3.もう1人、家族ができた。
「あ、今日から養子の子くるからね」
「はぁい。……ていうか、私その子の情報全く聞いてないんだけど」
「ん? まあまあ、いいじゃない。私たち会ってきたけど、とっても礼儀正しくて丁寧で、いい子だったわよ」
朝。食卓につき、家族みんなで朝食と夕食は一緒にとるのが我が家の絶対ルールだ。今日の朝食はご飯、お味噌汁、焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のお浸し。日本の食卓でよく見る光景である。知らないけど。最近はパンの人多そうだけど。
「へぇ……浮浪児だったんでしょ? なのに礼儀正しいんだ」
「そうなのよぉ。私たちほんとにびっくりしちゃって」
須磨子という名のうちの母親は、穏やか、柔和という言葉をそのまま人にしたかのような人だ。怒ったり叱ったりすることはほとんどなく私も16年間で全く見たことがない。柔らかく注意して終わるのだ。まあ優しくて、料理上手で娘の私から見ても結構美人だと思うので、昔は引く手数多だったんだと思う。そんなお母さんを射止めたのはお母さんの隣に座るお父さん。亮介という名のうちの父親は、完璧超人だと思う。安心させるような笑顔をいつも浮かべていて、落ち着いていて、東大卒で、スポーツ万能で、イケメン。麗しき王子様みたいで、とても40手前には見えない。いやまあお母さんも40手前には見えないけどさ。そして両親はほんとにラブラブ。今じゃ多分珍しい、バカップルと言っても過言ではない。っていうかもうずっとイチャイチャしてる。だって今もくっついてるもん。
でも、私のこともすごく愛してくれている。誕生日パーティーは毎年盛大にやってくれるし、クリスマスにもまだ毎年プレゼントをくれる。そのせいで、恥ずかしいことに私は去年までサンタクロースは本当にいると思っていた。それを友達に言ってしまったときの恥ずかしさと言ったらもうほんとに。ほんとに、せめて中学校入るときくらいには言ってほしかった。
いや、違う。こんな話じゃなくて。なんだっけ……ああ、私は両親に愛されてるアピールしてたんだ。うざいって思った? 母子家庭とか父子家庭とか、家庭不和とかの人はすみません。申し訳ございません。あぁ待って読むのやめないで。また家庭環境が悪い子が出て来るから! その子の対照として出てるの私! ほんとにね、感謝してるから! 読んでくれてありがとう! 恵まれてるって自覚してます!
いやほんとに何の話? え、っていうか私さっきから誰に話してんの? ……こわ……。
「碧よりも3歳下だよ」
お父さんがそう優しく言う。あぁ清涼剤……。おかしくなった私の心を癒してくれる……。あれ? 癒しておかしいの変わるのかな? ……。だめ。これ以上考えたら打ちのめされ変わらないよねあ゛ぁ―――‼
……いや、ほんとに私何してんだろ。っていうか私こんなタイプだったっけ。え、真面目で凛としたキャラじゃなかったっけ。それだったらツッコミのはずなのに。私完全に今ボケですよね?
「……自分が怖いぃ……」
「? どうしたの、碧ちゃん」
「何か言ったか? 碧」
癒しの声。いや……天使……神のお声!
いやだから違うって、私こんなキャラじゃないのほんとに! 信じて‼ ……いや、正直私も信じられん。
「ううん、何でもないよ。下の子欲しかったから楽しみだな」
そういうと、お母さんとお父さんはふふっと優しく、綺麗に笑った。
「おはよう」
「あー、おはよーあおちゃんー」
「うん、おはようゆゆ」
安倉由優。私の大親友で、なんかゆるい小動物みたいな女の子。めっちゃバカ。来年同じ学年になれるかちょっと心配になるほどのバカ。
「ねえゆゆ、中間テストの結果どうだった?」
「うっ」
私がそう聞くと、ゆゆはわかりやすく硬直する。引きつった笑顔を浮かべ、彼女は話題を逸らした。
「あ、あおちゃんは? どうだったの?」
「……。私は、国語と英語が96点、数学が92点、物理が90点、世界史が95点だったわ」
「うぐぅっ」
ゆゆは変なうめき声をあげ、胸を押さえて倒れた。
「ゆーゆ。ゆゆはどうだったの」
「うぅ……。……、国語19点、英語32点、数学10点、生物46点、日本史28点」
「……え?」
え? 今の聞き間違い? え、なんか一番高くて46点じゃなかった? そんで全部赤点じゃね?
