第86話 オーストラリア上陸開始
~オーストラリア・キャンベラ~
オーストラリアは米軍の戦略的敗北から直接上陸の危機に瀕した。宗主国のイギリス同様に市民が武器を取る必要性に迫られる。しかし、米軍兵士は相も変わらず威張り散らかした。現地市民の酒場を占拠することは日常茶飯事である。誰もが働かないかと憤りを覚えて米軍ひいては米国に不信感を顕著に示した。
「これで何人目だ」
「警備隊が確認している限りで10人目です」
「日本の若者を見ることは飽きた。もう勘弁してほしい」
米豪遮断は完成している。ソロモン諸島とニューヘブリディーズ諸島、ニューカレドニアなど中継基地は壊滅状態だ。日本軍は同時多発的に奇襲攻撃を敢行する。ミッドウェー島への一撃離脱攻撃を囮に据えた。米海軍太平洋艦隊がソロモン諸島に進出して米豪連絡線が空の隙に痛撃を浴びせる。各地の拠点機能の復旧は最低でも半年を要することが予想された。
日本軍は潜水艦を大量動員して通商破壊に余念がない。米国政府は1943年には新造艦が揃いも揃って大反撃に出られると強硬姿勢を崩さなかった。日本軍を圧倒する物量をぶつけることで勝利できる。オーストラリアは米軍が立て直すまでの期間を防波堤と働いてもらうときた。何という物言いに腹が立つが実際は些細なニュアンスの違いに過ぎない。どうやら、オーストラリアからアメリカに向けて不和が生じるように情報戦略が仕掛けられた。
それはさておき、日本軍は少ない犠牲で大陸を屈服させる策を講ずる。
「この攻撃の被害自体は軽微かもしれません。市民が受けるショックは尋常じゃありません」
「軽微とはね。貨物船と駆逐艦が沈んで倉庫が焼き払われた。夜間に音も無く襲い掛かって来る」
「わかっている。わかっているが…そう認識せざるを得ない」
「ある兵士は捕まることを覚悟して自決した。軍刀で自分の首を刎ねる」
「これはいつでも上陸できる。メッセージですよ」
「屈服するわけにはいかんのだ」
「左からは大英帝国が引っ張り、右からはアメリカ合衆国が擦り付け、我らが採るべき手は一つだけ」
「単独停戦かね? ふざけるな」
オーストラリアの政府関係者たちは真っ二つに分かれた。主に『徹底抗戦派』と『単独停戦派』である。両者共に名称通りの意味を有した。前者は日本に徹底抗戦を主張して米軍が立て直すまで持ち堪える籠城戦を推進する。後者は日本と単独停戦を結び全面的な撤退を訴えた。どちらの主張も理解できる故に首班は苦悩を強いられる。
「ダーウィンは壊滅状態です。守備隊が展開していますが上陸は阻止できません。ダーウィンを占領されると潜水艦の遊弋は止まらない。機雷も倍増しましょう。ケアンズも例外ではありません」
「なに北部の田舎町じゃないか。我々は南部に引き籠っていれば必ず勝てる」
「ニュージーランドに上陸されたら何も言えなくなる」
「あり得ない。奴らが来れるとは到底な」
「現にドイツの通商破壊は届いている。軍人は威勢だけよろしい」
オーストラリアという国が大陸と同義である以上は籠城戦に適した。さらに、内陸部は不毛の大地が広がっている。日本軍は北部に上陸して南下してくるだろうが縦断することは到底不可能と見積もった。中枢部は南部に集中して上陸を警戒すればよい。しかし、現実に上陸の危機に瀕するどころか許してしまった。
日本軍は決死隊の小型潜航艇を送り込む。シドニーなど港町に停泊する艦船を雷撃した。その後は潜航艇を自爆の上で隠密行動に移行する。彼らに帰投という文字は存在しないようだ。夜間の灯火管制が敷かれている。暗闇の中で上陸を果たすと少量の高性能爆薬を倉庫に設置したり、ガソリンを撒いて火を付けたり、目ぼしい施設に切り込みを仕掛けた。日本軍上陸を想定した警察と軍隊の警備隊が存在したが数名単位の夜襲に対応は遅れる。
