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第109節『謎の核心へ』

第109節『謎の核心へ』

 翌朝、源次は見慣れぬ天井の下で目を覚ました。

 畳の匂いが鼻腔に深く染み込んでくる。岡崎城の一室――昨夜、家康から「逗留せよ」と命じられた結果、与えられた部屋である。質素だが清潔に整えられ、障子の外には常に人の気配があった。足音を忍ばせて立つ二人の武士。彼らの影が、朝の光に細く映っている。

 (……完全に軟禁だな)

 源次は苦笑する。牢に入れられたわけではないが、自由ではない。監視と礼遇が同居する、奇妙な立場。だが、源次の心はむしろ燃えていた。

 (逆に言えば、この城から出られない限り、俺はここで徹底的に徳川の秘密を探れる!)


 部屋に一人残されると、源次は畳に座り込み、思考を巡らせた。

 (さて――調査の優先順位は何だ? まずは証拠の種類を整理するか)

 彼の頭の中に、見えない紙に描くように計画が組み立てられていく。

 ①物的証拠。筆跡、花押、甲冑の寸法、幼少期の品々……。本物の松平元康と影武者を区別できる品が、城のどこかに保管されているはずだ。

 ②人的証拠。計画に関わった者たちの証言。特に怪しいのは酒井忠次。あの老獪な家老なら、秘密の全てを握っている可能性が高い。元康の幼少期を知る古い侍女や従者も重要な情報源だ。

 ③状況証拠。桶狭間の戦いの前後で、元康の記録に矛盾はないか。書状や日誌に不自然な点があれば、それこそが決定的な手がかりになる。


 表面の思考は冷徹に計画を組み立てるが、その裏で現代人の本音が叫ぶ。

 (いやいやいや! これ完全に囚人ライフじゃん! トイレ行くにも見張り付きとか、ストレスで胃に穴が空くわ!)

 (……でも……やっぱワクワクしてきた! これはリアル謎解きゲームだ! 舞台は戦国、テーマは影武者。面白すぎるだろ!)

 だが、その興奮を鎮め、彼を突き動かすのは、もっと硬質な覚悟だった。

 (危険は承知の上だ。この男の正体を暴き、その『秘密』を俺が握る。それこそが、長期的に直虎様を守る最善手になる……!)


 思考が加速する。

 (今の井伊家は、徳川にとって駒の一つに過ぎない。武田との戦が始まれば、真っ先に最前線に送られ、使い潰される『捨て駒』だ。だが、もし俺が徳川家の存続を揺るがす最大の秘密――『影武者』の証拠を掴めばどうなる?)

 (その時、井伊家はただの駒ではなく、徳川の秘密を共有する『共犯者』になる。徳川は、秘密の漏洩を恐れて井伊家を無下には扱えなくなる。俺は、その『共犯関係』を盾に、井伊家が徳川と対等に近い立場で渡り合うための交渉カードを手に入れるんだ。それこそが、直虎様と井伊谷の民を、無用な戦火から守る唯一の道だ!)


 数日間、源次はおとなしく過ごした。部屋で書を読むふりをし、与えられた食事をありがたく平らげる。見張りが退屈し始め、警戒心が緩むのを待つ。

 (まずは油断させろ。俺が大人しい客分だと錯覚させるんだ。獲物を狙うなら、焦りは禁物だ)

 そして、機は熟した。

 源次は見張りの武士を呼び止め、にこやかに頭を下げた。

 「一つお願いがございます。この逗留のおかげで、思索の時を得ました。もし叶うならば、書物を拝読したく存じます。特に、松平家古来の軍記物などがあれば。学問好きの身ゆえ、城の歴史を学ばせていただきたいのです」

 見張りの眉がひそめられる。だが、源次はあえて続けた。「もちろん、殿のお許しをいただけるならば、の話ですが」

 柔らかな笑み。警戒心を解くための仮面。

 (目的は二つ。ひとつは、学問好きという新たなペルソナを築くこと。もうひとつは――物的証拠と状況証拠の宝庫である書庫に近づく口実を作ることだ)

 「……承知した。殿に伺いを立てて参る」

 武士は短く答え、立ち去った。

 残された源次は、心の中で拳を握りしめる。

 (よし、仕掛けは打った。あとは、家康と家臣たちがどう反応するか……)

 彼の最初の罠が、静かに動き出した。そして、この小さな一手が、やがて徳川家の巨大な秘密を暴く扉を開くことになる――。

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