「……大丈夫……?」
「うわあぁんっ! そんなにほんとに心配してるみたいな顔と声色で言わないでぇっ!」
しくしくと泣き出すゆゆ。……いやでもほんとに大丈夫……? え、なんか怖い。来年私この子の先輩になってる気がしてきた。
「ねえ、ゆゆ」
「……うぅ……なぁにぃ……?」
「来年は学年が違うけど、ずっと親友でいようね」
「うん……っ。って違うーっ⁉ めっちゃ感動的なセリフかと思ったらなんか変なセリフ混じってるー⁉」
「え? だって留年したら違うでしょ……?」
「うわあぁぁぁぁあんっっ! 留学する前提で言わないでぇっ!」
「ふふ、じょうだ、……え? 留、学?」
「え、え?」
……。
「うん……来年はほんとに学年が違くなっちゃうのね」
「うわあぁぁんっ、なんでぇ⁉ あたしなんかまちがったぁっ⁉ ちょっ、あおちゃんほんとに教えてよぉっ!」
「あのね、ゆゆ? 来年からは、碧先輩って呼んでね?」
「なんでぇっ⁉」
「……。ゆゆは、来年から……留学、するの?」
「へ?」
ゆゆはそう素っ頓狂な声を上げる。ぱちぱちと瞬きを数回して、至極不思議そうにこてんと首を傾げる。
「するわけないじゃん。日本が一番! だよ」
「……。だって言ってたじゃない。『留学する前提で言わないでぇっ!』って」
「……」
ばびゅんっ!
ゆゆが恐ろしい速さで廊下を駆けて行ったのは、多くの生徒が目撃したらしい。
「あ、あれは冗談だからね、あおちゃん! そんなにあたしバカじゃないからね!」
説得力ねー。
「……う、うん。わかった……冗談、ね……」
「ちょっと何その全く信じてなさそーな態度」
ちょこまかと小動物みたいに私の周りを動くゆゆ。
「……なんか、ごめんね……」
「謝るなやぁっ!」
「くふふっ、どうしたんだあ? またゆっゆがバカなことやらかしたのかあ? くふふっ」
「あ、クフ。そうなの、ゆゆがまたバカなことやらかしたの」
クフこと、環多くいふ。「くふふっ」という奇怪な笑い声が癖になったという、くはは、くひひ、くふふという奇怪な笑い声が有名な三つ子の一番下の女の子。ちなみにくははは物理、くひひは生物、くふふは化学が得意な理科三つ子らしい。知らんけど。
「くふふっ、ちなみにクフは国語88点、英語85点、数学64点、化学100点、地理72点だったんだあ、くふふっ」
「うぐぬぅっ」
「あ、やめたげてクフ、今ゆゆめっちゃ打ちのめされてるから」
「くふふっ、ゆっゆは何点だったんだあ? くふふっ」
「……やめたげてクフ」
私は眉を下げ、クフをそう制止した。ゆゆを見ると、……あぁ。死にかけだ。
「くふふっ、サオーネは何点だったんだあ? くふふっ」
「ん、私? 私は、国語と英語が96点、数学が92点、物理が90点、世界史が95点だったわよ」
「くふふっ、クフよりもサオーネのほうがゆっゆ打ちのめされそうだなあ、くふふっ」
少しクフの笑みが引きつっているように思えたが、まあいつものことかとスルーした。
「くははっ、妹者クフよ。サオーネとは誰だ? くははっ」
あ、くははだ。
あっ違う違う、くははじゃなくて……えーと、……
「なんだっけ……」
うわやっべ。全く思い出せねー。くははで覚えちゃったせいで名前が……。
「くふふっ、サオーネ。兄者はくいはだあ、くふふっ」
おーっとここで思いもよらぬ助け舟―っ。
