10.僕は人殺しなんかじゃ……! っていうか誰も殺してないじゃないですか……!
「碧音さん」
勉強会の翌朝。
碧音さんの名を呼ぶと、彼女はさらりと髪を遊ばせて、優雅に振り返りました。
「なあに?」
ふふっと百合みたいな美しい笑みを浮かべて、碧音さんは僕に問います。
僕は、すぅー、はぁーっと深呼吸をして、ばっと頭を下げました。
「ありがとうございました」
「へぁ?」
そう碧音さんが、目を丸くしておかしな声を出したので、僕はくすっと思わず笑いながらも続けます。
「先日の、勉強会。勉強教えてくださって、ありがとうございました」
「あぁ……」
納得したような声を出し、碧音さんはふわっと百合のように、あでやかに微笑いました。
「——お、月飛」
ニッと昨日とまるで変わらない明るくて煌めくような笑顔を浮かべ、陽太さんが僕に声を掛けてくれたので、僕も自然と口元が綻びます。
「陽太さん。おはようございます」
「ん、はよ。……っつーか」
陽太さんは僕に挨拶を返しながら、ニヤリと悪い笑みを浮かべました。
「名前。呼んでくれてんだな」
「あぁ……、はい。でも陽太さんも、名前で呼んでくださってるじゃないですか」
こて、と首を傾げながら、ふわっと微笑みます。
するとみるみる陽太さんの首から頭までがゆでだこみたいに真っ赤に染まり、ぼんっ! と爆発しました。
「え、陽太さん? ね、熱でもあるんですか?」
「っ、ちょ、やめろ月飛、俺を同性愛に目覚めさせるな……!」
「へ?」
ぱちぱちと数回瞬きます。
……同性、愛?
「澄瀬ー、人殺しにだけはなるなよー」
「えっ、ひとごろ……⁉」
あわあわと慌ててオウム返しします。……っ、人殺しなんてするわけ……!
「……あー」
「でしょ? 村セン」
「うん……これは天然人殺しだな」
「ふぇっ⁉」
なんで僕が人殺し……っ⁉
「澄瀬ー、ちょっとくらいは自分の容姿の整いすぎさと可愛すぎさと素直&純粋すぎさを自覚しろー」
「よ、容姿の整いすぎさ……? いや、僕は別に容姿は普通ですよ」
至極不思議なことだったので、首を傾げながら反論します。
「ワッツ⁉ コレハゲンジツデスカー⁉」
「あへっ、村センこの子可愛いねー……殺してい?」
「おおおおいいいいああああききききははははららららおおおおちちちちつつつつけけけけぇぇぇぇ」
「……大丈夫? 吐く? トイレ行く? 保健室行く? 震えてるよ? 寒い? エアコン消そうか? どこまでもついていくよ? 天国に行っても地獄に行ってもついていくよ? だから安心して死んでね?」
「ここここぇぇぇぇおおおおれれれれははははししししななななねねねねぇぇぇぇ」
「ほいみんな落ち着けー、男子は同性愛に目覚めても別に構わんが社会で生きづらくなるから覚悟しといた方がいいぞ、女子はやめといたほうがいいぞー自分より彼氏の方が可愛」
「「「「「俺たちは社会で生きづらくなるのか……でも! それでも俺(僕)は! 澄瀬を愛してる‼」」」」」
「「「「「しくしくしくしく……でも! それでも私(あたし、うち)は! 澄瀬くんを愛してる‼」」」」」
「末期だねぇ」
あははー、とえーと……禰原、さん? が言います。
「ま、っき? ……病気? えっ、皆さん病気にかかってしまっているんですか⁉」
末期なんてっ、もう助からないって言ってるようなものじゃないですか……!
「「「「「「「「「……はい?」」」」」」」」」」
「……え……?」
「あー……おーい澄瀬ー、ピュアすぎだー、もっと汚れといた方がいいぞー」
……汚れ……? 汚れ……なんて、ついてる……でしょうか? いや、「汚れといた方が~」って言ってたから、綺麗って言われてるのでしょうか? でも、村井先生もみんなも汚れてないと思うんですけど……ピュア……?
「……というか、僕は人殺しなんかじゃ……! っていうか誰も殺してないじゃないですか……!」
「うはっ、実はみんな殺されてるなぁキミに」
「うんうん、君は40人もの中学1年生を殺した極悪非道(ぴゅあっぴゅあ天使)……? の死刑囚じゃけぇ」
「ごっ、極悪ひど……⁉」
じゃあみんななんでぴんぴんしてるんですかゾンビですか幽霊ですか……⁉
そう思うと怖くなって来て、僕はずざざっとみんなから距離を取りました。僕はお化けとか大っ嫌いなんです……! いつも廃墟にいるときはずっと月翔にぴったりくっついてたし……!
「おぅちょっと後退りするなよぅ澄瀬よぅ、俺ら怖くねぇからよぅ」
「うっ、うるさいです怖いです……!」
そして、それはチャイムが鳴ってパンパンと先生が「授業始めるぞー」と言うまで続きました。
……怖かったぁ……。
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