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第203節『三本の槍』

第203節『三本の槍』

 歓声の渦巻く城下へ、ついに一行が姿を現した。

 その先頭には、三騎の武者が、まるで絵巻から抜け出したかのように並んでいた。民衆の目に、その威風堂々たる姿は、新たな伝説の始まりのように映っていた。


 中央に馬を進めるのは、井伊本隊を率いた中野直之。彼は馬上から、誇らしげに胸を張り、民の声に力強く頷いて応えている。「皆、大儀であった! 我らは勝ったぞ!」。その武骨で頼もしい姿は、井伊家が誇る揺るぎなき「武」の象徴そのものだ。沿道から差し出される酒を馬上から受け取り、豪快に飲み干してみせる。その姿に、領民たちは一層大きな歓声を上げた。


 その傍らには、軍師・源次。彼は派手な仕草は見せず、ただ馬上から穏やかな笑みを浮かべ、静かに頷きながら民の歓声に応えている。その落ち着き払った佇まいこそが、すでに伝説となりつつある「潮を読む男」の、底知れぬ知性を感じさせ、民に絶対的な安心感を与えていた。

(うわー、凱旋パレードだ! 俺、完全に英雄扱いじゃん! でも隣の中野さんのドヤ顔、すごいな。子供みたいにはしゃいじゃって。まあ、それだけ嬉しかったんだろう。無理もない)

 源次は、隣で喜びを全身で表現する猛将の姿に、思わず笑みをこぼした。


 そして、二人の少し後ろに控え、主君たちを守るように付き従うのは、猛将・新太。彼は幾多の激戦を物語るかのように、刃こぼれした槍を天に掲げ、その武勇を誇示するように、静かに、しかし誇らしげに前を見据えていた。

「中野様!」「源次様!」

 領民たちは、自分たちが知る顔に惜しみない歓声を送る。幼い頃から見知った中野への親しみと、この谷を滅亡の淵から救った謎多き軍師・源次への畏敬。だが、その声に交じって、新たな声援が確かに響いていた。

「新太様!」「あんたのおかげで、うちの畑も守られたんだ!」「ようやった!」

 農兵として指導を受けた若者や、その家族たちからの、力強い声援だった。


 新太は、その声に驚いて民衆の方へ顔を向けた。これまでは、ただ「元武田の将」として遠巻きに見られるか、あるいはその武勇を畏れられるだけだった。だが、今向けられているのは、共に汗を流し、この土地を守った「仲間」としての、温かい眼差しと声援だった。

(……俺にも、声が)

 武田では、どれほど手柄を立てても、その出自ゆえに民から直接感謝されることなどなかった。それは、決して得られなかったもの。敵将の首を挙げた時の高揚感とは全く違う、じんわりと胸に広がる温かい感情だった。彼は、照れくさそうに、しかし確かに頷き返し、かすかに口元を緩めた。自分が守ったものの大きさと、その温もりを、彼は初めて肌で感じていた。


(お、新太の奴、ちゃんと声援もらってるじゃん。良かったな。鍬を振った甲斐があったってわけだ。これで名実ともに井伊の将だな)

 源次はコミカルな内心を押し殺し、完璧な軍師の仮面を被り続ける。

 だが、領民たちの目には、井伊家を守る「三本の槍」――統率の中野、知略の源次、武勇の新太――の姿が、確かに刻み込まれていた。桶狭間の戦い以来、次々と有望な将を失い、常に人材不足に喘いできた井伊家。その苦難の時代が終わり、井伊谷に新たな時代を切り拓く英雄たちが現れたのだと、誰もが確信する光景であった。

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