そうそう、環多くいは。「くははっ」という奇怪な笑い声が癖になったという、くはは、くひひ、くふふという奇怪な笑い声が有名な三つ子の一番上の男の子。ちなみにくははは物理、くひひは生物、くふふは化学が得意な理科三つ子らしい。知らんけど。さっきもおんなじ説明したけど。めんどくさかったけど。次の真ん中の時はこの説明やめよ。
「くふふっ、サオーネはこの子だあ、くふふっ」
「あ、なんか私の名前碧音なんだけど、アオーネって呼びだして、なんかサオーネの方がいいなって思ってサオーネになったらしくて」
「くははっ、意味が分からぬな! くははっ」
くはは……じゃなくてくいはは笑い飛ばしていた。なんて豪胆で豪快な。
「くははっ、してそこで沈んでいる奴は誰だ? くははっ」
「くひひっ、兄者。妹者クフ。わらわはそやつを知っておるぞの。くひひっ」
あ、出た。くひひだ。
あーじゃなくて、くはははくいはでくふふはくいふなんだから、じゃあ……
「くふふっ、姉者はくいひだあ、くふふっ」
はい本日2回目の思いもよらぬ助け舟ー。
あざっすクフ様ぁ! そうそう環多くいひ。「くひひっ」という私の中では三つ子の中で最も奇怪な笑い声が癖になったという、くはは、くひひ、くふふという奇怪な笑い声が有名な三つ子の真ん中の女の子。確か真ん中は生物だったか。
では、ここで整理しよう。
「くはは」と笑う長男、クハこと環多くいは。
「くひひ」と笑う長女、クヒこと環多くいひ。
「くふふ」と笑う次女、クフこと環多くいふ。
ふぅ、これでわかる……! わかるぞ……! もう忘れることはでも多いなぁ……。
「くふふっ。兄者は何点だったんだあ? くふふっ」
「くははっ、テストか。クハはだな、国語88点、英語85点、数学64点、物理100点、地理72点だな。くははっ」
……え?
……え、いやいやうっそだぁ、三つ子だからってテストの点数理科系以外全く一緒はないでしょうっそだぁ、……え……?
「くひひっ、わらわは国語88点英語85点数学64点生物100点地理72点ぞ。くひひっ」
……。
「ミツゴウラヤマシイ……ワダァ……ミツゴォ……アオチャンイチバンウラヤマシイ……コワイ……ヨニントモコワイ……」
え、何怖い。
ってあぁ、ゆゆか。
「くひひっ、兄者。妹者クフ。わらわはそやつを知っておるぞの。ゆゆとか言っておったぞの。くひひっ」
「! クヒ……ユルサヌ……オマエラミナコノヨカラマッサツ……!」
「え、大丈夫ゆゆ? 気をしっかり。抹殺し返されるよ?」
「っこえぇよぉ~……‼ 怖すぎて正気に戻っちゃったよぉ……‼ こえぇよあおちゃぁん……‼」
「え、ごめん」
とりあえず素直に謝っておく。すると、すぐに予鈴が鳴ったので、私は自席に着き授業の準備を始めた。
「ただいまー」
「ああ、おかえりなさい碧ちゃん」
ほっとするような優しくてふんわりとした笑顔を向けられると、こっちまで穏やかな気持ちになる。
私はもう一度ただいま、と返事をしてから、自室に行った。
「ただいま」
「「おかえりなさい」」
お父さんが帰って来たので、お母さんはおもむろに立ち上がり、私に「碧ちゃん、お手伝いしてくれない?」と柔らかく言った。私はその言葉にうん、と頷く。
「今日のねぇ、8時くらいに来るって言っていたの。こっちで夜ご飯は食べるから、待たなくて大丈夫ですって。お迎えとか大丈夫かしらね。職員さんが一緒に来てくれるのかしら」
