いつか戻りたくなる今日
「バスケなんてしてる場合じゃねえ、か…」
遠い目をしながら都合三回目になる発言を繰り返す短髪の男。
酒井浩平。
奴は変態である。その他の情報は何もない。価値もない。
「おいまて、価値がないこたねえだろ」
「じゃあ、必要がない」
「同じだ。それは」
しばらく経って昼飯時。
あの後教室は微妙な雰囲気に包まれ、数秒もしないうちに担任がやってきた。清運さんは気づけばいなくなっており、川合さんも自分のクラスへ帰っていった。ほどなくホームルームが始まったが、幸いなことに、その後は朝に見られた一連の話について追及してくるものはいなかった。それは単に僕と彼らの関係値がそれほど大きくなかったからであるし、あまりに唐突な出来事だったから、かえって誰も飲み込み切れなかったからかもしれない。
目の前の男を除いて。
浩平はホームルーム後いの一番に事の真相を問いただし、それ以降遠い目をしながらこうして恨み言を呟いている。
「俺なんて部活一本でさあ、モテようと頑張ってきたのにさあ、普段そんなのどうでもいいって思ってそうな奴ほど、恵まれるもんだよなあ」浩平の口には購買で買ってきた食パンが放り込まれている。勿論、お手製のおべんとうもあったのだが、それは二時限目の終わりと共に平らげられていた。
ぶつくさ呟く浩平だが、それについては反論がある。
「恵まれるって、お前に言われたくないね」
僕は流し目で浩平を見る。
浩平は男の僕から見ても魅力的な外見をしていた。顔は薄味だが整っているし、スポーツマンで適度に焼け、コミュニケーション能力だって悪くない。背だって僕よりいくらか高く、その変態性から男子の内輪でしか盛り上がれない特性さえ改善されれば、彼女なんて待機列ができるだろう。
「大体お前、彼女とか興味ないだろ」僕が言う。
「お前もな」浩平が言う。
浩平の言うモテたい、彼女欲しいといった言葉は、最早鳴き声みたいなものである。実際、中学の頃も浩平が告白されているところは何度か見ていたが、結ばれている場面は見たことがない。どうやら心の奥底では煩わしいと思っているらしいのだ。少なくとも今は。
そういうわけで彼女いない同盟を組んでいる僕たちだけれど、両者の間には大きな壁があった。
僕は彼女を作らないのではない。出来ないのだ。
そもそも決定権が与えられていない事柄に対して、偉そうに自己主張できるはずが無い。…まあそのおかげで、女子と話すときにする期待というものが平均以下の僕なので、気負わず会話が出来るというのは一つメリットかもしれない。一部、何故か嫌われている人や、無条件に人を見下すような冷たい目をした人は除く。
「モデルっていうのは、いつからやるんだ?ちょっと面白そうだよな」
「今日から…ていうか、今から。十分も経ったら行くよ。清運さんのところに行かなきゃ」
「青春だねえ」
「はいはい」
浩平の芝居っぽい仕草はあしらいつつ、僕も口の中に菓子パンを放り込む。ちなみに僕の手製の弁当だが、三限を迎える前に消滅した。
「じゃ」僕が言う。
「ういす」片手をあげて、浩平が見送る。
時刻は12時45分になろうとしていた。本棟の廊下は学食や購買部帰りの生徒たちで賑わいを見せており、どこを歩いても話し声が聞こえた。ふと窓を見ると、棟間に設置された中庭が見えた。昨日僕たちが会話をしたベンチでは、数人の女子が集まって昼食をしている。
特別棟へ延びる渡り廊下の方へ曲がると一気に喧騒が遠のいた。背後から聞こえる声はただの音の反響となり、やがて聞こえなくなる。蛍光灯の配置も入射される光の具合もほとんど同じはずなのに、特別棟はどこか薄暗い印象を僕に与えた。シンと静まり返っていて、どこか寂しい。
美術室は特別棟4階。僕は階段を音を響かせながら登っていく。その部屋は西側の廊下にある音楽室の真反対に位置していた。
