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猫とネズミ




「いやー、でも実際びっくりしたよね。まさかアカちゃんと下沢君が知り合いだったなんて」

「…そう、だろうね」

「どこで知り合ったの?まさかナンパ?」

「自販機の前で………、倒れてたんだっ」

「何それ。でもやりかねないなーあの子なら」

「…」

「でもちょっとうれしいかも。どんな流れでも、あの子が周りとのつながりを見つけられて」

「…」

「下沢君?」

「……………………………………………………..」

「下沢君!?一回休憩しようか!」

「だ、」


 だだいだいだだだだ大丈夫さこれぐらい。

 へーん!

 そんな気持ちで笑顔でサムズアップして余裕をアピール。

 しているつもりの僕。


 …あれ、おかしいな。世界ってこんなに狭かったっけ?

 しかもどんどん視界が歪んでいく。歪んで、狭まって、横向きに倒れていく。そしてショート寸前の脳みそで気づいた。

 ああ、これは、世界が傾いているのではない。

 僕が倒れているのだ、と。


 いったい、どうしてこうなったんだろう。薄れゆく意識の中、思いをはせる。あれはそう、初めて清運さんの元へ絵のモデルをしに行った日の事だ。



◇◇◇



 祭上高校は進学校である。モットーは文武両道。知性は健全で自由な精神に宿るという事で、部活動、同窓会活動をはじめとする学生主導の団体にはある程度の自由が保障されている。というか緩い。具体的には部員数に伴う部費の支給や、団体結成に関わるハードルの低さなどが挙げられる。他の高校がどうとかはあまり詳しくないが、最低3人で部が成立、それ以外でも同窓会を名乗ることは許されるというのは、結構珍しいんじゃないだろうか。…まあその分抜き打ち的な監査が行われ、活動の実態が報告書に反するものであれば警告ののちに即廃部らしいので、怪しげな団体が乱立することはよっぽどない。

 望め、さすれば与えられん。あるいはボーイズビーアンビシャス。

 教師や生徒会人の苦労をわきに置いてしまえば、エネルギッシュな我ら思春期高校生には最高の制度となる。

 その点でいえばこの祭上高校美術部という団体は、その恩恵をもろに受けた部活と言えるだろう。


 閑散とした美術室を見て、僕は思う。


「えと、今日は来てくれて、ありがとうございます」緑髪に前髪をピンでとめた少女。清運朱莉。彼女はいつかこの部屋で見た時と同じ緑色のエプロンをつけていた。

「いいよそんなにかしこまらなくて。僕は僕で楽しんでるから」僕が言う。清運さんの敬語は抜けきっていなかった。


「それで、僕は何をすればいいの?」

「えと、とりあえずここに座ってもらって…」


 案内されて、美術室の角へ進む。その一角だけ地面にブルーシートが敷かれていた。所々に絵の具が飛び散っている。どうやらここが彼女のアトリエのようだ。


「絵の具の匂いがする」

「あ、苦手でしたか…?」

「ううん。苦手じゃない」

「…良かったです」


 清運さんはそういうと、何か気難し気に顎に手を当てた後、奥の部屋へと消えていった。

 黒板の隣に隣接された扉。その奥には確か、美術教員用の部屋があったはずだ。保健室の先生が職員室意外に自室を持っているようなものである。扉は押戸で、木製。扉にも絵の具の跡がついている。歴代美術部員の仕業だろうか。それとも、清運さん一人で?

