9.勉強会
「——じゃあ。第一回、義姉弟勉強会を始めまぁーす! ぱちぱちぱちー」
私が拍手をしても(*声)、月飛くんはかちこちに凍るばかりで全くノってくれない。
「ほら拍手っ、月飛くん!」
「へっ、ふぁ、ふぁい……」
控えめに月飛くんがぱちぱちと拍手する。……つかさっきの噛んだ月飛くんめっちゃ可愛かったな。ほんとに小動物じゃん。いや……野良猫か? うっわこれは悩みどころだどうでもいいけど。
「じゃあ——月飛くん。今から私のことは先生とお呼びなされ。そして私は君のことをムーンぴょーん——略してムンぴょんと呼ばせてもらう」
おもむろに黒縁眼鏡と指さし棒、教科書、黒板の代わりにホワイトボードとホワイトボードマーカーを出し、私はすました顔でおかしなことを言う。
「ぅ、え? む……むん、ぴょん?」
「そこ、私語は無用! さて、ムンぴょんぶっ、よ。君はどこまで学んでいる?」
自分で言っておいて噴き出す変な私に、しかし月飛くんは真面目に質問に答えてくれる。……純粋無垢な素直っ子よ。天使よ。
「あ、……小学4年生まで、です。字とか計算とかはゴミ捨て場にあった教科書とかで月翔……弟と勉強してて。児童養護施設に来てからも、それよりももっと詳しいのを小4まで習って……」
小4、か。
小4、小4、小よ……え待って、私全く小4の時の記憶がないんですけど! 小1どころか幼稚園年少さんの頃のこともちょっと覚えてるのに! ってあぁ、思い出した。そん時はまだこんなボケじゃなかったんだよなあ……。いつから“真面目で凛とした頭のいい美少女”っつーのぽい捨てしちゃったんだろう……。不肖澄瀬碧音、いつボケに回ったのか全く分からないであります!
……じゃなくて。
なるほど小4かぁ……じゃあ、
「小5から中1……ってとこ?」
「あ、そう、です」
こくりと月飛くんが頷く。
小5かぁ……まあ結構時間はかかるね。
でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもうぅっっっっっっっっわ気っ持ち悪ぅっ……
うっさい通り越して気持ち悪くてすんませんでもで……ちゃうちゃうそんなでも言ってたらもー気持ち悪くてしょうがねー。っつーか見てたら目チカチカしてきた。うえっ(作者の心の声でも私の心の声でもある。ふふ、私と作者は一心同体なのだよ……私をボケにしてくれやがったけど。それは許してないけど)。
じゃのうて、儂はのう。でもでもゆうて何言おう思うとったんやっつうとなぁ、儂月飛はんもといムンぴょんはんが頼ってくれるのが嬉しとう。んあーなんかめっちゃ意味分かんねー。
「ふふっ」
そのことがまた嬉しくなって思わず笑みが零れて、ばっと口を押さえる。月飛くんの方を見ると、ぽかんと口を開け呆けたような顔をしていた。
「ふふ、月飛くん面白い顔ー」
そうからかうと、月飛くんはむ、とふてくされ、「……碧音さんのせいなのに」と呟いた。
「っ⁉」
月飛くんは思ったより顔に感情が出やすい、っていうことは知っていた、けど。でも——こんなにも、無防備な顔を他人の前でしてくれるのは……初めて、だ。
さらに嬉しくなって、私はふふっとまた笑った。
「……碧音さん……」
むーっとほんとに小動物みたいに私をにらんでくる月飛くんが可愛くて、また笑いを零したら月飛くんは次はぷいっとそっぽを向いた。
「……碧音さんがいじわるだから、僕もうやらないもん……」
「っっっ⁉」
……っ、な、っか、わい……すぎ……っっっっっっだろ……っ⁉
っずるいって、反則だろこんなん……っっ‼
「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い萌え萌えきゅるるーんきゃーーサインしてーウィンクしてー投げキッスしてーいやぁーーぎゃあぁーーーーーー」
「⁉ え、……大丈夫、ですか……?」
うわぉ本気の大丈夫ですかもらいましたぁ~めっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ恥っず。
「だいじょぶかわいーい♡ つきひくぅんくぁわいいーねー、……食べていい? 本気で」
「た、食べ……? いやほんとに。大丈夫ですかほんとに……?」
「ん? うんごめんね君がほんとに可愛すぎて食べちゃいたいくらいだからさ……ははっひひっふふっへへっほほっ」
