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第215節『家康の後ろ盾』

第215節『家康の後ろ盾』

「……だが、徳川殿がそれを許すのか。我らが勝手に織田(熱田)と繋がり、富を得ることを…。下手をすれば、同盟違反と見なされ、逆に潰されかねんぞ!」

 小野政次が、最後の、そして最も現実的な懸念を口にした。彼の言葉に、熱くなりかけていた家臣たちの頭が一気に冷える。そうだ、我らは徳川の盟友。その頭越しに、さらに大きな力を持つ織田と直接商いをするなど、あまりに危険な橋ではないか。徳川の顔色を窺わずに、これほど大きな事業を進めることの危険性を、誰もが理解していた。広間は再び、重い沈黙に包まれた。


「その点についても、抜かりはございません」

 静まり返った広間に、源次の落ち着き払った声が響いた。彼は懐から、あの小さな木札を取り出した。浜松を発つ日、家康から密かに手渡されたものだ。

「話は、浜松を発つ日に遡ります」

 彼は、家康との別れ際に交わした密約の全貌を、芝居がかった口調で語り始めた。それは、この評定の場で最大の効果を発揮するための、計算され尽くした演出だった。


「――家康殿は、私を見送る際にこう仰せられました。『もし本気でそなたの言う「海の道」を拓く気があるならば、この徳川、力を貸さぬこともない』と。私は、そのお言葉に甘え、一つの願いを申し上げました。『もし我らが海へ出る覚悟を固めた暁には、船を造るための木材と、それを束ねる船大工をお貸しいただきたい。そして、織田様との交易の道をお拓き下さるよう、お口添えを願いたい』と」

 家臣たちが息を呑む。

「家康殿はしばし黙考された後、『よかろう』と頷かれました。そして、その証として、これを託されたのです」


 源次は木札を高く掲げる。そこに焼印された徳川の花押が、蝋燭の光を浴びて鈍く輝いた。

「これは、家康殿ご本人の内諾を得ている証! 我らの水軍創設、そして交易は、徳川様にとっても利のあること。反対される理由など、どこにもございませ-ぬ!」


 徳川家康という、抗いがたい後ろ盾の存在。それが示された瞬間、評定の間の空気は完全に決した。反対派はもはや沈黙するしかなく、全ての壁は取り払われた。中野直之は、この男が戦場だけでなく、外交の駆け引きにおいても遥か先を読んでいたことに戦慄し、小野政次は、もはやこの計画を止める術がないことを悟って静かに目を閉じた。

(これは賭けだ…。家康殿は井伊の力を認めてくれているが、酒井殿をはじめとする徳川譜代の者たちは、我らが独自の軍事力と財源を持つことを快く思うまい。今は、この水軍があくまで『徳川のための水軍』でもあるという名目で押し通すしかない。だが、いずれ必ず、この力は井伊家だけのための刃となる…!)

 源次は、遠い未来の駆け引きまでを見据えながら、静かに木札を懐にしまった。彼の用意周到さに、家臣たちはただただ圧倒されるしかなかった。この若き軍師の描く絵図の大きさに、もはや誰も口を挟むことはできなかった。

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