第99話 ヴィンゲート奮戦実らず
~地獄のビルマ~
「もはや我々に生存の道は絶たれた…」
「地獄のビルマ。ここに踏み入ったのは失策でした。我々は罠に誘い込まれている」
「私の責任だ。諸君らの名誉を守るために書簡を用意している。仮に敵兵が取ろうと本国に伝わるはずだ」
「ビルマに死す…」
ビルマ戦線は天国と言われるが地獄の誤りだった。日本軍は緒戦の電撃的な攻撃を以て制圧を完了する。イギリスは必死の抵抗を見せた。東洋艦隊の壊滅に加えてナチス・ドイツの膨張が重複する。北アフリカ戦線に重点を割く方針から撤退を決断した。英国紳士は持ち前の二枚舌を使ってアメリカには立て直しと主張する。日本には限定的な停戦と一時的に交戦を止めた。ビルマとインドで名ばかりの戦線が敷かれる。これよりビルマは安寧を享受できて天国と言われるに至った。
しかし、イギリスは諦めていない。北アフリカ戦線の戦いに勝利を収めると余剰が生じた。日本がアメリカと膠着状態に陥ったところを好機と認識する。オーストラリアを事実上の見捨てる方針を採択した。インド帝国からビルマの反撃を計画する。インド帝国は日本の介入から大なり小なりの反乱が頻発して不安定が呈された。日本の影響力を一気に削ぐべくビルマの要衝であるアキャブを目指そう。
「降伏せよ。君たちの孤軍奮闘は称賛に値する。素直に武器を捨てよ。さすれば命だけは助かる」
「戯言です。日本人は残虐極まりない」
「それが日本人ではないようです。あの訛り方は台湾系です」
「詳しいんだな」
「香港にいましたので…」
「あぁ、そういう…」
「どうしますか?」
ビルマを窺うに際してイギリス軍は少数精鋭のゲリラ隊を組織した。ゲリラ隊と言うが3000名に達する人員は大規模である。オード・ヴィンゲートに精鋭部隊を率いさせた。その名も『チンドット』という特殊空挺部隊を組織して日本軍占領下の後方へ浸透する。軽装備の歩兵を主体とするがゲリラに特化した。日本軍の監視の目を掻い潜って諜報活動と破壊工作に従事する。
彼らは当初こそ情報収集と工作に大活躍を見せた。日本軍の嗅覚はドーベルマンよりも鋭い。現地民は将来的な独立、インフラの整備、映画など娯楽の提供などより懐柔を終えた。もちろん、一定数の抗日勢力は存在すれど大規模な破壊は行えない。これはイギリス軍の仕業と断定した。敵軍の特殊部隊には自軍の特殊部隊という「目には目を歯には歯を」を与える。
「私が首をさし出す。私の首一つで君たちが生きていけるなら構わない」
「いけません。奴らは拷問をしてきます。高潔な魂を汚されてはならない!」
「しかし、このまま拒否すれば殲滅される」
「ならば戦いましょう。戦った末に死ぬこと以上に名誉なことはありません」
「そうです。マラリアで斃れた友に顔むけできません」
「すまない…すまない…」
チンドットの快進撃は早々に止まった。日本軍は輸送に軽戦車と装甲車の護衛を付けて襲撃を封じる。現地民しか知らない道を開拓することで工作を回避した。現地住民を買収して即席の諜報員に仕立てる。さらに、制空権は敵の手中にある以上は空輸も滞り始めた。過酷な環境からマラリアなどの疫病に罹患する者が続出して3000名の内で1000名が疾病に侵される。残りの2000名も傷病に蝕まれていった。
空軍が空輸を敢行するも新型戦闘機の前に粉砕される。仮に投下を果たしても地点は読まれていた。物資の回収に向かった途端に機関銃に薙ぎ払われる。食料と水、医薬品は天からの恵みと奪取されてしまった。この状態では誰もがやせ細っていき、名誉の自決を選ぶものも出現し、ヴィンゲートの手駒はすり減る。最後は100名ほどに落ち着いた。
「敵が来る!」
「戦闘用意! チンドットはここで死ぬ! 死ぬまで戦い続ける! たとえ四肢をもがれようと!」
