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第8話 関東軍戦闘配置

1939年の春




 日本と中華民国が敷設した満州鉄道を汽車と客車、貨車がひっきりなしに走る。




「また汽車が来ましたねぇ。こりゃ満州が燃えますよ」




「ソ連が蒙古を超えて来るっていう」




「どう考えても、そうとしか、考えられない」




「軍隊さんの列車の合間を縫って避難列車が動いています。私たちも乗れと言われましたが老体には堪えました。ここで残って石原閣下のために働きましょう」




 満州に移住した日本人は臨時列車を眺める先に戦火を得た。最近は不穏な空気が漂うだけでなく、日中軍とソ蒙軍が散発的で小規模な戦闘を繰り広げ、誰もが全面的な衝突を予想する。実際に自治組織から関東軍からの通達という名目で避難指示が下され、多くの市民が必要最低限の家財を持って避難列車に乗り込んだが、一部の若者は武器を手に取って戦うことを表明して志願兵に入り、老人も武器は持たないが食料を提供した。主に女性と子供が列車で中華民国沿岸部や日本へ避難している。満州の大地に居残ること選んだ市民の声は大なり小なり差はあれど根幹は「満州を守れ! 我ら石原閣下のために!」に占められた。




「おぉ、なんと、勇ましい」




「あれがオリンピックか何だかで金賞を得た英雄の兵隊ですか」




「人呼んでバロン西ですわ」




 軍事列車は見飽きていると雖も開放的な貨車に載せられた戦車の列は圧巻に尽きる。菊の紋章を刻むことを許された精鋭部隊は尚更だ。関東軍は対ソを睨んで優先的に機甲戦力を供給されると、不穏な空気の密度が濃くなると天皇陛下から大命が下り、我が国の新進気鋭たる機甲部隊を以てソ連の侵略に備えよ。




 戦車は当然ながら自走可能で自らの足で移動できた。しかし、移動中に何らかの故障や事故で失われるリスクがある。一度に安全に大量に運搬できる軍事貨物列車が丁度良かった。ただでさえ、中華民国の大地は広大なために鉄道は主要な運搬の手段を為し、中国における鉄道網は細かく張り巡らされ、民間人が使用できない軍事専用路線も敷設される。いつゲリラに爆破されても良いように迂回路があちこちに引かれていた。それぞれの終着駅にて戦車と装甲車、火砲、歩兵が久し振りに地に足を付ける。




「ウラヌス。すまないが、少しばかり、休んでいて欲しい」




 日本海を隔てた先の母国においてきて愛馬を想った。




「これからは騎兵から戦車兵の時代か。石原閣下から直々に捜索大隊から機甲部隊を率いろとは…」




「失礼します! 西竹一殿とお見えします! お車の用意がございます!」




「用意が早すぎる。まだ自分のチハさえ下ろしていないぞ」




「いけません。欧米人をアッと驚かせたバロン西とあろうお方が。どうぞ、ご案内いたします」




(やれやれ…)




 満州北部防衛の任を奉った軍人は西竹一中佐である。




 彼を知らぬ陸軍軍人は一人としていなかった。彼はロサンゼルスオリンピックの馬術競技で栄光の金メダルを獲得する。その当時は苛烈なアジア人差別があった中でケチを一切許さない圧巻を披露した。アジア出身者が金メダルを獲得する初めての快挙である。欧米人に日本人の底力を見せたこともあって日本を超えて東亜を代表する英雄に担ぎ上げられた。しかし、西竹一は陸軍の軍人である。東亜防衛のために馬から戦車に乗り換えなければならず、時代は古き良き騎兵軍団から戦車など機甲軍団に移り変わった。




 西中佐は捜索大隊という軽戦車と装甲車から為る初期の機甲部隊を率い、近代の機動戦にゲリラ戦まで学び、本格的な機甲部隊の指揮官に収まる。せっかくの機甲戦力も中身がブリキの玩具ではいただけなかった。国産初の八九式中戦車の何といえない不格好は御免だろう。




