35.佐野くんの家
「ねーあおちゃん、あおちゃん家今日行けない?」
「え、私ん家?」
ゆゆに聞かれて、私はむ、と考える。
「ちょっと今日は……」
「そっかー……あ、じゃあよーちゃんは?」
「うちはちょっと……」
來山くんが申し訳なさそうに言って、ゆゆはいーよいーよ、と言いながら思案顔になる。
「あたしの家も無理だし……クフたちは?」
「くふふっ、クフたちの家は無理だなあ、くふふっ」
「くひひっ、急すぎるぞの、くひひっ」
「くははっ、もっと前から言っておくのだな、くははっ」
クフたちの家も無理らしい。
ゆゆは佐野くんに視線を動かして、言いにくそうに言った。
「えーと……きづっちは?」
「うちは……えぇと。俺は今日……バイトないし。母さんは今日仕事だし、いつ兄も今日は体調よさそうだったし……2人弟がいるし、家狭いですけど……それでもいいですか?」
「おお、いいよ! みんないいよね?」
「え、私たちも行くの?」
「え? そりゃそうじゃん、行ける人は全員行くよ!」
急すぎるゆゆの提案に、私は少し考えながら言う。
「私は大丈夫だけど……」
「俺は行けます。というか貴月の家行ったことないな」
「そうだっけ。あ、俺はもちろん行けますよ」
「くははっ、クハは行けるぞ、くははっ」
「くひひっ、わらわも行けるぞの、くひひっ」
「くふふっ、クフも行けるなあ、くふふっ」
おお、みんな行けるんだ……って。
「あれ、月飛くんも行けるよね?」
「……え、僕も行っていいんですか?」
至極不思議そうに首を傾げて、月飛くんが聞いてくる。
そっか。月飛くん、友達のおうちに行ったことないんだよね。
「勿論よ。一緒に行きましょ」
ぱちっと瞬きをして、月飛くんはこくっと頷いた。
「はいっ」
彼の声は、少し弾んでいた。
「どうぞ、入って」
マンションの2階、佐野という表札がある家に着いて、佐野くんはがちゃりとドアを開けてそう言った。
「へぇ、ここが貴月の家か」
來山くんが物珍しそうに見まわして、佐野くんはそれに苦笑いを浮かべる。
「そんなに見渡しても、珍しいものなんてないよ」
「にいに、おかえりー!」
「月兄ちゃん、おかえり」
「ただいま尋、絃」
どたどたと足音がして、ひしっと小さな影が佐野くんにくっついた。
そして少し遅れて、佐野くんにくっついた子よりも少し大きい子が出て来る。
2人に、佐野くんはふわっと表情をほころばせた。
「尋、絃、自己紹介」
「じこしょーかい?」
「多分、自分の名前とかを言うんでしょ? ね、月兄ちゃん」
「おー、尋大正解! 絃、自分の名前と何歳かを、このお兄ちゃんお姉ちゃんたちに言うんだよ。できる?」
「できるー!」
思わず口元が綻んでしまうほど、すごく癒される光景だった。
佐野くんからは弟たちをとても愛していることが伝わってきて、思わず生暖かい視線で見てしまう。
「さの、きいとです! ななさい、です!」
「お、絃すごいじゃん! 言えたね、いぇーい」
佐野くんがかがんで、きいとくんとハイタッチを交わす。
ぱちんと乾いた音が鳴って、きいとくんもにっこにこだった。
「すごいねー!」
「ん? うん、すごいなー絃!」
もう一人の子がきいとくんを抱っこして、きいとくんは幸せそうににひーっと笑っていた。
「えぇと、佐野尋貴です。10歳です」
「ひろちゃん、すごいねー!」
「だろー」
尋貴くんはにかっと笑って、きいとくんの頭をよしよしと撫でた。
「尋、絃。このお兄ちゃんお姉ちゃんたちは、兄ちゃんのお友達なんだ」
「にいにのおともだちー?」
「そうだぞー、絃。月兄ちゃんの友達」
佐野くんが目くばせをしてきて、一足先に彼の意図をくみ取った來山くんが口を開く。……って君、顔とろけすぎだろ。
「俺は、來山陽太って言います。貴月のお友達です」
「ようたくんー!」
にこーっときいとくんが笑うと、陽太くんはふにゃあっと顔をとろけさせた。
なるほど、自己紹介をしろってことか。
「こんにちは、尋貴くん、きいとくん。私は、澄瀬碧音って言います。佐野く……貴月、くんのお友達? です」
「あおねちゃんー」
……ああ、來山くんの気持ちがわかるわ。
これはもう……うん。はううですわ。