 美術室の入り口の引き戸よりよっぽど古いらしい。清運さんが扉を押すだけで、今にも壊れそうな軋み音がした。


 ごつごつと音がする。大方キャンバスやイーゼルと言った道具を取りに行ってるのだろう。一瞬手伝いに行こうかと思ったが、余計な事はすべきでないと思い返す。彼女は入学初日に入部を決め、これまでこの部屋で一心不乱に芸術活動に勤しんできた。今更道具の準備で手こずったりするはずもないのだ。それは侮辱にとられかねない。

 僕は用意された丸椅子に腰かけ、ブルーシートの上に荷物を置いた。四つ足の丸椅子には背もたれも何もない。モデルにどの程度時間がかかるか知らないが、これでは腰を悪くしてしまう。

 扉の奥では未だごそごそ物音が聞こえていた。


 ごそごそ。

 ごそごそ。


「…」


 僕は清運さんを待っている。


 ごそごそ。

 ごそごそ。


 スマホを取り出し時間を確認する。五分ぐらいは経っていた。いくら何でも、こんなにかかるものだろうか?僕は立ち上がり、扉を三回ノックする。


「あの、清運さん?大丈夫?手伝おうか?」


 その数秒後だった。

 一際大きい、金物どうしをぶつけるような物音が扉の向こうから聞こえた。次いで、何か大きなものか連鎖的に動く音。僕は一も二もなく扉を開けた。


「清運さん!」

「あっ、き、来ちゃダメーー」

「ん?」


 僕が扉を開けた向こう。彼女の名前を呼ぶのと警告が発せられるのは同時だった。思ったより広い教員部屋。その奥はほとんど物置の様になっており、日光に照らされてホコリが見えた。他には画材や人体模型などが乱雑に置かれている。


 警告を発したのは清運さんだ。彼女の視線は僕の頭上、丁度扉の隣に設置された鉄製の棚の上部に注がれていた。それだけで、大方を予測する僕である。全てが平均以下の僕は運だって人より劣る。例えば友達の危機だと思い飛び込んだ美術室内で、何故か棚に立てかけられた大量のキャンバスがドミノ倒しに落ちてくるなんてことも、僕にすればあり得るのである。 


「アブねっ!」


 とっさに前方に飛び出してそれをよける。後ろでは確かな質量を持ったものが落ちる音がした。予想通りだ。僕の軽い頭を重いキャンバス群が強襲しようとしていた。僕でなければ大事故だ。僕でなければ、こんな事態にはあっていなかった可能性が高い。

 けれどまあ、とりあえず。


「保管の仕方は考えた方がいいと思う」僕が言う。

「…あっ、お怪我はありませんかっ」しばらくぽかんとしていた清運さんだが、とっさに僕の方へ駆け寄ってくる。

「大丈夫だよ。それより、早く片付けて準備をしよう」

「ごめんなさい。私がとろうとして、それで…」


 痛ましそうに視線を下げる清運さん。いかん。このままではまた泣いてしまう。流石に三日連続で彼女をあやすのは勘弁だ。僕は努めて明るそうに振舞おうとする。しかし、無理だった。僕は明るい奴じゃない。


「だから大丈夫だって。ほら、ジャンプも出来るよ」

「…」

「ごめんなさい…」


 あ、明らかにテンションが下がっている。

 なんて面倒くさい女なんだ。仕方がない。話を変えよう。


「そういえば、美術部の…ワタナベ先生だっけ?今日はいないの?」

「ワタナベはいません。昨日飲みすぎたと言っていました」

「飲みすぎって」


 曲がりなりにも聖職者の勤務態度には思えない。僕は中年腹で酒をかっ込む初老の男性を想起して、頭を振った。気分が悪くなりそうだった。

 話しながら二人で崩れ落ちたキャンバスを拾い上げていく。見ると清運さんが彼女の胴体ぐらいあるそれを確保していた。どうやらお目当てのものを見つけたらしい。僕は目測でサイズを測ろうとするけれど、よくわからなかった。大きいのか、小さいのか。二人で拾い集め、僕が棚の上に戻していく。あろう事か、棚の最上段に置かれた美術用具たちは固定も何もされていなかった。もしこの部屋にいる時に地震が起きたら大惨事だろう。