「無駄なことを…」
「なっ!?」
「て、敵がいる!」
「入り込まれていたか!」
「お前たちが情報に通じ過ぎた故に捜索は容易かった。首を貰う」
満身創痍ながら最後の抵抗を行おうと決起したところを襲われる。監視の者が両目を病的に見開いた。敵軍が迫るのを葉の動きや空気の香りから感知したにもかかわらず、敵兵はすぐそばに立っているのだから驚かざるを得ないが、イギリスの誉を踏みにじらせはしない。小銃や短機関銃、拳銃など多種多様な火器を用いて精一杯の抵抗を試みた。
しかし、敵軍が圧倒的である。戦闘が始まった途端に迫撃砲の砲弾が落下した。こんな密林の中を運用できるとは考えられない。あいにく、日本軍は歩兵が携行可能な小型迫撃砲を多用した。自軍の軽迫撃砲に匹敵する威力と射程距離を有しながら極めて簡便である。密林の戦いにおいてゲームチェンジャーとなり得た。
「申し訳ございません。ここまでのようです。任務は失敗しました」
「大英帝国に栄光あれ!」
「お先に失礼…」
「ここまでだ…アフリカと比べ物にならないな」
ヴィンゲートも迫撃砲の一撃に永遠の闇に突き落とされる。チンドットはビルマに孤軍奮闘を見せた。日本軍も称賛を惜しまない程の戦いぶりだが彼我の差は歴然を極める。彼らが得られたものは多かった。インドに陣取るマウントバッテンに届くことはない。マウントバッテンは日本軍の発表に記されたヴィンゲートの名を見て静かな怒りに震えた。チンドットの孤軍奮闘を認めてチャーチル首相に推挙してビルマの大地を解放することを神に誓う。
それはさておいた。
密林の中に痛ましい跡が残される。日本兵を象徴する帽子と帽垂を覗くとアジア系の民を見た。彼らは敵味方を識別した上で丁重に葬る。敵も味方も問わなかった。本音は祖国へ帰してやりたいが戦場が戦場である。彼らも徒歩移動の過酷が占めた。やむなく現地で葬るしかない。それでも、最大限の敬意を示すことは怠らなかった。いつか誰かに発見されることを願って簡易的な木製の墓標を立てよう。
「イギリスの勇者たちだ。なんと手ごわい連中で一番の強敵と言って差し支えない」
「どうしますか? 戦利品は…」
「証明と頂戴するがそれ以上には使わない。上に掛け合ってイギリス本国へ返せないか」
「それが最善です。ここまでの勇士とは知らなかった」
「一発だけ弾を込めろ」
「はい」
簡易的ながら葬りを終えると一列に並んで携行する火器に1発だけ弾を込めた。隊長の掛け声と共に蒼空へ銃口を向ける。鶴の一声で一斉に射撃した。いわゆる、弔銃である。今まで香港やシンガポール、ビルマ、インドなど各地で工作に従事してきた中で一番の強敵だった。自分たちは山岳で森林を出身にする。イギリスなんて島国の連中が戦えるとは思えなかった。
いざ蓋を開けてみれば激戦の激闘ではないか。それも傷病を負って弱体化を強いられた者を万全の状態で討とうとした。名もなき戦いに完勝を収めたと雖も素直に喜ぶことは許されない。自軍の被害も少なからず出てしまった。単純な残党狩りとはいかない。香港で殲滅したイギリス人とは格が違った。
「それでは戻るとしよう。次の戦地へ向かう」
「はい」
「敵機から見えるようにしたな?」
「バッチリです。敵も味方も一目で理解できるはず」
「よろしい」
綺麗な日本語で綴られる。
『高砂族の歴史に刻まれた。イギリスの勇士たちに敬意を示して去らん』
日本軍の特殊部隊は台湾の少数民族出身者が構成する。幼少期から高地と森林で過ごしてきた故に肉体は鍛え抜かれた。日本人も耐えきれない環境を耐え抜く忍耐力と日本を倣う忠誠心の高さから特殊部隊に抜擢される。彼らはこのような歴史の表舞台に出ることのない陰なる戦いに身を投じた。それでは表舞台の戦いとは何なのだろう。
「戦車前へ! ビルマの虎を見せよ!」
続く