中に人の気配はしなかった。僕は扉を三回ノックする。
「…出ない」
帰ってくるのは無音だった。僕は引き戸に手をかけたが、カギがかかっていた。
どうしたものかと途方に暮れ、扉の上部に取り付けられているプレートを確認する。『美術室』。間違いなくここだ。
その時、美術室の中からガタっと大きな音がした。その音は次第に大きく、近づいており、扉に取り付けられたぼかしの入った窓から、緑色の何かが見えた。
扉が勢いよく開かれる。勢いあまって、ピシャンと大きな音が廊下に響いた。
「こ、こんにちはです」若干、頬を上気させながら清運さんが言った。
「さっきぶり」僕が言った。
清運さんに案内されて室内に入る。床材に木製のタイルが用いられた美術室内は、棟全体の雰囲気から浮いているように見られた。世界が変わる。敷居をまたぐと、化学塗料の匂いが鼻につく。大きな窓は遮光カーテンで閉じられており、人工的な灯りが室内を照らしている。明らかに空気がこもっていた。
「あの、今朝は突然、すみませんでした」
「別にいいよ。何も悪いことをしたわけじゃないし、メールで何度も言われたし」
たいていの高校生が用いているメッセージアプリの『友達』欄には、今朝から新しく清運さんの名前が刻まれていた。入学してから怒涛の勢いで増えつつあった中に、今日一名追加である。
「それで呼ばれたから来たけど、何するの?」
「は、はい。取り合えず、部室に来れる日を聞いておこうかと」
「ああ、なるほどね。じゃあ…」
「ははははい、あの。わたっ私の予定はこちらになります」
「…」
そんなのメールでいいのにと思いつつ、僕はスマホ開いて予定表を確認する。が、部活にもろくに入っていない高校生に、何か予定があるはずもなかった。僕と浩平は、何か約束事をして遊びに行くようなタイプではない。
それよりも、と。
「あのさ、清運さん」
「はいっ、なんでしょあっ」
僕が声をかけると、びくりと肩を跳ねさせた清運さんの両手からスマホが落ちる。それはくるくると回りながら地面を滑り、僕の足元までやってきた。僕はそれを拾い、固まってしまった清運さんの両手に戻す。
「なんでそんな緊張してるの?」僕が言う。
「きっ、緊張!?」清運さんが言う。僕は頷く。
「今朝は他の人も大勢いたけど、今はそんなことないし。そもそも、昨日は普通にしゃべれて………。
うん、とりあえずしゃべってはいたじゃん」
一瞬、普通とは何かという問答に意識を持っていかれつつも、何とか思考を軌道修正。
清運さんは強くスマホを握りしめ、俯いている。
「う、うぅ」
「清運さん?」
突然呻きだしてしまった清運さんに、大丈夫かと手を伸ばす。彼女はそのままずるずると座り込んでしまった。
勢いよく顔を上げた清運さんと目が合う。そしてその顔を見てぎょっとする。彼女は笑い泣きみたいな表情で、唇を震わせていた。
「わ、私」
僕は呆気にとられている。
「私ぃ…」
彼女は今度こそ涙を流しながら言葉を紡ぐ。
「私っ、駄目なんです」
「だ、ダメって」何が?そう続けるより早く言葉が紡がれる。
「絵を描くこと以外、ダメなんですぅ~~~~~!!!!!!!!」
鼓膜を揺らす大絶叫。
美術室が閉じられていて、ここが特別棟で本当に良かった。そう安堵したのはいつ頃だったか。ともかく僕は目の前で繰り広げられる光景に、しばらくぽかんと口を開けてしまっていた。
「せ、清運さん!?」はっと我に帰ると同時にポケットからハンカチを持ちだした。ああ、二日間連続で女の子の涙をふくことなんて、普通無いだろう。この経験を貴重ととるか厄介ごととるかは意見が分かれるところだが、僕としては断然後者だった。
大粒の涙は頬を伝って彼女の身に着けた緑色のエプロンを濡らしていく。
僕は何をすればいいのか分からず、かといって何もしないのも無理なので、彼女の肩に触れながら「落ちいて!」と声をかける事しかできなかった。
………。
