第85話 陸軍の河川砲艦
ソロモン諸島の戦いは決着がついた。
「俺たちの戦いは終わってねぇ! ジャップの小舟を沈めちまえ!」
日本軍はソロモン諸島から撤退してガダルカナル島など前線拠点を明け渡したかに見え、米軍は米豪連絡を保つために島嶼部へ大戦力を投入して敵拠点の奪取に成功する。日本軍は少ない被害で組織的な撤退に成功すると同時に新生太平洋艦隊の撃滅に加えて米豪軍地上部隊に多大な出血を強いた。ソロモン諸島において最大の拠点であるガダルカナル島は日本軍守備隊がゲリラ戦を展開する。ここでは米豪軍の死者は少ないが負傷者が続出した。せっかくの飛行場も想定外の自爆より復旧に長期間を要する。米軍は将兵の後退と資材の運搬にリバティー船を動員したが日本軍は基地航空隊に高速魚雷艇まで投入した。
「何がアイアンボトムサウンドだ。木くずで埋めてやる。日本のな」
ソロモン諸島の海戦は日米両軍の消耗に終わったはず。小型舟艇による壮絶な殴り合いは頻発した。艦隊決戦が舟艇決戦に移行しただけに過ぎない。日本軍の高速魚雷艇と高速駆逐艇は輸送船を脅かした。米軍も高速魚雷艇のPTボートを迎撃に投入してソロモン諸島に華やかな戦いは消えるも小規模でも殴り合いが勃発する。
「レーダーに反応! こいつは大型だ!」
「上物がひっかっかったか?」
「この低速からして機雷敷設ではないかと。悠長に機雷敷設です」
「夜更けに機雷敷設かぁ? ジャップは夜行性なんだな」
「それならチャンスですぜ。あいつらの機雷をぶっ飛ばしてマヌケ面に…」
米海軍のPTボートは木製の小型高速魚雷艇だ。その排水量は50t程度の小ぶりだが航空機用エンジンをデチューンの上で搭載することで40ノットの快足を誇る。さらに、小ぶりな船体に不釣り合いな重武装で知られた。ソロモン諸島においては魚雷艇にもかかわらず、必殺の雷装を減じて速射砲や重機関銃を増設する試みが行われ、先進的な小型レーダーを積むと集団戦法で襲い掛かる。
日本陸海軍の高速魚雷艇と駆逐艇は排水量100t以上の比較的に大柄な船体に大出力ディーゼルエンジンを積んだ。こちらは最速35ノットだが航続距離は非常に長い。船体には魚雷発射管と速射砲、機関砲をバランスよく配置した。レーダーこそ持たないが日本兵の優れた視力は侮れない。こちらも集団戦法を採用するが今日ばかりは本格的に殲滅戦と親玉を連れた。
「サーチライト!?」
「目を焼かれる! 注意しろ!」
「くそったれ! 嫌なことをしてきやがる!」
「戦いってのは相手の嫌がることを進んでやるもんだ。つべこべ言わずに働けぇ!」
PTボートの群れは指揮艇のレーダーが探知した目標で突き進んだが突如としてサーチライトに照らされる。それも一本だけでなく複数本が撫でるように照らしてきた。サーチライトの照度は桁外れで真正面から食らうと失明しかねない。夜間に武力を伴うことなく敵兵を制圧できるが非人道的行為に括られた。もちろん、サーチライトだけで制圧するわけがない。
「み、味方があっという間に崩れた…」
「こいつの船体は頑丈じゃないのかよ!」
「所詮は木材だ。機関砲の掃射に耐えられるわけがない」
「あのデカブツをやれ! ノロノロ運転で狙い時だぞ!」
「そんなこと言ったって弾幕に突っ込めってのかよぉ!」
PTボートの群れは照らされた直後に粉々に砕け散った。大口径砲の直撃でバラバラになるよりかは真っ当に粉砕される。アイアンボトムサウンドと言うが木材の破片が逆転する勢いだった。それは無数の機関砲が物量にモノを言わせて掃射する一方的な蹂躙が展開される。PTボートは機関砲の掃射に怯むことなくノロノロ運転の大型船に照準を絞った。
「敵船! 敵船が左右から挟み込んでくる!」
