第97話 海軍の決戦機
~高知県沖合~
高知県の沖合に漁業を禁じる厳戒態勢の中で新鋭空母と新鋭機が共演する。
「こいつはものになる。零戦がお淑やかならコレはじゃじゃ馬だ」
「志賀さんが言うならば間違いありませんね。前線復帰したらどうですか」
「もう無理だよ。俺はついていけなくなった。本土防空が精一杯と言う試験屋でいい」
新鋭機はフラップを着艦を目一杯に滑り込んだ。熟練者らしい洗練された動きに観覧から感嘆の声が漏れる。整備員たちは面倒な作業が増えないと喜びながら駆け寄った。いかにも上機嫌に降りてきたパイロットはエース上がりのテストパイロットらしい。前線勤務で名誉の負傷から復帰を諦めた。その技量を買われて内地で各社の航空機を飛ばす。短期間で多くの新鋭機を出せるように努力した。
彼は中華から戦い抜いたエースパイロットである。海軍基地航空隊出身だが空母の離着艦もお手の物だ。改造空母から飛び立ったことは数え切れない。それ故に新鋭機がじゃじゃ馬でも見事に制御して綺麗な着艦を披露した。
「どうです」
「とにかく速いことは言うまでもない。零戦の比じゃなかった。それでいてグイッと曲がってくれる。フラップが勝手に動くから余計なことに頭を回さずに済んだ。ただし、制御は難しい」
「なるほど…」
「それは志賀さんだからじゃないです? 九六式艦戦から乗っていますし」
「あり得る。若い子には良いかもしれない。我々のようなロートルは零戦が似合う」
「ご謙遜を」
テストパイロットな以前に前線で命を燃やしたエースである以上は忌憚のない意見を綴る。零戦の後継機と別に開発された都合で操作感はまったくの別物と言って差し支えなかった。2000馬力級エンジンの強引な引っ張りはクセになり、高速域でもグイッと無理なく旋回が可能であり、フラップが自動的に最適を確保する。
「ヒヤッとしましたよ。あんな急降下は予定にありません」
「すまない。ついやりたくなった。米軍機が零戦から逃れるためによく使うんだ。陸軍機は食らいつけるが零戦は厳しい。こいつなら陸軍機にも食いつける」
「空中分解は洒落になりません。本当に勘弁してくださいね」
「わかった」
「わかっていません」
「菅野に比べればマシだろう」
何よりも機体の頑丈さに惚れ込んだ。急降下と称して墜落に等しい機動を採っても機体は通常運転を貫く。零戦ならばガタガタ震えて主翼にシワが寄るところビクともしなかった。陸軍の殺人戦闘機と悪名高い重戦闘機でなければ到底不可能な動きを簡単に行える。米軍は海軍の零戦だけでなく陸軍の軽戦に対抗すべく急降下の退避を多用した。
あまりの頑丈さに後輩が無茶な動きをしないか心配を抱く。一人だけ無茶苦茶な挙動を繰り返すことで破壊者ことデストロイヤーの愛称を得た。彼以外のパイロットも心配で仕方ないが、馴染みの整備員が太鼓判を押してくれる。己が九六式艦戦を駆ってきた叩き上げなことが災いした。ベテランたちは九六式や零戦の素直な動きが良くも悪くも染み付いている。新鋭機の大馬力エンジンと自動空戦フラップの強引さに慣れなかった。
一方で零戦が登場した後にパイロットになった新参兵たちは内地や中華で猛訓練を積んでから実戦に出ている。ベテランたちが教官以上に保護することでメキメキと上達した。彼らは柔軟に適応できるため早急に新鋭機に慣れてもらい即戦力と活躍してほしい。そのために生産性と整備性を重視して部品点数は零戦から3割も減らしていた。
「何よりも川西が作ったというのが信じられない。飛行艇を作らせれば世界一なんだが戦闘機まで作ってきた」
「何も驚くことじゃないですよ。川西が培ってきた技術は三菱にも中島にも負けず劣らず、その独創性は大企業が想像して創造できない高度性を有し、国策のおかげで実現しました」