……。
…。
「落ち着いた?」
数分後、ひざまずく形で視線を合わせ、僕は言う。
「すいません…」
清運さんの両手にはスマホと僕のハンカチが握られていた。彼女はそれを何かに使うわけではなく、文字通り握りしめている。その時僕はそういえば昨日のハンカチを返してもらっていないことに気が付いた。しかしタイミングというものがあるので、言葉を飲み込んだ。別にあげたってかまわない。
「えっと」
なんていえばいいのか、言葉に詰まる。そもそもこの状況。僕に何か言える言葉なんてあるのだろうか。恐らくない。それは彼女も分かっている事だった。
清運さんは申し訳なさそうに瞳を伏せ、ぽつりぽつりと呟いていく。
「私、頭がおかしいんです」
「は、」
出てきた言葉の強さに、一瞬頭が真っ白になる。
「私は昔から絵だけを描いてきました。初めはクレヨンで、次に水彩、油絵がしっくりくるなと思って本格的に初めて、版画やスプレーアート、日本画にも興味を持ちました」
僕は黙って聞いている。
この部屋は外界と別世界の様に切り離されている。
「でもそれだけじゃ駄目だったんです。私は他の事を何もしてこなくて、皆が普通に出来ることが、まるで出来なくて…。貴方には絵があるからと言ってくれる人もいます。でも駄目なんです。他がダメダメな私には引き出しがない。絵は、自分の中から作り出すものですから…ですから本当は、こうなるのは分かっていたんです。でもそれを煩わしく思って無視してしまった」
『こうなる』というのは、清運さんが現在おかれている状況の事だろう。昨日、彼女は絵を描くことが出来ないと、その事をスランプという言葉で形容した。僕は言葉通りに受け取ったが、どうやらもっと深刻な問題であったらしい。解決策が分かっているからこそ、その実現不可能性を直視して、絶望してしまった。
『絵を描く以外してこなかった』
『皆が出来ることが出来なくなった』
『それでも周りの甘言に乗っかって問題から逃げてきた』
『気づいたときには手遅れだった』
きっとどれも真実なのだろう。
僕は何も言葉をかけられない。
彼女の言った馴染みのない問題は、意外なほどにすっきりと受け入れられてしまった。彼女らしいと思ってしまった。
僕は昨日と今日の彼女の様子を思い返した。
奇行、奇言、思い込みの激しさに思い切りの良さ、いずれも自意識が内部で肥大した人間にありがちな姿に思えた。というか、大体過去の僕だ。忘れたい記憶。
社会経験をまともに送ってこなかった者の、他者を介さない歪な自我を向けられるあの感覚。『普通の人』なら成長の過程で誰かが共生してくれるその歪みを、彼女にしては、天才性の一言で片づけられてしまっきたのではないだろうか。歪みが修正されることはなく、歪んだアウトプットの仕方が出来上がってしまった。
彼女はいつか、気づいていたのではないだろうか。自分が周囲とまともにコミュニケーションが取れないことに。周りから一線を引かれて、自分に自信を持てなくなったのではないだろうか。だからこそ、絵を描くという行為が、現実逃避の手段として成り立ってしまったのではないだろうか。
勿論、いずれも僕の妄想だった。
だからこそ、僕は彼女にできる事はないかと考える。僕に解決策を提示することは出来ない。僕は昨日知り合ったばかりのただのモデルだからだ。ただ、言葉を受け止める無地の壁の様に、否定も肯定もするべきではない。それだけは分かった。
だから彼女に視線を合わせ、せめてぐちゃぐちゃになった心の箪笥が整理されるための手助けをしよう。
「君の話を聞いて、思った事なんだけど」僕は両ひざの上に手を置き、彼女を見る。
「…はい」清運さんは俯いている。きっとこの状況も、彼女が自己を否定する恥ずかしい場面であるのだろう。何せ、ほぼ初対面の男の前でこんな姿をさらしているのだ。感情が溢れてしまっただけで、僕の感想なんて聞きたくもないに違いない。それを分かっている。
