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第131節『連合軍の編成』

第131節『連合軍の編成』

 秋風に揺れる草原を抜け、井伊の軍勢が進んでいた。兵たちの鎧は朝露を弾き、馬の吐息が白く立ち上る。緊張の中にも、決意に満ちた一団である。

 そのとき、背後から甲高い声が響いた。「お、お待ちくだされ――! 井伊勢の御方々、止まられよ!」

 兵たちが振り返ると、泥と汗にまみれた早馬が疾駆してくる。馬上の男は徳川の旗指物を背に、必死の形相で手を振っていた。


 その数刻前、浜松城。

 徳川家康は、井伊からの「単独で動く」という暗黙の決意が滲む書状を手に、苦々しい顔で地図を睨んでいた。傍らに控える酒井忠次が進言する。

「殿、井伊の若造の言うこと、あるいは真実やもしれませぬ。犬居城が落ちた今、万が一奴の予測通りに二俣まで攻められれば、我らは天竜川の西を完全に失いますぞ」

 家康は舌打ちした。「分かっておるわ! あの小僧の言う通りになるのは癪だが、今となっては井伊を盾として使わぬ手はない! 使者を送れ! 後詰を命じると伝えよ!」

 忠次は深々と頭を下げた。「はっ。されど、一度は協力を渋った手前…」

「構わぬ! 命令じゃ! 追いついてでも伝えよ!」

 家康の怒声が、彼の焦りとプライドの葛藤を物語っていた。


 そして現在。徳川の使者は息も絶え絶えに、「殿からの御命令である! 井伊家はただちに兵を出し、二俣城の後詰として参陣せよ!」と、遅れてきた命令書を尊大に読み上げる。

 中野直之が先に吠えた。「なにをぬかす! 我らはすでに出陣しておるわ! 命令だと? いまさら間に合うものか!」

 源次は手綱を引き、進み出た。

(ふざけんなよ! 俺たちが単独で動いたことを知っておきながら、今さら命令を持ってきて、さも徳川の采配で動いたように見せかける気か? だが、逆に好都合だ。これで俺たちの行動は、『徳川命令に応じた』という大義名分を得た)

 源次は怒る家臣たちをなだめ、馬を下りると、使者の前に歩み寄った。深く頭を下げる。「承知つかまつった。徳川殿のご命令、謹んでお受けいたしまする」


 やがて、井伊軍は指定された合流地点に到着した。そこには徳川の本隊が陣を敷いていた。旗指物が林立し、兵の数は井伊の数倍に及ぶ。

 軍議の場に招かれると、徳川の武将たちがすでに居並んでいた。ひとりが吐き捨てた。「聞けば、井伊の軍を預かるは、岡崎で大言壮語を吐いたあの源次なる小童だとか。笑止千万!」

 別の武将も声を重ねる。「総大将は徳川家中の者が務めるのが筋! 槍働きの一つも聞かぬ外様に任せるなど、あり得ぬ!」

 中野直之が立ち上がり、怒鳴り返そうとしたが、源次は手を伸ばして制した。

(始まったな…連合軍の現実。派閥争いと家格の張り合いで、戦う前に崩れる。奴らにとって俺は、年齢ではなく『どこの馬の骨とも知れぬ漁師上がり』であり、血を流さずに事を成した『戦を知らぬ口先だけの男』。だから『小童』なのだ)


 源次はゆっくりと立ち上がった。「皆様のおっしゃる通り。総大将は、徳川家中の方が務められるのが筋にございましょう」

 武将たちが顔を見合わせ、「わかれば良いのだ」と嘲笑を浮かべる。

 源次は一拍置き、声を強めた。「ただし、軍略の立案については、この源次にお任せいただきたい。岡崎にて、家康殿より『その知恵を儂に貸せい』とのお言葉を賜っておりますゆえ。この戦、責任はすべて私が負います」

 静まり返る軍議の間。徳川の武将たちの顔から笑みが消え、絶句する。家康の名を出されれば、彼らも簡単には反論できない。

 源次の心は激しく鳴っていた。

(徳川の連中すら、俺の盤上に乗せる! 直虎様と井伊を守るためなら、俺は非情にもなる!)

 その瞳には、軍師としての冷徹な光が宿っていた。この無謀な提案を、徳川の将たちは果たして飲むのか――。連合軍の未来は、源次の双肩にかかっていた。

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