第96話 絶対必中の矢
それは地対艦噴式誘導弾と呼ばれる秘密兵器だった。
ロケットの研究を世界最先端でひた走る中で自走する砲弾の構想は初期から存在する。炸薬を用いずともロケット燃料で飛行するため、面倒な砲身や架台を設ける手間を省略でき、安価で大量生産できる点が丁度良かった。特に米国と戦争状態に突入した場合は島嶼部の奪い合いである。離島に沿岸砲台を拵えれる程に体力はなかった。しかし、ロケットは簡素だが強力な破壊力を発揮できる。
「一番から十番まで連続発射! 第二射は見込めん。発射機は下げて隠匿状態に戻れ」
「一番から十番まで連続発射!」
「警報~」
「退避急げ! 噴煙に巻かれて火傷しても知らん! 冷風で治るかもなぁ!」
寒冷地特有の草原に数多もの発射台が並べられた。一見して軍艦に積載される水上機の射出機である。無駄に大仰角をとっていた。射出機には細長い鉛筆のような物体が飛翔の時を待つ。これこそが日本軍の開発した秘密兵器たる噴式誘導弾の『イ号爆弾』だ。離島防衛の切り札と期待されている故に大戦果を挙げなければならない。
半地下式で草原に紛れるトーチカが指揮所を為した。特殊な受信機が信号をキャッチしてブザーを鳴らす。これを合図に発射準備を始めた。沿岸砲台よりも簡便が幸いして約10分で完了する。射出機に噴進弾を乗せて固定した後は油圧を用いて大仰角を与えた。教本通りに安全を確保したことを確認次第に作業員は近場の退避豪へ飛び込む。逃げ遅れた者は知らぬという冷酷だ。
「連続して発射ぁ!」
「発射!」
「一番から十番まで補助ロケットの点火を確認しました! 異常なし!」
「よっしゃ、アメさんの戦艦をぶっ壊してやれ」
イ号爆弾は総重量が1tを超える大型と見える。主ロケットと補助ロケットにより点火直後に猛烈な噴煙を上げて飛び立った。万が一に主ロケットが不調で自爆や飛びきれずに落下することを鑑みる。最初の数秒間は補助ロケットが担当した。補助ロケットは簡易的なヴァルターロケットらしい。燃料を使い切ると海へ落下する使い捨てを採用した。沿岸砲台の整備費用に比べて遥かに安価で収まる。補助ロケットが仕事を終えると主ロケットに切り替わった。
ここで一つの疑問が生じる。
イ号爆弾がロケットの高速で飛行することは理解できた。対地攻撃ではなく対艦攻撃はピンポイントの高精度が求められる。人の手を介さずに直撃させることは不可能だ。これと親戚のア号爆弾は母機が爆撃手の肉眼を経て無線誘導される。一定の精度を維持できた。イ号爆弾は発射後に一切の人力を得られない。ただ真っ直ぐに飛行するだけでは当てずっぽうどころでなかった。
「なんだ? また攻撃隊が来たか?」
「ジーザス。ジャップめ」
「今度の数は少ない。何とか逃げられそうだ」
そこで先の空襲で投下された模擬弾だろう。模擬弾の内部に電波発信機が込められた。バッテリーの駆動で最長3日間は盛んに発信する。これをイ号爆弾の弾頭部に備えられた探知機がキャッチすると自動的に進路を変更した。模擬弾の方向へ向かうよう自動的に翼を調整する。これにより人の手を介することなく絶対必中を手繰り寄せた。
もっとも、予め発信機を備えた模擬弾か何かを標的に埋め込む必要がある。今回は陸攻隊が紛れ込ませているが何かと面倒が多かった。イ号爆弾が自力で探索してくれれば良いが現時点で自律の誘導は不可能である。離島防衛の切り札にしては完成度が低いがそれでも無いよりかはマシだ。
「不発弾が触発されたら危ない。今すぐに除去できないか」
「馬鹿言うんじゃねぇ! 俺たちに死ねっていうのか!」
「落ち着け。お前の言いたいこともわかる。今は敵機を通さないことに専念する。ボフォースを構えろ」
