表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
318/400

第318節『護衛艦隊、編成』

第318節『護衛艦隊、編成』

 商人たちが覚悟を決めたことで、井伊水軍の「海の生命線」作戦は、ついにその最後のピースを手に入れた。

 だが、米を積んだ商船団は、いわば無防備な肉体そのもの。それを守るための、強靭な鎧と鋭い牙がなければ、この作戦は成り立たない。

 その日の夕刻、源次は拠点に集う全ての戦闘部隊の将たちを、旗艦「竜神丸」の甲板へと召集した。

 夕陽が湖面を血の色に染め、集まった男たちの顔を赤く照らし出す。その中には、井伊家譜代の若武者、権兵衛配下の腕利きの海の男、そして新太率いる元武田の兵、その全ての代表者が顔を揃えていた。


 源次は、その異質な集団を前に、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで口を開いた。

「これより、輸送船団を護衛するための、特別選抜部隊を編成する」

 その言葉に、将たちの間に緊張が走った。

「この部隊は、我が井伊水軍の精鋭中の精鋭で構成される。陸の戦を知る者、海の技に長けた者、その双方の力を結集させ、いかなる敵をも打ち破る、最強の混成部隊とする」


 彼は、その部隊の指揮官として、ただ一人、名を呼んだ。

「その全権は、船手頭・新太殿に託す」

 名を呼ばれた新太は、その言葉を待っていたかのように、一歩前に進み出た。

 源次は、彼に向き直ると、集まった全ての将兵に聞こえるよう、力強く告げた。

「新太殿の役目は、ただ一つ。輸送船団を、絶対に沈ませないこと。一隻たりともな。そのためなら、何をしてもいい。あなたの下す判断の全てを、軍師である私が信じ、その全責任を負う」


 それは、単なる任務の伝達ではなかった。

 軍師が、一人の将に、戦場における全ての判断を委ねるという、絶対的な信頼の表明だった。

 この時代の戦において、それはありえないほどの権限委譲であった。

 新太は、その言葉の重みに、息を呑んだ。

 友が、自らの命運だけでなく、この作戦の、ひいては井伊家の未来の全てを、自分の槍に託そうとしている。

 彼は、武者震いを抑えながら、深く、力強く頷いた。

「……御意」


 その一言を合図に、新太は集まった兵たちへと向き直った。

 その瞳には、もはや友と語らう時の穏やかさはない。

 一つの部隊の、いや、一つの家の運命を背負う、将の顔があった。

「聞いたか、野郎ども! 俺たちは、ただの護衛ではない! この井伊家の生命線を守り抜く、最後の砦だ! 陸の者も、海の者も、もはや関係ない! あるのは、同じ船に乗る仲間だけだ! 俺の命令は絶対だ! だが、俺は決してお前たちを犬死にはさせん! 全員、生きて帰るぞ!」


 その魂の叫びに、出自の違う兵たちの心が、初めて一つになった。

「「「おおっ!!」」」

 地鳴りのような鬨の声が、夕暮れの浜名湖に響き渡った。


 源次は、その光景を、少し離れた場所から静かに見守っていた。

(……これでいい。俺の役目は、状況を整えることまで。戦場の主役は、新太だ)

 彼の胸に、友への絶対的な信頼と、そして自らの手を離れていく作戦の行方への、静かな祈りが宿っていた。

 この戦いにおいて、井伊水軍最強の刃となる部隊が、今、確かに産声を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