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40.月飛が……家出?

【碧音side】

「——ねえ、月飛くんは?」

 私はくっと眉根を寄せて、お母さんからの質問に答えた。

「え、いないの?」

「そうなのよ……。ご飯食べるまではいたんだけどねぇ。今探したんだけど、いなかったの。碧ちゃん、何か聞いてない?」

「んー……」

 私は、お母さんから視線を逸らす。

 なぜか今日月飛くんは、私と彼2人だけだったのに、碧音さん呼びで敬語になっていた。

 それに少し驚いて月飛くんを見たら、何か思いつめたような表情をしていて。

 私は声をかけようかどうか迷ったけど、丁寧な口調に戻っているということは私がらみのはずだ。だから、私はそっとしておこうと決めた。

「……え、ねえ……家出、とか……ないよね?」

 最悪のことを考えて言ってみると、お母さんは表情をこわばらせて黙る。

「……」

「えっ……家出……なの?」

「いや、まだそうと決まったわけじゃないわ。ただもう少しで帰ってこなかったら、寒くなるし心配ねって思って」

「……そう、よね……。あ、じゃあ私探してくる」

 ぱっと顔を上げて、私はそう言った。

 すると、お母さんは申し訳なさそうに手を合わせる。

「ごめんねぇ、いい? 私も探しに行きたかったんだけど……」

「ううん、全然。……あ、じゃあさ」

 ごにょごにょとお母さんにささやくと、お母さんはふわりと笑って「わかった」と頷いた。


「もー……ゆゆも出ないしクフとクハとクヒも出ないしー……」

 まあ、夜だからなー……。

「來山くんに掛けてみよ」

 月飛くんの一番の友達、來山くんに電話を掛ける。

 数コールののち、ぷつっとコール音が途切れて、『もしもし?』という來山くんの声がした。

「あ、來山くん? 今って暇?」

『え、暇っちゃ暇ですけど……どうしました?』

 心底不思議そうな声でそう聞いてきたので、私はん、と答える。

「月飛くんが、家を出て帰って来なくて」

『……月飛が?』

「そうなの。……あ、心当たりない?」

 來山くんなら知っているかもしれない。

 一縷の望みにかけて、私はそう聞いた。

 しかし、なぜか彼は黙り込んでしまった。

『……あの。今俺○○橋なんですけど、来られませんか。話したいことがあって』


【陽太side】

「……あの。今俺○○橋なんですけど、来られませんか。話したいことがあって」

『え、いいけど……』

「ありがとうございます。じゃあ……切りますね」

『え、あ、うん……じゃあ、また』

「また」

 挨拶をして、ぷつりと切る。

 ……月飛が……家を出て、帰ってこない。

 それは、多分。

「……俺のせいだ」

 ふ、と溜め息を吐く。

 ひゅうっと風が吹いて、その風が冷たくて自分の体を抱き締めた。

 もう、冬か。

 ぼぅっと今にも泣き出しそうな曇天を見上げて、俺は手をポケットに突っ込んだ。

 ……ああ。

 俺は、月飛を傷つけて。

 月飛を、家出させて……。

「來山くんー!」

 聞きなれた声に、弾かれたように顔を上げる。

 そして声の方向を見ると、そこには頬を赤く上気させた澄瀬先輩が立っていた。

「すみません、わざわざ」

「いいよいいよ。……それで、話って?」

 澄瀬先輩は、じっと俺を見つめる。

 だから、俺も俯いていた顔を上げて、彼女をしっかりと見つめた。

 そして俺は、月飛への嫉妬心、嫌がらせ、わざと悪口を言ったことを、包み隠さず全て告白した。


「……」

「……俺のせいで、月飛は家出したんです。本当に、ごめんなさい……」

 深く、ふかく頭を下げる。

 全てを澄瀬先輩に打ち明けて、俺は話している間も罪悪感に心が支配されそうだった。

 月飛の過去は、聞いている。

 両親を産まれてすぐに亡くしたこと。引き取られた先で、虐待されたこと。浮浪児になったこと。双子の弟を、亡くしたこと。

 衝撃的な過去だった。丁寧で優しいいつもの彼からは、想像もできない過去だった。

 ……そんな彼を。

 俺は、更に追い詰めて、傷つけて。

 家出まで、追い込んだ。

 ああ……本当に俺は、

「來山くん」

 最低だ。

 最悪の、クズなんだ。

 見ないようにしてた、そのこと。

 俺は、性格が本当に、

「來山くん!」

 終わってるんだ。

 人として、最悪——

「陽太くんっ!」

