僕はこの場にいない少女の事を思う。公園のデフォルメされ、消費の跡が残る遊具から彼女の事を連想する。


「川合さん。聞きたい事があるんだけど」

「勿論いいよ。なに?」

「川合さんは清運さんにどうしてそこまでよくするの?」

「どうしてって、困っているし、ずっと前からの友達だし…できれば幸せでいてほしいっていうか。

 むしろ私的には、下沢君の方に聞きたいよ」

「どうしてって?」


 僕は濡らしたばかりの黄色のタオルを首に巻く。


「…どうしても何も。暇なのと、面白そうなのと、あと巻き込まれたから、かな」

「じゃあ、私と一緒だね」


 川合さんは真っ直ぐ前を見ている。僕はちょくちょく横目に彼女を見ているが、その視線が交わることはない。


「川合さんは暇で、面白がってて、巻き込まれたの?」

「そう。暇で、面白がってて、巻き込まれたの」

「ふうん」


 僕を巻き込んだのは清運朱莉と川合海野だ。と言っても、最終決定をしたのは僕である。僕が自分で、面白そうだと飛び込んだ。だから文句なんてあるはずもないし、あったとしても口には出さない。誠意をもって取り組まなければならないと思っている。

 では川合海野はどうだろう。彼女は清運さんと友達のようだけれど、それだけで何かしてやろうと思うものなのだろうか。

 もし川合さんの言うとおりだとするのなら。

 彼女を巻き込んだ人物というのは、一体誰なのだろう?


「清運さんの絵を昔に戻すって言ってたけど、本当に友達を作れば解決するのかな」僕が言う。

「さあ。でも、きっと今よりはましになるよ」川合さんが言う。まし、という言い方が気になったが追及はしない。


 額に張り付いた前髪を指で逸らす。

 清運朱莉は人間関係をあまりに知らない。人が何を考えていて、裏に何を抱えていて、表に出る言葉の何割が嘘で、何割が本当で、社会を形作るルールの相互作用がなんなのか知らない。あまりにも知らない。人間というものを知らない。それは本来なら当然の、人とのかかわりの中で培われるはずの、生きていくうえで必須のスキルだ。けれど彼女にはどういうわけかそれがない。何故か著しく経験がかけている。

 どこか道の途中で取りこぼしたわけではなく、あれは最初からあまりにも空っぽであったが為の未発達さだ。

 だから過度に人を怖がり、失敗を恐れる。

 未知の詰まった伽藍洞を妄想と想像で埋めあげ、デフォルメ化する事で輪郭をぼやかし写実から逃げる。

 絵はぜいたくなスキルから創造される綺麗なラッピング袋のようになる。けれど肝心の中身が無いから、僕のような中身を気にしない素人は騙せても一部の先鋭的な人にはその虚構に気づいてしまう。おそらく、彼女自身も含めて。


 その解決策として川合海野が提案したのが友達作りだった。なんてことはない。清運さんもそれは実行に移そうとしていたことだ。だから僕に声をかけたのだし、僕もそれに同調した。けれどどのみち僕らはあの閉塞的な美術室に籠っているだけだった。だから川合海野はまずは外に出ろと言うのだ。狭い美術室を飛び出し、教室に行き、人と触れ、好きも嫌いも飲み込んで、全てを知るのだと命じている。

 その話を聞いたとき、ショック療法のようなものだと思った。メリットはあるがリスクも大きい。

 意識はあるが心臓が止まっている患者に電気ショックを浴びせるようなものだ。その場合、患者はさぞかし怖い思いをするに違いない。それでだけが僕の憂慮する点だった。

 清運朱莉の友達作りには、常に彼女の傍でフォローする人材が必要になるだろう。


「せめて、清運さんと同じクラスなら良かったんだけどなあ」僕がつぶやく。

「え?」呆けた声が聞こえる。そちらを見れば、久しぶりに川合さんと目があった。彼女は大きな瞳をさらに大きく見開いている。

「エーっと、下沢君。一応聞くけど、それって何かの冗談なのかな」

「何が?」


 川合さんは腰に手を当て何か考え込む仕草をする。立ち止まり、天を仰ぐ。僕はその視線の先を追いかけるけれど、当然ながら代り映えのしない空が広がっているばかり。


「下沢君って何組だっけ?」細い指が僕を指す。

「3組」

「…」

「…」

「あかちゃんは何組だっけ」

「え?知らない」

「3組だよ!?」


 川合さんが叫んだ。信じられないものを見る目つきで、身振り手振りを着けて僕に言う。

 もう一度言う。


「3組だよ!下沢君と入学式の日から同じ!」

「…おぉ」


 僕としてはそんなに感情むき出しの大声でしゃべっている川合さんの姿が信じられない。その瞳から見受けられるのは純粋な困惑(ドン引き)驚愕(こいつまじか)。彼女は誰にも平等で優しい、博愛主義の権化みたいな人だというのに。