「清運さんは自分の事が嫌いなの?」僕は言う。
「嫌いです」清運さんが言う。意味のこもった言葉だった。
「それはどうして?」
「私が、ダメな奴だから。…一番、ダメな奴だから」
言葉尻に向かうにつれて、その声は震えを増していた。僕はそれを最後まで聞く。
「人と、上手く話せません。勉強も、全然できません。緊張すると自分の事ばかりになって、周りを振り回してしまいます。なのに皆私を甘やかして…絵が描けるから。でもそれも、出来なくなってしまいました。絵が描けない私には何もありません。私自身が、そうしたんです。だから…」
「これからが心配なんだね」
「…」
彼女の中で渦巻く感情には出口がない。
ただ心の中で色を増す感情の種類が渦上に湧き上がって、淀みを生み出し続けている。光が見えない。空気が淀んだ、暗い密室。この部屋のようだ。
「君は自分に、人生経験が足りていないと思っている」
「…」小さくうなずく。
「人生経験というのはその名の通り、人生をかけて積み上げていくものだ。
だから今更取り戻すことは出来ないし、少なくとも時間がかかる。そんな事をしていては、少なくとも絵の締め切りは過ぎてしまう。だから君はどうしようもない現実に絶望している」
「…」今度は頷かなかった。僕の解釈が違ったのか、あるいは、認めたくないのか。
「君は自分をダメな奴だと思っている。僕を含めた多くの人間は君の才能を羨ましがるだろうが、そんな事は関係なく、君は君が嫌いだ」
清運さんの顔がわずかに上がり、僕の腹のあたりを見ている。
「ごめんね。僕が、無駄な時間を使っているよね。でも僕自身、言葉にしないと整理がつけられないんだ」
「いえ…」清運さんと目が合う。そして、再び伏せられる。その目は昨日と同じように腫れていた。
「でも君にはそんな状況を打破する為の策があった。とにかく描くことだ。外部からの刺激…この場合でいう僕を取り入れることで、あくまで簡易的に、自分に足りない人生経験を補おうとした」
「…」
「そして今、このような事になり、君は後悔をしているんじゃないだろうか。よく知らない人に迷惑をかけて申し訳ない。本音をさらしてしまって恥ずかしい」
「…」
答えはない。
僕は性格も空気を読む能力も平均以下の人間だ。だから少し、意地悪な質問をする。
「清運さん。君は僕に後ろめたい気持ちはある?迷惑をかけて申し訳ないと」
清運さんの肩が、びくっと震えた。やはり僕は意地が悪い。
「はい。思ってます…本当に、ご迷惑をかけて、申し訳ないと」その声は再び涙ぐんでいた。
「清運さん。僕ね、今こうしていることは迷惑じゃないよ。人の役に立つのは気持ちがいいし、絵のモデルになるなんてなかなかできる経験じゃない。だからメリットは十分にあるんだ」
どのみち暇だしね。と続ける。
「清運さんは、絵の上達が見込めてうれしい。ついでに僕っていう友達を介して、また新しい友達が出来て、どんどん輪が広がっていくだろう…君はいつか、人生経験で皆に追いつく。僕は貴重な経験が出来てうれしい。いいことずくめなんだよ。ぼくらは」
それは紛れもない本音だった。僕には彼女を慰めることも、肯定することも出来ない。したいとか、したくないとかじゃない。出来ないんだ。僕は彼女の事を何も知らないから。
でも、実際僕は彼女の話を聞いていしまった。何の因果か、昨日であったばかりの平均以下の男が、才能あふれる少女の悩みを聞いてしまったのである。であれば、適当なことは出来ない。何も持っていない自分は、せめて世間に利をうみだす人々の、邪魔にならないようにしなけば。あくまで誠実に、自分を示すしかない。
「そう、ですか」小さくうなずく。そしてしばらくして、固まる。
「うん」
「え?」
僕の言葉を受けて、瞬間、弾かれたように顔を上げる。
「い、今、なんて…」