「これ、あぶなくない?」僕が言う。

「はい…」清運さんが言う。いや、はいではなく。

「いつもはどうやって取り出していたの?」

「いえ、いつもはそこにはなくて。私、届かないので…」

「じゃあなんでこんなところに」

「分かりません」

「…他の部員が片付けたのかな」

「他はほとんど幽霊です」


 淡々と返される。が、驚きはなかった。

 人気のなさから大方予想はしていたけれど、美術部で本格的に活動しているのは清運さん一人らしい。それもそのはずである。先日とそして今日。僕はどちらも放課後の部活動が活発な時間に来ているにも関わらず、彼女以外の部員を見たことがない。加えて部活動以外にも授業で利用される部屋にしては、清運さんが要する一か所だけが使い込まれているように見えていた。あまりにも他の部員が活動している様子が見られない。

 でも、浩平と見学に来た学期初めにはそんな事無かったはずだ。

 あの時いた他の美術部員が、皆まとめて幽霊になっている。

 果たして聞いてもいいものか。地雷であったらいけない。せめてもう少し仲良くなってからにしよう。


「じゃあ、ワタナベ先生かな。とりあえず、絵を描こう。そのために来たんだし」

「はっ、はい!」目に若干生気が宿る。スランプだなんだと言っても、やっぱりこの子は絵が好きなのだとほっこりする。


 教員室からもう一つ椅子を持ってきて、清運さんはそれに腰かけた。僕との距離は1.5mほど離れていて、その間にイーゼルとキャンバスが置かれている。

 部屋は相変わらず人口の証明に照らされており、碌に掃除もされていない為か薄暗くさびれている。教室は黒板を正面として左右に水道が設置されており、いずれも新旧複色混ざりあったどす黒い塊がこびりついていた。ブルーシートは端部付近に円形の穴が開いており、そこに紐を通してカーテンレールに繋がれていた。黒板にや窓に絵の具が飛ばないようにするための配慮だろうが、幸いなことに水道の惨状を隠すための目隠しの役割を果たしていた。


「あの」

「ん?」


 きょろきょろと周りを見渡していると控えめな声がかけられた。声の主は極めて申し訳なさそうに、でも確かに眉をへの字に曲げながら言う。


「あまり、動かないでほしいです」

「あ、はい。ごめんなさい…」


 当然の事だった。考えれば分かることだった。モデルとしてちょっと考えれば分かることだった。

 落ち着きのないところを見せてしまった。非常に恥ずかしかった。

 それからしばし無音の時間が流れる。


「…」

「…」


 実を言うと、僕はジッとしていることが苦手であった。このように、人に見られている状況だとなおさら。意識していると更に。意味もなくくねくねしたくなったり、前後に揺れてみたくなる。眼球をどこに向ければいいのかだったり、自分の舌がどこにあるのかだったり。考えだすと止まらない。腰が痛く、額がかゆくなてきた。このままではとても辛い。一体なぜ忘れていたのだろう。出来ると踏んだ自分を殴り飛ばしたい。せめて何か他ごとを考えて気を紛らわせなければ。清運さんは平気なのだろうか。

 清運朱莉はいたって真剣な表情で僕とキャンバスを交互に見ていた。いや、実際は僕に3割、手元に7割程度の配分でペンを動かしている。僕を見ながら手を動かしているときもあった。真剣な表情。キリリと顔を引き締め、眉間に力が入っているのが見て取れる。僕は彼女と何度か目が合う。その瞳の中に、明確に僕が映るのを確認する。けれど彼女の表情は変わらない。百面相も披露しない。とっさに視線を逸らすこともない。彼女の眼には今現在『僕』は映っていないのだと認識する。彼女の目の前にはあくまで被写体としての男がいて、その情報を読み取ることに注力している。そしてそれを自分の世界に向けて描き写している…。


 その様子は僕のファーストインプレッションと全く一致するものだった。僕が初めてみた清運朱莉は、まるで周りなんていないみたいに筆を持ち、前を見ていた。その姿に僕は感心して、思わず息をのんだのだ。