 しかしそうか。遅ればせながら彼女の言葉を咀嚼するに、清運朱莉は僕と同じ1年3組に所属していたのか。道理でいつも中途半端な位置に空席があるなと思っていたのだ。ずっと気になっていた。知らんかった。


「クラス委員なのに、今気づいたの!?あんまりだよ、可哀そうだよ、これじゃあ友達出来たって嬉しそうだったあかちゃんが報われないよ!」

「ご、ごめん…」


 勢いに押し切られて反射的に謝ってしまう。


「…まあ本人の前でバレなくてよかったけどさ」川合さんが言う。


 僕もその場面を想像しようとしたけれど、上手くイメージできなかった。川合さん的にはそのような場合清運さんが深く傷つくだろうと考えているのだろうが、僕にはどうにも。友達になったとはいえ僕らの関係はまだまだ浅い。仮にそうなったとしても「そうですか。私って3組だったんですね知りませんでした」ぐらいの事、彼女なら言ってのけそうな気もする。僕は僕の自認が彼女を傷つけられると思うほど奢ってはいない。


「とりあえず気を付けるよ」

「うん…まあ、肝心のあかちゃんも知らないだろうしね。それに考えてみれば下沢君って周りに興味ない人だし、不思議じゃなかったかも」


 何か聞き捨てならない評価を下された気がするが、今はスルーだ。


「でもやっぱり、二人って仲いいんだね」僕が言う。

「そう?」川合さんが言う。僕らの足は再び動き出している。

「今のもそうだけど、昨日の話も。友達の為に何かできるのって流石川合さんって感じだよ」

「そうかな。普通だと思うけど」


 苦々しく笑って頬を掻く川合さん。僕の評価に納得がいっていないようだった。褒めたつもりだったのに、言い方が悪かったのかもしれない。僕は続ける。


「怒ること自体は普通のことかもしれないけど、それを僕に直接言えるのがすごいんだよ。もし僕なら気になったことがあっても、もやもやしたまま家に帰って眠れなくなる。そういう意味」

「私は相手にズバッと言えるからすごいって?」

「いや、そういうのも勿論すごいんだけど。

 …なんていうのかな。川合さんって空気は読むけども物怖じはしないよね。前に4組で授業中に斎藤がヒステリー起こしてたことあるじゃん」


 僕は話しながら思い出す。入学当初の各授業ガイダンスが終わったばかりの事だ。授業中に隣のクラスから甲高い怒声が聞こえた。斎藤という数学教諭のモノだった。後から先輩に聞いた話だと斎藤は私生活のうっ憤を職場に持ち込む悪癖があるらしく、その矢印がまだ学校に慣れきっていない新入生に向くことがあるらしかった。

 怒りのきっかけは些細な事だ。生徒の一人が配布プリントを回す際に後ろの席の生徒と小言を交わした。それが気に食わなかった斎藤は、当該生徒を起立させ、こんこんと説教を始めた。そこまでならまだよかったが、今度はその生徒の人格や、生育環境にまで遠回しに文句を言い始めたという。あまりにもやりすぎであった。生徒にも悪気が無かったのは明らかだった。僕らは隣のクラスで断片的に誰かの怒声を聞いていただけったが、4組の雰囲気はそれはもうひどいものだったという。


 そしてしばらくが経ち、斎藤の怒りの矛先が全く関係のない4組全体に向いたころだった。教諭が入学式に遅刻した生徒を例に挙げ、昨今の高校生に対する不満を激情と共に語りだす前にその女は立ち上がった。川合海野だ。

 今僕の隣でともに歩き、学校では花が咲く様な笑顔を見せるこの少女は、滅多に見せないほどに眉を歪め、教壇の方へ食って掛かったという。当事者がいう所、現場はまさにカオスだったという。お陰で騒ぎは他クラスに広がり、事情を理解した学年主任が斎藤に厳重注意を施したことでこの事件は閉幕。川合海野は一躍英雄となった。

 しかし、その一方で。


「もちろん覚えてる、けど…」

「けど?」

「あれは私の黒歴史だから掘り起こさないで…」


 このように当の川合海野はあの事件を黒歴史だとして語られるのを嫌がっている。斎藤の悪行に飽き飽きしていた上級生にも噂が轟いているのだから、無駄な努力ではあるのだが。少なくとも見せびらかすよりはよほどいい。そんなところも僕が彼女を尊敬する点の一つだ。


「...上手く言えないけど、要するに僕が川合さんをすごいって思うのは僕が出来ないことが出来るからなんだ」

「できないことができる?」

「うん。そうやって納得いかないからって目上の人に突っかかるのも、友達のために行動するのも、面倒くさがりの僕には結構難しいことなんだ。だからそれができる君が羨ましいって思う」

「...」


 返答はなかった。彼女はまっすぐ前を向いたまま、虚な瞳で黙っている。


「川合さん?」

「…あ、ごめん。

 珍しいほめ方をされたからびっくりしちゃった」

「...!

