36.佐野くんの家(part2)
「あっ、はい、ありがとうございます……っ」
私たちがお礼を言うと、樹貴さんは優しく目を細めた。
なんか……お母さんみたいだな、この人。
「できることなら、俺も遊びたかったんですが……この体では、少し」
困ったように微苦笑を浮かべて、彼はそう自嘲した。
「いっちゃん、いっちゃん」
くいくいときいとくんが樹貴さんの裾を引っ張って(可愛い死ぬ)、名前を呼ぶ。
ん? と樹貴さんがきいとくんを優しく見て、きいとくんは言った。
「いっちゃんにあげたおかゆね、にいににもあげたいの」
「貴月に?」
目を丸くして、樹貴さんは聞き返す。
……ふあぁっ、尊い……!
「絃、優しいね。そうだね……一緒に作ろっか、って言いたいところだけど。——すみません、俺の代わりに……一緒に作ってくれませんか?」
申し訳なさそうに、樹貴さんはそう私たちにお願いした。
「勿論です! きいとくん、一緒に作ろっか」
ゆゆがにこっと笑ってそう言うと、きいとくんは満面の笑みを浮かべた。
「ん? 作るって……何?」
「えっとね——」
「なんにもないよ! あっ、あと、にいにはあっちのおへやいっててー!」
ゆゆが佐野くんの質問に答えようとすると、きいとくんがさえぎった。
ぱちりと一度瞬きをして、佐野くんは首を傾げながら尋貴くんに連れていかれていた。
「じゃあ、エプロン着よっか。絃」
「うん!」
全員の数のエプロンはなかったけど、偶然みんなが汚れてもいい服を着ていたので、尋貴くんときいとくんだけエプロンを着た。
「えっと……尋貴くん、」
「うん。おれがみんなに教えるね。ええと……①米を洗い、ボウルに入れて30分ほど浸水させたのち、水気を切る。②鍋に米と水を入れ、強火で加熱する。③沸騰したら菜箸などで軽く混ぜ、隙間をあけてフタをし、弱火で煮る。④米に火が通り、やわらかくなったら火を止め、フタをして10分ほど蒸らす。……だって」
お米を洗い……ボウルに入れて、30分浸水……。
なんか、すっごい簡単だなー。
……ちっちゃい子もやるんだし、それはそうなんだけどさ。
「でも、2人でよくおかゆなんて作れたね」
30分待つということなので、私たちは雑談をして待つことにした。
「ああ……その時は、いつ兄ちゃんが見ててくれたんだ」
「さぷらいずにしたかったのにね、いっちゃんにみてもらおってね、ひろちゃんがいったの」
むー、と頬を膨らませて、きいとくんが抗議する。……うぐぅっ、可愛い……! キュン死にする……!
「火使うからねー。いつ兄ちゃんに見てもらった方がいいでしょ。絃、危ないんだよ、火は」
がおー、と獣のジェスチャーをして、尋貴くんはきいとくんを諭す。
きいとくんは口をとがらせながらも、納得したように黙った。
「お、30分経ったな。よし絃、一緒に水気切ろっか」
ぱっと顔を輝かせて、きいとくんははいっと手を挙げた。
「うんっ!」
「じゃあ、私たちは火つけとこっか」
「そうですね」
ガスコンロをつけて、私たちは尋貴くんたちが水気を切り終わるのを待つ。
後ろから尋貴くんがきいとくんをサポートして、きいとくんが小さな手で一生懸命水気を切っている。
そんな微笑ましい光景を、みんなが温かく見つめていた。
「みず、おわったー!」
「うん、水気切れたね。すごいな、絃はー!」
わしゃわしゃときいとくんの頭を撫でて、尋貴くんはにかっと笑う。
きいとくんはくすぐったそうににへへーと笑って、ぐしゃぐしゃになった髪を押さえた。
「えっと、これを強火で加熱するんだよね?」
「うん」
こくりと頷いて、尋貴くんは鍋にお米と水を流し込んだ。
そして鍋を來山くんに渡して、來山くんがその鍋をコンロに置く。
「くふふっ、強火で合ってるのかあ、くふふっ」
「くははっ、すぐ焦げそうだな、くははっ」