「市民の怒りの矛先は専らアメリカに向いている。なぜ日本に向かんのだ」
「アメリカの戦争に巻き込んできたから。これだけです」
「奴らの情報戦略も見事です。ナチスと同等かそれ以上の狡猾さ」
「ビラの回収が追いつきません。スパイも流布に精を出した。アボリジニも怪しい動きを見せており…」
「やはり先住民族は排斥すべきだったか」
日本兵の夜襲は一瞬にして全土に恐怖と伝播した。日本軍の大兵力が文字通りの大挙して上陸して来る予想は外れる。極少数の兵士が神出鬼没の夜襲を行った。いつどこに出現するかわからない。日本兵は進退窮まると「虜囚の辱めを受けず。大日本帝国天皇、陛下、万歳」と絶叫して自らの首を刎ねるか腹を切った。一連の事態は報道を通じて市民に公開される。オーストラリア全土に得体の知れない恐怖が広がった。
アメリカに対する不信感と日本兵に対する恐怖から市民運動は拡大傾向にある。日本機によるビラの投下が促進した。スパイがあることないことを流布して回る。アボリジニの先住民族が反政府運動を展開した。徹底抗戦派は軍部を筆頭に抑圧を試みるが逆効果である。
「ともかく今日中に結論は出せない。この話は持ち越す…」
「大変です! ダーウィン、ケアンズ、タウンズビルが上陸されました!」
「なに! お前達の想定よりも速いじゃないか!」
「バカな。ソロモン諸島の戦いから数か月しか経過していない。本気で落としにきているのか」
どこの国の組織でも結論を先送りにすることはよく見受けられた。今すぐに決めなければ物事は進まない。オーストラリアに残された猶予はとうに尽きていた。初期段階の急報だがダーウィンとケアンズ、タウンズビルに上陸されたと知る。あまりにもな速攻に恐れ入る以前に日本軍が勝利を収めたと雖もスピードが尋常じゃなかった。どれだけの予備兵力を用意していたのか。ソロモン諸島撤退は捨て駒なのかと誤った認識を抱いた。
「敵の詳細は掴めていないのか。国民になんと説明すればいい」
「ダーウィンは落下傘部隊の奇襲を被って制圧されました。ケアンズとタウンズビルは奇襲上陸を許していますが…」
「どもるな。はっきり言え」
「敵は中華民国軍です。青天白日満地紅旗を視認しています」
「なんてことだ。日本は本当に太平洋をアジアにしようとしている」
~ケアンズ沖合~
海防戦艦の満州はケアンズ上陸作戦の指揮連絡艦を務める。戦艦の指揮通信能力と強襲揚陸艦の揚陸能力を両立させた。その珍妙な見た目からは想像できない役者と活躍を見せる。艦前部の主砲も上陸部隊を阻む砂浜の障害物と地雷を除去した。
「上陸さえ成功させれば勝ちも同然だ。我々は大陸に生きて来た民族であるぞ」
「中華の大陸は豪州の大陸に通ずる。なんとも暴論極まりませんが、理解できないこともなく、中華民国の革命を知らしめる機会を得た」
「そうだ。我々は日本軍と協同一致するだけでない。欧米人を東亜ひいては太平洋から叩き出すため大中華が立ち上がった」
「中華は内輪揉めに時間をかけ過ぎました。これからは大海洋に出ていく時代です」
中華民国は日本と協同して対欧米に参加して縁の下の力持ちと活躍する。日本単独で欧米諸国と戦うことは無茶を極めた。したがって、中華民国の眠れる獅子を叩き起こして差し向ける。今まで日中共同戦線を敷いてきたがオーストラリアの大陸を落とすべく事前協議を経て独自の行動を開始した。
石原莞爾が言うには中華の大地は豪州に通ずる。中華民国とオーストラリアの地形も気候も異なるが感覚は似通うはずだ。日本という島国が攻め入るに無理解が呈される。中華民国という大陸国が攻め入る方が合理的と判断したが敵も味方も驚きを以て受け止めた。
「これより大中華民国を立てる」
続く