「良いことずくめでwinwinだって」
「そそそっちではなく!僕っていうなんとかを介して、って」
「友達?」
「――!」
口をぽっかり空けたまま固まっていた。しまった、確かに数度話した程度で友達を名乗るのは早計だったか。失敗だ。僕はいつだって人との距離感を測りかねてばかりいる。
「ごめん。友達になるのはまだ早かったよね」
「いいいいいえ!い、いいです。友達良いです!なりましょう、友達!」
ハッとした清運さんが僕の口を塞ぐ勢いで腕を上げて言う。
そ、そうか。そんな喜んでくれるなら、なろう。友達。
「友達、この学校で二人目です。うみちゃんの次で、二人目」
「そうなんだ。そりゃあ、良かった」
先ほどまでの雰囲気はどこへやら。へへへと笑う清運さんを見て、僕は肩の力を抜く。
そして壁に掛けられた時計を見る。時刻は13時ジャスト。あと十分もすれば昼休憩が終わる。早く本来の予定を済ませてしまおう。
といっても、僕はクラス委員の用事がある日以外は基本空いている。
「友達、出来るでしょうか」
美術室を出ようとした僕に、清運さんがそう問いかける。
「さあ。清運さん次第だと思うけど、多分、大丈夫だと思うよ」
「そうでしょうか…」
根拠のない言葉では、不安はぬぐえないらしい。当然だ。彼女にはその根拠たりうる自身が、ごっそり抜け落ちている。確かに知らない人に会うのは緊張するだろうし、コミュニケーション能力に自信がなければなおさらだ。初めはすごく疲れるし、多分嫌になることも何度かある。でも、それを乗り越えなければどうにもならない。
あるいは、彼女は自身の特異性を認識して、不安になっているのかもしれない。過剰評価でも何でもなく、清運朱莉は自分が特別だと知っている。それは周りからそのように評価を受けて育ったからだ。そうして育った彼女の周りに人がいないのは…まあ、どちらもある種の一線を引いてしまうような事があったのかもしれない。どこかで自分は周りと違うと思って、それが原因で誰にも近づけないのではないか。あるいは、皆とは違う私には、誰も近寄ってくれないんじゃないか。そんな不安。
偉そうなことは言えない。だって僕は、彼女よりよっぽど無価値な人間だ。だからこそ、幸いにもかけてあげられる言葉があった。
「友達って、その人とそうなりたいかどうかが一番大事だと思うんだ」
清運さんは黙って聞いている。
「だから大丈夫だよ。僕、君と友達になりたいって思ったから。君は多分、僕が知らない世界に生きてきて、知らないことを知っているから…。君のこと、面白いって感じる人は結構多いと思う。僕だけの話じゃないよ。
自慢じゃないけど、僕みたいなやつって結構いるんだ」
だから大丈夫と。
長い付き合いになるかは分からないけれど、君に興味を持つ奴はたくさんいる。その中から、付き合っていきたいやつをえらべばいいんだ。
僕は言う。
清運さんは何も言わず僕を見ている。その目は丸く見開かれていて、何を思っているのかは読み取れない。ひょっとしたら急に語りだした僕が気持ち悪すぎて、思考が停止してしまったのかもしれない。僕は逃げるように美術室を後にする。
見送りの言葉とかははなかったし、ドン引きされていたらショックなので顔も見れなかった。ちょっときざな事を言い過ぎた。今日は間違いなくお布団反省会開催だ。数秒前の自分を殴り飛ばしたい。
数十分前に通った渡り廊下を歩いていると、ポケットに入れていたスマホが振動した。画面を見るとメッセージ通知と『清運朱莉』の文字。
『今後ともよろしくお願いします!』
友達にしては硬すぎるその文面には、可愛らしい犬のスタンプが添えられていた。
その画面を見てほっと一息。僕もまだまだ成長中だ。とりあえずはこの新しくできた友人と一緒に、敬語からため口に切り替わる適当なタイミングについて、議論を交わすことにしよう。
そんな昼休みの時間だった。