「やられた! デカブツを囮にして俺たちをおびき寄せて左右からすり潰すつもりか!」
「え、煙幕を展開します!」
「馬鹿言うんじゃねぇ! ここに沈んでいった戦友の仇を僅かでも討つ! 全艇突っ込めぇ!」
「ちくしょぉぉぉぉぉ!!」
デカブツは一切も動じない。
~デカブツ?~
米海軍のボートを嘲笑うように機銃掃射は続けられた。
「カロが敵魚雷艇を絡めとっていきます」
「うん。予定通りだ。本艦は逃げる奴らを穴だらけにせよ。カロの邪魔はするな」
「魚雷がぶち当たっても沈まない。三胴船ってのは便利ですねぇ」
「ただ大きいだけじゃない。本当は高速航行が可能らしいが二兎を追う者は一兎をも得ずだ」
「大連製の河川砲艦は伊達じゃありません」
デカブツの正体は河川砲艦だが異形を極めている。一般的な船体を中央部に配置した左右に副船体を携える三つの船体から構成された。いわゆるトリマランという三胴船である。これの利点は排水量の割に船体を広く確保することができた。波浪の影響も受けづらく多量の火砲を効果的に運用する。一方の欠点としては旋回性能に劣って回避が難しく、建造費用が嵩んで船渠の利用も制限されてしまい、軍用にしては扱い辛かった。
日本陸軍は独自の河川砲艦にトリマランを採用する。副船体を大きくした上に20mmと12.7mmの高射機関砲と探照灯を配置した。全周囲を隈なく索敵して目標を確実に撃破する。主船体は指揮系統を集中した割に75mm高射砲を中心に据えて37mmと20mmの高射機関砲も置いた。まさに死角のない完全無欠の要塞が爆誕すると早速にPTボートの駆除に駆り出される。
もっとも、その図体に快速性は得られずに安定性を重視し速度性能は意図的に抑えられた。海軍と共通するBMW仕込みの高出力ディーゼル機関を採用する。デチューンして機械的信頼性を重視したことで最速は20ノットが精々と言った。これでは格好の的と危機感を覚え、海軍の高速魚雷艇を素体にする陸軍駆逐艇を随伴に与えたが、河川砲艦は自らを囮にして敵魚雷艇をおびき寄せる。駆逐艇が小島の陰から挟撃する殲滅戦を展開した。
「当たる、当たる、当たるったらありゃしない」
「景気良いじゃないか。これまでの苦渋が晴れてせいせいする」
「同郷の友がボート野郎に轢かれたんだ。脱出して漂流している間にな…」
「ほれ装填したぞ」
「すまん」
高速航行中の射撃は基本的にあたるものでない。駆逐艦以上であれば簡易的でも指揮装置の助言を受けられた。小型の舟艇に電子兵装が積まれるわけもない。砲手は己の経験に基づく勘を頼りに射撃した。本艦は先に述べたように低速な上に高い安定性を発揮する。敵魚雷艇や味方駆逐艇が生じさせる波浪を意に介さなかった。75mm高射砲を除いた高射機関砲射撃では微動だにしない。
味方の駆逐艇と敵の魚雷艇が入り混じる故に主戦場は監視に止めた。彼らは離脱を試みる逃亡者を撃つことに専念する。敵魚雷艇が煙幕を展開できることは周知の事実であり、傷ついた仲間を守るために庇うような動きを見せたが、情けも容赦も知らなかった。ソロモン諸島の海域は無法地帯である。一切の良心を捨てなければ生きていけないのだ。
この砲手は同郷の友が脱出して漂流していたところをPTボートに轢かれた景色が目に焼き付いている。彼は漁師町出身の漁師上がりで海の優しい漢だった。戦争の極限状態は人格から変えてしまう。米軍への復讐に燃える鬼と変貌を遂げた。船体が損傷して退避を試みる敵魚雷艇へ無慈悲の掃射を加える。戦場の敵兵がもんどりうって倒れる様子に胸がスカッとした。
「次の弾を! おい! 弾をくれ! 安堂!」
「…」
「ええい! このアメリカ野郎どもがぁ!」
彼の操る機関砲だけ銃身が焼き付かずに戦いが終わるまで撃ち続ける。
続く