夕食を食べながら、お母さんがそんなことを言う。……確かに、まだ13歳なんだったら……。
「大丈夫だろう。もし付き添いがいなければ、まだ13歳なんだから迎えに来てくださいと言われるよ」
お父さんは、そう優しくお母さんをたしなめた。……いや、っていうかこのうどんかってーな。
「ねえお母さん……うどん、めっちゃ硬いんだけど……」
「ええっ⁉ 嘘ぉ……あらほんと!」
自分で食べてめっちゃびっくりしている。
お母さんはお箸を置き、申し訳なさそうに「ごめんねぇ」と言った。
「いいよ、僕は。もう1人子供ができると思ったら、僕だって緊張するからね」
「うん、まあ私も。義理だけど下の子ができるから……緊張するけど、めっちゃ楽しみ」
お母さんはぱちくりと目を瞬かせ、ふふっと花が綻ぶように笑った。
ぴんぽーん
間の抜けた、うちの様子とはあまりにも真反対の音が鳴る。
そんな音とは対照的に、お父さんは恐る恐ると言った感じでインターホンの通話ボタンを押した。
「……はい」
『あ、澄瀬さんのお宅ですかー?』
かっっっっっっっっっっっっる。
あーちゃうねん、なんかな? もっと堅苦しいやつやと思うててん。全然違ったわ。っていうか私なんで関西弁なんやろうな。
「はい」
『月飛の引き取り先ですー?』
「はい」
『そうですか。じゃあ、外来てもらえますかー?』
「はい。今行きます」
ぽちっと通話ボタンを再度押して、お父さんは通話を切った。ふぅーという長く大きい溜め息が家族全員重なって、私たちは同時にぶはっと噴き出した。
……というか。
「養子の子、月飛っていう名前なんだ……」
……名前だけなら教えてくれてもよかったくね?
月飛ちゃん、ってめっちゃ可愛い名前じゃん。
飛ぶんかな。
っていやいやんなわけねーじゃん。飛ぶわけねーじゃんいやでも飛ぶの見たいな。
「いもうと、かぁ……ふふっ、やった♪」
——そんな私の歓喜は、すぐさま打ち砕かれる。
「——碧ちゃん。この子が、月飛くん。13歳。今日から、あなたの義弟になる子よ」
——……義、弟?
「……え、聞いてないよ?」
「ん? 何が」
「男の、子? しかも、13歳? 中学生男子? え、いやその年の男子と16歳の女子住まわせる意味わかってる?」
「あら。でも、そんな姉弟もいるでしょう?」
「いやそう意味じゃないんだよね。“義”弟っていうのが割と結構大事なんだよね」
「はは、まあまあ碧。月飛くんはそういう子じゃないから。まあ仲良くしてね」
お父さんが笑って言う。……え? ほんとに義弟ができんの?
「……月飛、です。……よろしく、お願いします」
あ、多分この子も言われなかった側だ。
そう思うと何か既視感が湧いてきて、私はちょっとこの月飛くんという名の男の子に同情した。
「ええと、碧音……です。よろしく……ね?」
とりあえずそう自己紹介しておく。月飛くんは、遠慮がちに頭を下げた。
「月飛くん、って呼んでいい、かな」
「え、あ、はい」
「私のことは、親友や両親には碧って呼ばれてるけど……碧音でも、碧でも。なんでもいいわよ」
「あ、は、い……碧音、さん?」
「……、うん。よろしくね、月飛くん」
横でお母さんとお父さんがニヤニヤしていたので、イラっと来てぎっとにらんでおいた。
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