 ペン先が紙上を走る。その音だけが鮮明に聞こえてくる。僕はまるでそこにいないみたいに彼女を見ている。無音が耳にキーンと響いた。

 気づけば世界は少しシンプルになっている。溢れていた雑念が減り、摩擦を減らした思考がするりと喉を通って足元に落ちる。僕はその時間、確かに人体のルールを逸脱し、まるっきり()()()()()()()()()()()()()()()()()と本気で思う。


 しかし、そんな時間は長くは続かなかった。清運さんの前髪を止めているヘアピンから、髪の毛が一束額に落ちたのだ。僕はその事実に気づいた瞬間、急速に現実に意識が戻りつつあることを自覚した。そしてその感覚をとても名残惜しく思った。


「少し休憩しましょう」清運さんが言った。

「そうだね」僕が言った。


 僕はようやく、自分が安請け合いしたことの重大さに気づいていた。


「…腰、いたい」

「やっぱ痛いんだ」

「はい。すごく」


 二人して伸びをした。僕は背中をそる勢いで腕を伸ばして、彼女は腰回りを絞るみたいに捩じっている。うめき声のような声が漏れた。


「疲れましたか?」

「うん。凄く。ごめんね。あまりジッとできなかったかも」

「いえ…むしろ石のようでした。もしかして何か修行の御経験があるんですか?」

「え?ないけど」

「…あっ、はい。そうですよね」

「…」

「…」


 妙な沈黙が流れる。清運さんが気まずそうに視線をそらしてしまった。心なしか頬が赤いような気もする。今の会話で何かおかしなことがあっただろうか。しいて言えば、修行の経験なんて突飛な質問をされたから、どうしたんだろうと思ったぐらい…。


「あ」

「…」

「ご、ごめん!清運さん!さっきのもしかして冗談だった!?」

「…」無言。薄暗くても分かるぐらい彼女の頬が赤くなっている。というか恥ずか死しそうな雰囲気まで感じる。まずすぎる。何かフォローしなくては。

「まさか清運さんが冗談言うと思わなくって、上手く反応できなかったんだ。全面的に僕が悪い。きっと僕以外の人なら、上手いこと返してくれるよ!例えば、川合さんとか」

「…」

「面白かったよ!じっとしていることから座禅を連想したのかな、それでとっさに修行僧ですか?なんて中々出てくる発想じゃない。いやさすがのクリエイティブ。よっ、流石芸術の天才!」

「も、もうやめてください!」


 大音量が耳に響いた。蛍光灯がぱちぱちと点滅する。

 清運さんは膝上に手を置いてフルフルと僕を見ていた。ひょっとすると睨んでいたような気もする。その顔は耳まで赤く染まっており、眉尻には力を入れすぎた為か涙がにじんでいた。


「ご、」


 僕は席に座り肩を落とす。

 焦ると冷静になれない。余計な事を言う。うまいこと相手のボケを拾ってあげられない。僕の改善すべき悪い癖だ。まことに罪悪感がすごい。また新たな黒歴史が刻まれてしまった。


「ごめん…」

「まあ、いいです」


 そっぽを向いてしまう清運さん。今度は僕がうなだれる番だった。

 僕はいつもこうだ。十年以上生きてきて、対人スキルすら平均以下の人間なんだ。なんの才能もない癖に、立派な社会不適合者だ。


「そ、そんなに落ち込まないでください!」

「うん」

「た、たった一言で凄い落ち込んでいる…この人、面倒くさいです!」


 お前が言うな。


「ほ、ほら見てください!ホントは進捗を見せるのは嫌ですが、今回だけとくべつです。感想を聞かせてください」


 うなだれる僕に差し込まれるようにキャンバスが差しだされる。手に取って眺める。木製のキャンバスは見た目よりよっぽど軽くて、ざらざらしていた。画用紙がキャンバスに貼り付けられ、四隅をゴムひもが固定している。キャンバスはあくまで台座として活用していたみたいだ。