 はっ、と顔を上げた。

 しかと肩を掴まれて、俺は彼女の潤んだ瞳と目が合った。

「陽太くん、落ち着いて。あなたが悪いことした、それはそうだけど、まずは落ち着かないと」

 必死になって俺を落ち着かせようとする澄瀬先輩の言葉に、俺もだんだんと落ち着いていく。

「……すみません」

「ううん、いいの」

 ふるふると首を振って、澄瀬先輩は続けた。

「あのね。私は、陽太くんが全て悪いとは思ってない。みんな、誰しもがないものねだりで。陽太くんは、たまたまその対象が月飛くんだっただけ」

「……」

「それに……ご両親とお兄さんのこと。本当に、苦しかったと思う。それも合わさって、月飛くんに嫌がらせしたんでしょう?」

「……っ、」

「……あのね」

 そして澄瀬先輩は、少し沈んだ声で言った。

「陽太くんの……その想いは、とっても嬉しいの。私も陽太くんのこと、」

「待って」

 俺は手を出して、澄瀬先輩の続きの言葉を制する。

 ……答えなんて、分かりきってる。

「待って、ください。返事は……大丈夫です。もう、分かってるから」

 そして俺は、澄瀬先輩にふっと微笑みかける。

 彼女の拳が、ぎゅっと強く握り締められたのが見えた。

「……本当に、ごめんなさい。こんなことして、澄瀬先輩にまで迷惑かけて」

 謝る、けれど。澄瀬先輩の顔が見れなくて、俺は俯いたまま。

 すると。

「ねえ」

 少し、怒りの混じった声だった。

 ああ、やっぱり怒らせた。

 俺はそう思いながら、ふっと顔を上げて——

 パンッ。

 乾いた音が響いたと同時に、頬に鋭い痛みが走った。

 平手打ち……され、た。

 呆然と打たれた頬に手を当てていると、澄瀬先輩がきっとにらんできた。

「何で私に謝ってるの⁉」

「……え……?」

「私に謝ってる場合じゃないわよ! 月飛くん探して、月飛くんに謝って、また月飛くんの友達やり直せばいいじゃない! 月飛くんが、そんなに薄情な子だって思ってたの⁉ ……っ、陽太くんが最低だとか、クズだとか、そんなわけないじゃない……っ! 本当に最低でクズだったら、こんなに罪悪感に陥ったりしない! 月飛くんから離れてもらおうって、わざと悪口を言っているのを聞かせたりしない‼ こんなに、私に謝ったりしないわよ……っ‼」

「……、ぁ……」

 言葉が、出なかった。

 ……本当なのだろうか。本当に、俺は。

 最低最悪な人間じゃ、ないのだろうか。

 月飛と……また。友達を、やり直せるのだろうか。

 澄瀬先輩を恐る恐る見ると、彼女は——

 やっぱり。

 あの時と同じ、優しい瞳をしていた。

「ほんと、に……?」

「ほんとよ。私が言うんだから、間違いないわ」

 澄瀬先輩はそう言って、自信満々に笑った。


【碧音side】

 私たちは、街中を回ることにした。

 その中で、私は陽太くんに想いを改めて伝えられた。

「俺は……あの日、澄瀬先輩に救われた日から。あなたのことが、ずっと好きでした」

 彼は真摯なまなざしで、私にまっすぐな気持ちを伝えてくれた。

 だから。私も、誠実に答えなきゃ。

「陽太くんのこと、私はすっごく好意的に思ってる。優しくて、丁寧で、気遣いができて、明るくて、人気者のあなたのこと、ほんとにすごいなって思ってる。……あの時ね。君がうずくまってたのを見て、私はほんとに驚いたんだよ。あの、すっごく人気だった明るい男の子が? って」

「……」

「……でもさ、やっぱり。誰だって、普通の男の子、女の子なんだよね。陽太くんだって、ただの男の子だった」

 私はそこで言葉を切って、もう一度続けた。

「私のことを好きになってくれて、ありがとう。私も、陽太くんに出会えてよかった。……でも、ごめんなさい。私は、陽太くんの気持ちにこたえられない」

 頭を下げて、顔を上げる。

 すると、陽太くんは——

 とても優しくて、穏やかな微笑を浮かべていた。

「ありがとう……って言いたいのは、こっちです。ありがとうございます、澄瀬……いえ、碧音先輩。俺は……あなたを好きになれて、幸せでした」

 私ははっと目を見開いて、少し俯く。

 そして、私も微笑み返した。

「ふふっ」

 私たちは微笑み合って、また月飛くんを探し始めた。

 ——月飛くん。陽太くんは本当は、あなたのこと……大好きだよ。

 だから、戻ってきていいよ。

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