「ずいぶんと詳しいじゃないか」
「志賀さんよりも長いので」
「そりゃそうか」
海軍は伝説的な名機である零式艦上戦闘機の後継機を求める。三菱は零戦の改良を継続しながら後継機開発を進めた。零戦があまりにも完成度が高いために苦労が連続した。なんとか試作機の飛行にこぎ着ける。大御所の二世が色々と苦しむことと似通った。
一方で独自に戦闘機の研究を進めていたのが川西飛行機である。川西と言えば飛行艇と言われるほどに水上機を作った。日本海軍の水上機は世界最高峰を誇る。フロートを提げるハンディキャップを抱えるにも関わらずだ。陸上機や艦載機と互角に渡り合うことができる。極め付きは大型飛行艇が重爆撃機を撃墜することも確認された。
川西は水上機専門になることを憂う。海軍の次期主力戦闘機計画に自社の計画を持ち込んだ。新型水上機を素体に陸上機へ直すことで短期間の開発が可能と主張する。海軍は前述の零戦後継機計画が遅延することに焦りを覚えた。川西の計画にゴーサインを出す。必ず成功させるようにと中島飛行機、満州飛行機など総力戦を敷いだ。川西の要望に満額回答できる体制を整える。すでにZ機計画から連携は組まれていたが国家を裏切るなという圧力が込められた。
「川西の艦上戦闘機、中島の艦上偵察機、愛知の艦上攻撃機が揃った時こそ米海軍の最後でしょう」
「随分と勇ましいがわからない。敵戦艦は壊滅したが敵空母は稼働している。それも数十隻が一斉に解き放たれる。内地だから知れたことが多い」
「前線じゃ話すどころか知ることができない」
「散った者に教えてやりたかった…」
甲板の一角はしんみりとした雰囲気に変わる。別の新鋭機の発艦準備に追いやられた。志賀以下も隅の方で観覧しよう。機体に特殊な器具が取り付けられた。点検も完了する。機械の駆動音とエンジンの爆音が聴覚を支配した。いかにも重そうな複座の単発機は図体と裏腹の快足で飛び立つ。赤城や加賀の古めかしい航空母艦にはない新鋭空母らしい装備が役に立った。
志賀はロートルの性なのか新しさに複雑を覚える。自身が座る甲板も何だかヒンヤリして落ち着かなかあった。木製甲板の温かみが懐かしい。これも祖国が勝利するための工夫と頭は理解しているものの身体の感覚が違和感を伝えた。
帝国海軍が最強であることを世界に知らしめる。敵国と同じことをしては意味がなかった。米軍が超大国の工業力を振り上げて数量で攻めてくる。特段の言うまでもないが日本は質を以て対抗した。各員の高練度は言わずもがな兵器の質を磨き上げる。
「大鳳は落ち着かんか?」
「いや、なんですか、そのですね」
「ゆっくりと慣れればよろしい。大鳳だけでなく白鳳もいる。信濃と土佐も控えていた。もちろん、赤城と加賀にも出張ってもらうがな」
まさか将校がいるとは思わず直立不動で敬礼した。それも日本海軍で随一の闘将である角田覚治とわかる。角田は底なしの闘志の持ち主で攻撃を最大の防御と称した。そんな闘将は部下を大切にする人格者と知られる。己の母艦を突出させてまで収容を試みた。貴重な空母を預けられる人物は闘将の中でも思いやりの持ち主でなければならない。
「前線復帰は考えていないのか」
「よく聞かれますが、正直言って、難しいと考えています。負傷は何ともありません。しかし、一度内地に引きこもれば腕は鈍ります」
「本当にそうか?」
「戻りたい気持ちはあります。仇を討たねば死ぬに死ねません」
「よし、それでは決まった。お前は大鳳の戦闘機隊の長をやってもらう」
「嵌めましたか。元々決まっていたという」
「俺も散った者の仇を討ちたいんだ。一緒に頼む」
「ぜひ、お願いします」
続く