 ごめん。キモかった?」

「ううん、嬉しいよ。ありがと。でもそれでいうと、私って下沢くんの師匠みたいだね」

「そうかもしれない」


 僕には師匠がたくさんいる。

 平均以下の僕にしてみれば、みんな優れた目標に見える。それは見方を変えれば、とても恵まれていることのように思えた。


「毎日修行だよ」

「ストイックだねぇ」

「部活生でもないのに毎日走ってる人に言われたくない」

「確かに」


 口元を隠しながらクスクスと笑う。自惚れかもしれないけれど、それは今まで彼女が見せてきたそれよりもよっぽど自然な笑顔に見える。僕は清運さんのことを思う。思えば彼女の自然体での笑顔を見たことがない気がする。この一件は間違いなく巻き込まれたものだが、意思を持って関わると決めたのは僕だ。それは暇で、面白がって、そして何よりも、そうする事で得られるものがあるはずだと思ったからだ。


 僕にしてみればみんな師匠。

 正直言い得て妙だと思った。世界中のどこを探しても、誰と会っても、その誰かは僕よりきっと優れている。そういうところを持っている。けれどそれは裏を返せば、僕には人から学ぶべきところが見えているということでもある。それは幸運なことである。僕は僕より優れた人を通して、自分の知らない景色を、自分の知らない世界を見ることができる。その機会を逃したくないと思う。


 清運朱莉。多くの人が知らない世界を知る少女。僕は彼女の近くに立つことで、その世界を見る権利というおこぼれをもらいたいのだ。そんな利己的な考えが僕の原動力だった。

 そしてそのためには、清運朱莉の抱えている問題を解決する必要がある。


「清運さんのことだけど」

「うん」

「やっぱり、きちんと教室に来た方がいいと思う」

「...正直、私もそう思う」


 悩ましがな声での返答。僕は続ける。


「もし清運さんが、何かいじめにあっているとか、そういう訳なら話は別だったんだけど」

「私の知る限りだとそういうことはなかったよ」

「それに、そもそも授業に出ないと卒業できない」

「それだよねぇ」


 困り眉を作る川合さん。僕は足元の足を蹴り飛ばす。足は公園のコーナーを綺麗に曲がって草むらに入っていく。それを見送っていると、「コラ」と隣から嗜められた。


「いくら才能があるからって、このままの状況が学校に許されるとは思えない」

「うん。だからあかちゃんに教室に来てもらって、人付き合いを覚えてもらうのは一石二鳥」

「に、なるかもしれない」

「なれるかもしれない」


 僕らは目を見合わせる。


「清運さんになんとか教室に来て、授業を受けてもらうとしよう。別にその間ノートの隅に絵を描いていたっていい。とにかくクラスの一員になってもらう」

「うん」

「その際考えておくべきことがある」

「あかちゃんが逃げ出しちゃわないかってことだよね」


 僕は首肯する。

 彼女が教室に来たとして、すぐにクラスに馴染めるとは思えない。もしそれが叶わなくて何か酷いファーストインプレッションを受けた時、今よりもっと酷い事態になるかもしれない。それだけは配慮しなければならなかった。


「教室には僕が一緒に行くよ」

「私も休み時間は毎回行くね!

 問題は、どうやってクラスに馴染むか、だね」

「それについてだけど、ちょっと思いついたことがあるんだ」

「え、すごい。何?」


 目を輝かせる川合さん。僕は人差し指を立てて、少し自信ありけに胸を張る。

 そして言う。


「初めに友達になる相手を、クラスのボスにしちゃえばいいんだ」



◇◇◇◇



「有崎さんっ」

「何...?」


 川合さんとのランニングから一時間後のこと。僕はいつものように一番乗りで教室にいた有崎さんに声をかけた。

 彼女の怪訝そうな声が返ってくる。それはきっと、対面する僕が満面の笑みを浮かべていたからだろう。我ながら気持ち悪いことこの上ないと自負している。


 そしてその怪訝に歪められた彼女の表情は、その数秒後、僕の背後から現れたもう一人の陰によってさらに困惑に歪められることになる。


「あ、ありざきさん。はじめまして...」


 体を半分隠しながら、緑色の特徴的な髪色の少女がおずおずと声をだす。


「わわ、私と」


 有崎さんが顔を傾ける。綺麗な黒髪が重力に従って流れる。


「私とぉ…」


 そして、言うのだ。


「ごめんなさいやっぱ無理ですーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 目の前をすごい勢いで駆けていく緑色の物体。どこにそんな力があったのか、彼女は制止しようとする僕の手すら振り切って何処かへ駆けていった。

 痛ましい沈黙がその場に流れた。僕は油の切れたロボットみたいにギギギと首を回し、有崎さんの顔を見た。その瞳に映るのは漆黒。ずっと見つめていれば吸いこまれそうな深淵の中に、単純な困惑と説明を求める意思が宿っている。


 僕は努めて爽やかな笑顔を張り付けて、言う。


「じゃあまあ、今日から友達という事で!」

「ホントに何なのよ…」


 ため息と一緒に声が聞こえる。

 清運朱莉に友達と社交性を身に付けさせる記念すべき初回の作戦は、そんなわけであえなく失敗に終わったのだった。


 




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