私の顔に邪悪が宿るのが分かる。
それでも私は私を止めない。だって月飛くんのせいだもん。月飛くんが可愛すぎるせいだもん。謝りませーん。「可愛くて破壊力抜群」とはよく言ったものだ。だって現に私のこと壊してるもん。すげーでも修理してくれんのかな。ほんでさっきまでの普通の私ももうちょっと改良してくんねーかな。
「もー月飛くんー、さっさと始めるよー?」
めっちゃ理不尽なことを私が言うと、宇宙の端から宇宙の端までくらい罪深い月飛くんはひくっと口元を引きつらせた。
「……」
しかし不毛な戦いになると予想したのか、ふぅっと溜め息を吐いてからすぐにニコリと引きつりは残るものの笑みを浮かべた。……ほぉ大人。私よりも大人だな。かしこじゃん。
「そんなかしこな君に‼ 大・大・大・さぷらーいず‼」
「えっ……?」
「それはぁ……教科書でぇーす。はいべんきょーしましょー」
「……」
月飛くんは、それを聞きっふうぅーっと大きく疲れたような溜め息を吐く。
「そうですね。やりましょう」
「ほい。月飛くん……じゃなくてムンぴょん、小5からだったよね? じゃー……えっとぉ……なんだっけ小5の最初……ああ、整数と小数か」
「……整数と小数……何をするんですか?」
こてん、と月飛くんは首を傾げる。それにまた心の中でごふっと血を吐きながら、私は教え始めた。
「じゃあ、1,2,3は整数、1.5とか2.1とか、そういう.〇っていうのは小数っていうのは分かる?」
「あ、はい。なんとなく……」
「うん。この.5とかっていうのは、1より小さいけどゼロよりはある数なの。例えば1.5は、1とその半分、0.5ってこと。位ってわかる? 百の位、十の位、一の位っていうの」
「あぁ、はい。確か……小数って、小数第一位とか小数第二位……っていうんです、よね?」
「おお! すごい、合ってるよ!」
「あ……っ、良かった」
ふにゃっと花が柔らかく開くように、月飛くんが咲う。その姿があまりにも綺麗で、私はごくりと息を呑んだ。
ゔゔん、と咳ばらいで気を取り直し、また教え始める。
「小数はね、“1の〇分の一”なの。例えば0.5は1の二分の一でしょ、0.5の半分だから。そんな風になってるの。そして、小数には点があるでしょ?」
「、はい」
「うん。その点を、小数点っていうの。覚えておいてね」
こくん、と月飛くんは頷く。彼はとても呑み込みが早いようだ。多分地頭がいいんだろう。
「それでね、倍って習ったでしょ? 2は1の2倍とか。それは掛け算と同じとか。あ、何分の何は割り算と同じね」
「はい」
「計算で考えると、1×2=2。0.5だったら1÷2=0.5。まあ九九を使えばいいのね」
「……九九って……あの、二一が二、二二んが四、二三が六、二四が八……のやつですよね」
「うん、その通り。じゃあ今から、“小数の計算”を教えるね。じゃあ、“10倍”って何すればいい?」
「……えっと、0を1個付け足す?」
「うん、そう! 合ってるよ、じゃあ小数って何すればいいと思う? 0付け足しても同じよね」
分かるかな……という気持ちで月飛くんに聞く。すると即完璧回答が帰ってきた。
「えっと、0付け足すっていうことは位を繰り上げてるから、小数でも……1.5だったら位を繰り上げて1を十の位にして、15にする……で合ってますか?」
え。
いや、そんな早くに理解する? っつーかこの子もしかしてもう習ってるんじゃね? そうとしか思えなくね?
私は口元が引きつっているのを自覚しながら、また違うやり方を教えた。
「う、うん、めっちゃ合ってる完璧。それでね、そんな考え方もあるんだけど、覚えやすくてやりやすいやり方としたら、“倍(×)は小数点を右に動かす”“何分の何(÷)は小数点を左に動かす”でも行けるよ」
「小数点、を?」
「そう。まあ、0を付け足すっていうのと同じような考え方かな」
なるほどと言ったように、月飛くんはふむふむと手を顎に当てる。
「……分かった?」
不安になってきて、私はそう尋ねた。すると彼は、ニコリと笑って言った。
「はい、とっても」
そして、勉強会は空が闇を広げ、太陽が闇から海に逃れるまで続いた。
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