「安倉由優です! こんにちはー。きづっち……貴月くん、のお友達だよー」
「ゆゆちゃん!」
ゆゆも例にもれずとろけていた。
「澄瀬月飛、です。貴月さんの、お友達です。仲良く……してください、ね」
控えめに月飛くんが微笑むと、きいとくんも笑い返した。
「つきひくんっ!」
「ええと。この似た3人が、環多くいは、くいひ、くいふ。俺の友達だよ」
なるほど。変な笑い声をうつしたくないのか、弟たちに。
「よろしくお願いします」
尋貴くんが丁寧に頭を下げて、私たちも慌てて頭を下げた。
「で……尋。いつ兄はどう?」
「いつ兄ちゃんは……今日はまだマシだよ。絃と一緒におかゆ作った。なー、絃ー。一緒におかゆ作って、いつ兄ちゃんにあげたよなー」
「うん! いっちゃんにねー、おかゆあげたの! おいしいね、ありがとうっていってたー!」
「そうかー! ありがとうなー、尋、絃」
「お兄さん?」
「ああ、うん。待ってて、今から見て来るから」
そう言って、佐野くんは奥に消えていった。
手持無沙汰になった私は、尋貴くんに尋ねてみることにした。
「ねえ、よかったらなんだけど……お兄さんとお母さんって、ご病気なの?」
「ん-。いつ兄ちゃんは父さんに遺伝したのかわかんないけど、難病患ってる。母さんは、体が弱いんだよ。絃を産んでからだって、兄ちゃんたちが言ってた……けど。なんで?」
「貴月……くん、がね。願いごとに、『母と兄の病気が治りますように』って書いてたんだ」
「えっ」
尋貴くんは、私のその言葉にふっと目を大きくした。
そして彼は、ゆっくりと口を開く。
「……父さんが病気で死んで、母さんは体が弱くなって。いつ兄ちゃんは父さんと同じ難病を患って。月兄ちゃんは、いつ兄ちゃんの看病をして、俺たちの面倒を見て、母さんを支えるためにバイトを何個も掛け持ちしてる。……いつか倒れるんじゃないかって、思う。母さんも疲れてるっていうことは知ってるし、体も弱くなったっていうのはわかってるけど……いくらなんでも、月兄ちゃんに任せすぎだって思う。まだ6歳の頃から、家事とかしてたって言ってたし……バイトとかはさすがに今年からだとは言ってたけど」
「……それは、」
いくらなんでも。
重圧と負荷が、多すぎるんじゃないか。
ゆゆたちも、眉根をくっと寄せているのが分かる。
「貴月さん……って。僕と、同い年ですよね?」
「そうだよ。俺らと同い年……だから、13歳」
13歳で……背負う、ものじゃない。
月飛くんも來山くんも、どちらも13歳とは思えないほどの闇を持っているのを私は知っている。
けれど……佐野くんは、2人とはまた違う闇を背負ってる。
「……貴月のご友人ですか」
「⁉ あっ、はいっ」
突如。ふわりと優しく包み込まれるような、落ち着いた声が聞こえて来た。
「そうですか……貴月と仲良くしてくださって、ありがとうございます」
「ええと……あの、」
「ああ……貴月の兄の、樹貴です。こんにちは」
穏やかで優しい微笑みを浮かべて、樹貴さんは頭を下げた。
彼は、少女のように儚げで端麗な人だった。
病的なほどに真っ白な柔肌に、今にも景色の中に消えてしまいそうな儚げな雰囲気をまとっている。
細い杖を持って歩いていて、佐野くんがそっと支えていた。
「こ、こんにちは……」
「貴月がお世話になっています」
慈しむように微笑み、樹貴さんは佐野くんを優しい瞳で見つめた。
その瞳からは、一目で佐野くんのことを愛していることが分かる。
「えっと、澄瀬碧音です」
「安倉由優、です」
「來山陽太です」
「澄瀬、月飛……です」
「くh——」
「右から、環多くいは、くいひ、くいふです」
クハ、クヒ、クフは自己紹介をことごとく阻止されている。
「碧音さん、由優さん、陽太くん、月飛くん、くいはくん、くいひさん、くいふさん……わざわざ、自己紹介ありがとうございます」
ふわりと花が揺れるように笑って、樹貴さんは私たちの名前を一人ずつ呼んでくれた。
「せっかく来てくれたから、楽しんで行ってくださいね」
佐野くんの家族、どう思いましたか?
ぜひ教えてください! 皆さんの応援、とても励みになっています!