米艦隊は敵新型機の急降下爆撃を受けた後に立て直しの最中にある。戦艦は不発弾を受けて甲板に穴が開いたが戦闘に支障をきたさなかった。やけに不発弾が多いことに疑義を持てない。日本の工業力では粗製の乱造から質が低下していると下方に判断した。戦艦を護衛するはずの巡洋艦と駆逐艦が被害を受けている。艦隊防空は若干低下したが十分に展開できる範囲内に収まった。
戦艦のレーダーが高速で接近中の反応を捉える。先の空襲からさほど経過していないことから隙を生じさせない二段構えだ。日本軍は手練れと理解しているがどうしても悪態は吐きたくなる。先ほど同様に防空の盾を構築すべくボフォース40mmとエリコン20mm、ブローニング12.7mmが敵機襲来を待った。
「な、なんだ。やけに速くないか!」
「ダメだ! レーダーが捉えきれない!」
「故障じゃないのか? 不具合はよくあることだ」
「これが故障に思えますか! 疑うなら見てください!」
「どれどれ。な、なんだコイツらは!」
レーダー担当が絶叫したが無理もない。画面上の点はあり得ない高速で接近中だ。高速の戦闘機かもしれないが自軍の戦闘機を圧倒する。これが爆撃機又は攻撃機と言うならば幻影を捉えた。アリューシャン列島に散った者の魂が襲い掛かる。リーダーらしき兵士は呆れながら故障を疑った。部下に促されて画面をのぞき込むと顔面蒼白に陥る。本当に高速の反応がこちらへ接近中だった。
「け、警報! すぐに迎撃させるんだ!」
「もうやってます!」
「回避! 回避ぃ!」
「だから! やってます!」
「俊敏に動けないのか!」
レーダー担当が迎撃や回避の支持を出すとはお笑いかもしれない。これがお笑いと言えないぐらいに現場は混乱した。レーダーが捉えるまでもない。監視員は双眼鏡で高速の飛翔体を認めた。最初は緊張からくる幻覚と落ち着き払う。一旦は深呼吸して整えた。結果は変わらない。やけに細長い物体が自分たちへ突き刺さろうと突進してきた。あまりの出来事に頭は真っ白になれど軍隊仕込みの反射を以て急報を発する。
艦隊司令官は即座に対空戦闘を指示した。まったくの無意識を呈される。旧式戦闘機よりも小振りなのだ。ただでさえ高速の航空機に直撃させることが困難な中で超高速で小型の目標を落とすことは限りなく不可能に近い。レーダーという電子の目が追いつけないにもかかわらず、以外にも、人間の肉眼は極限まで追い詰められると覚醒するようだ。こちらに突っ込むまでの数秒間はスローモーションの映像で送られる。
この直後に戦艦は今までに経験したことのない揺れに襲われた。敵弾が命中したことは間違いないが損害状況を知りたい。艦長は即座に「損害知らせ」を絶叫した。報告はなかなか上がってこない。あまりの事態に思考が働くことを拒んだ。
「な、なんて攻撃だ」
「艦長! ご無事ですか!」
「なんとかな。額が割れたが問題ない。それよりもキンケイド中将を…」
「司令! しっかりしてください! 誰が陸軍の面倒を見るんです!」
「軍医を呼べ。司令が重傷だ。私は後で構わない」
「はい!」
「これは地獄か何か。戦艦が燃えている…」
艦長の視界には大炎上中の僚艦が映る。いくら旧式でも戦艦は揺るがなかった。敵弾を一身に受けても突き進むことができる。それがどうだ。常識外れの攻撃を被って敢無く燃えている。敵弾が集中したのか一隻は側面に大破孔が生じて大量の海水を含んでいた。海水を上手くコントロールして排水しなければ転覆は免れない。
「ここで沈むわけにはいかん。ダメージコントロール急げ」
「そ、それがダメージコントロールのチームが動けない程に甚大です」
「なに…そこまで…やられたのか」
「残念ながら…」
「せめて曳航できるようにするんだ。リベンジすればいい」
「て、敵機ぃ! 新手だぁ!」
「日本軍は抜け目がない。我々は完膚なきまでの敗北を喫した。アメリカ海軍の栄光は地に落ちる」
罠にかかったウサギを見逃すことがあっては帝国軍の名が廃った。
「全機突撃! 止めを刺す!」
続く