「くひひっ、その時はその時ぞ、くひひっ」
おっと。佐野くんがいないから、三つ子が思いっきり奇怪な笑い声をあげてしまった。
ぱちぱちと数回瞬きをして、尋貴くんときいとくんがじぃと三つ子を見る。
「あははっ、なんかおもしろーい! ねーねー、もういっかいやってよー!」
「くははっ、まさか子供に人気とはな! くははっ」
「くひひっ、尋貴ときいととやら、わらわたちの笑い声が面白いと言っておるぞ、くひひっ」
「くふふっ、可愛いなあ、くふふっ」
「くひひさん、おもしろーい! くふふさんがいちばんかぁいーね!」
にっこにこになって、きいとくんはそういう。
……まさか子供に人気が出るとは。面白いけどさ。
「あ、沸騰してきました」
「? ふっとーって何? ぶどう?」
「……沸騰。液体の表面からの蒸発だけでなく、液体の内部から気泡が出て気化する現象。……まあ言えば、熱されて泡が出てきたら沸騰してます」
ゆゆのバカさ加減に少し引いた様子で、月飛くんが教えてあげていた。
「菜箸持って来てください、安倉先輩」
「ほーい」
適当に返事をして、ゆゆは菜箸を……って。
「……それ、普通のお箸じゃないですか」
「え? さい“ばし”でしょ? お箸じゃんか」
「菜箸は長いお箸ですよ、安倉先輩……」
來山くんが疲れたような顔でゆゆに教える。
えっ⁉ という顔で、ゆゆが戦慄していた。戦慄するのはこっちだよバカ。
月飛くんは結局、自分で菜箸を取った。
「よし……」
ふぅっと息をついて、私はぱっと笑顔を咲かせた。
「できたー!」
「やったー!」
「美味しそー!」
「よかったですっ!」
「できたね、絃!」
「たのしかったねー!」
みんなでいぇーいとハイタッチし合い、そして私は言った。
「じゃ、佐野くんに渡しに行こっか」
「「「「「うん(はい)!」」」」」
「くははっ、喜べばよいな! くははっ」
「くひひっ、わらわからのありがたき料理ぞ? 喜ぶに決まっておるぞの、くひひっ」
「くふふっ、分からないなあ、まずいかもだなあ、くふふっ」
クフ。縁起でもないことを小さい子の前で言いません。
「貴月ー」
こんこんと部屋のドアを叩いて、來山くんが代表で佐野くんを呼ぶ。
しかし、ドアの向こうからはしーんとなんの返事も返ってこない。
「ん……? あの、樹貴さん。この部屋、入ってもいいですか」
「どうぞ」
樹貴さんの許可を得て、來山くんは遠慮がちにそっとドアを開いた。
すると——
「……んぅ、ん……」
ベッドで、静かに眠っている佐野くんがいた。
「……」
ふっと微笑んで、來山くんはぱたんとドアを閉じた。
そして、長い指を唇に持っていき、しーっというポーズをとる。
……うん、そうだね。
「寝かせてあげましょう」
「じゃあ、お邪魔しました。貴月にもよろしくお伝えください」
「お邪魔しましたー。尋貴くん、きいとくん、またねー」
「かえっちゃうのー?」
「絃、ちゃんとバイバイしような」
寂しそうな目で見てくれるきいとくんに、私たちも寂しい気持ちになりながらもバイバイと手を振る。
「また来てね!」
「またね」
「さようなら」
尋貴くんはにこりと、きいとくんは名残惜しそうに、樹貴さんは優しく微笑みながら、それぞれ手を振ってくれた。
そして私たちも、後ろ髪を引かれる思いで帰路についた。
「はー、楽しかったねー」
「そうだね、碧」
私と月飛くん、2人だけで家路をたどる。
2人だけなので、月飛くんもため口&呼び捨てだ。
「また行きたいね」
ふにゃっと柔らかく微笑んで、月飛くんはそう言った。
その美しい横顔は、控えめに光る月に照らされていた。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
まだまだ続きますので、ぜひ最後までよろしくお願いします!