 僕は絵の中の自分を見て、思わず目を見張る。

 そこにいる彼はリラックスした様子で肩の力を抜き、薄っすらと口角を上げてこちらを眺めている。緩いウェーブのかかった頭髪は小ぎれいにまとめられ、眉も丁寧に整えられている。二重瞼が強調されることで瞳は比較的大きく、その瞳は真っ直ぐにこちらを見ている。纏う雰囲気は柔らかく、淡い線が暖かな人物であることを伝えてくれる。

 清運さんが書いた僕はそんな感じの奴だった。

 僕は言った。


「誰?」

「あれ!?」


 清運さんの後ろに、ガーン、という擬音が見えた気がした。

 

「あれ?あれっ!?上手くないですか!?」

「いや、絵は上手いよ。勿論」


 でもこれは流石になんというか美化しすぎというか。見てるこっちが恥ずかしいというか。


「見たまんまですけど」

「ははは」

「信じてない!」


 いや、これはあれだ。現実がゆがめられている原因が分かったぞ。ズバリ初めて見たやつを親として認識して好感度マックスになっちゃう鳥的なあれだ。僕は大きな親鳥の後ろをてくてくとついていく清運さん小鳥ver.を想像してフフッとなった。可愛い。


「もういいです!」


 清運さんは僕からキャンバスを取り上げて画用紙を抜き取り、それを天高く掲げ――そのまま縦に引き裂いた。縦だけでなく、横に、斜めに。長方形の画用紙はいびつな形の紙片となって、最終的に一塊に纏められ、そのままゴミ箱へ叩きつけられた。


「次は…」


 その一連の流れを唖然と眺めていた僕に、丸い鉛筆の先端がびしっと向けられる。


「次は文句のない絵を描いてやります!早く座ってください!」

「ひえ」


 目が、目がギラギラしていらっしゃる。思わず情けない声が漏れてしまった。これが天才の圧ってやつか。


「い、いやちょっと今日は日も落ちてきたし腰も痛いしお暇しようかなーって」

「…」

「清運さん?」


 黙ってゆらゆら近寄られるとめちゃくちゃ怖いんですが。

 彼女はゆっくりと僕の元へ歩みを進め、何を思ったか両手で押し倒さんばかりに体重を預けてくる。目が怖い雰囲気が怖い片手に握られたままの鉛筆が怖い!

 これがかの有名なクラスで一番おとなしいあいつが急にキレた時の恐怖感だ!


「ちょちょちょっと清運さん何か言って」

「…」

「無言は怖いって!?って、あぁっ」


 情けない男が情けない声を上げながら倒れていく。丸椅子を転げ落ち、清運さんに押し倒されるような形で僕は天井を見ていた。自分の腹の上に確かな重みを感じる。恥ずかしくて彼女の顔が見れない。とはいえ、こんなところ万が一にも誰かに見られるわけにはいかない。

 そのまま固まってしまった清運さんをなんとかどかそうと、僕は首を持ち上げようとする。

 その時だった。


「おっ疲れーー!!

 あかちゃん、下沢君元気にやってるー?てかなんかハプニング的な音が聞こえたんだけど大丈夫?川合海野が様子を見に来ましたよーっと…」

「「…」」


 ガラッと勢いよく扉を開ける、訪問者。

 明かりに照らされた教室の一角はよく目立っていた。当然、そこでどうあがいても外聞の悪い姿勢になった僕たちの姿も。

 訪問者――川合海野は僕たちの姿を見初めて、勘違いかと眉間を揉んで、もう一度変わらない景色を眺めた。ここにいても彼女の息をのむ声が聞こえるようだった。


「…た、」


 た?


「楽しくヤってる!!!!!!」

「「ヤってない!!」」


 顔を真っ赤にして最低な事を言う川合さんに即座の否定。

 その混声は開けっ放しの美術部の扉を抜けて、練習中の合唱部の声量を上回り、祭上高校特別棟の足元からてっぺんまでをつらぬいたとかいないとか。





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