「物凄い戦力で卒倒します」




「世辞は要らない。私も分不相応と思っているぐらいだ」




「チハとケホの快速戦車隊が長砲身の戦車砲を唸らせる。ホイとホロが大口径の榴弾砲を掲げる。即席ながら十人十色の戦闘車両が迎える。これをどう撃破しろと言いますか」




「戦車だけでは守り勝てない」




「おっしゃる通りです」




 西中佐の指摘はご尤もだ。




 機甲部隊一辺倒の防御は必ずや瓦解する。




「各地に地雷という地雷を設置しました。戦車阻害や鉄条網などの障害物や落とし穴も設けています。石原閣下は平坦な地形では防御線を敷いても無力と仰られました。あちこちから砲弾と銃弾が飛んでくる機動的な防御を提唱して、敵軍を深く迎え入れてから一挙に撃滅せん」




 最前線のため豪華な四輪車は用意できなかった。それでも十分に立派な軍用自動車で移動中に案内役の士官からザックリとした説明を受ける。満州北部の防衛は機甲戦力を主としつつも一辺倒ではなく、ありとあらゆる大地に対戦車地雷が埋め込まれ、チェコの針鼠に代表される障害物、原始的な落とし穴まで幾重にも罠が存在した。これを突破しようものなら甚大な被害を受けて膨大な時間を浪費する。




 関東軍を実質的に動かす石原閣下こと石原莞爾は暫定的な国境線の水際防御を放棄した。水際防御と真反対に満州の大地に深く迎え入れる。奥深くまで食い込んだ途端に頑強な防御で押しとどめた。この時のために用意した新進気鋭を一挙投入して撃滅する。




「ソ連戦車は…」




「聞き及んでいる。45mm戦車砲とケホに匹敵する快速を有した。我々も頑張らせてもらうが速射砲にも期待している」




「速射砲だけじゃありませんよ。とにかく各所からかき集めた大砲が待ち構えています。明治の大砲まで持ち出す始末で骨董市かと」




「使える物は何でも使えだな。よろしい」




 西中佐の機甲部隊は戦車と自走砲(砲戦車)の複合とされた。ソ連軍が大祖国砲と称する圧倒的な砲兵を運用することを鑑みて真正面きっての撃ち合いを回避した格好である。我々は機動戦と火力の集中を織り交ぜた機動砲兵師団で対抗するのだ。いかんせん、貧乏国家では豪華絢爛な大口径砲を用意しきれない。旧式戦車に旧式野砲を搭載するなど随所にツギハギが否めなかった。明治期の外国製を投入せざるを得ないが、逆に言うと、使える物は何でも使う精神で懸命で賢明である。




「愛馬を置いていくことに思うことは」




「ウラヌスは信頼できる友に預けた。ウラヌスは意外と聞かん坊だ。私が帰るまで人っ子一人も乗せない」




「軽油の匂いに敏感になるのでは?」




「そうだなぁ。チハに現を抜かしたことを恨まれるかもしれない。その時は存分に駆け回らせるだけだ」




「絶対に切れぬ縁と」




 満州北部の防衛に際して愛馬を日本に置いて行ったことに一種の罪悪感を覚えても絶対に生きて帰ることで拭った。彼がオリンピックで欧米人を圧倒した際の親友は平和な日本で健気に帰りを待っている。ウラヌスは意外と気性の荒い馬だ。己が認めた相手以外は受け入れない。西中佐が帰って来るまで誰も背中に乗せないはずだ。その西中佐が新式中戦車のチハに乗り込む。彼の身体に染みこんだ軽油の匂いに嫉妬を覚えても仕方なかった。




「いかがですか? 西中佐が到着するまでに大歓迎の準備を」




「ここまで整っているとは思ってもみなかった。これなら勝てる」




「そりゃそうでしょう。石原閣下が戦闘配置を命じた以上は一寸たりとも手を抜いてはなりません。まだ飛んでいませんが襲撃機と直協、高速爆撃機も待機しています。ご命令とあらば直ぐに飛び立ちましょう」




「心強いことこの上ない言葉で安心した。戦車も騎兵も空の脅威に弱い」




「地上部隊をお守りする高射機関砲や高射砲も機動化されています。防空の傘もバッチリです」




 日本陸軍の機動化は隅々まで徹底されている。普通は地上に据え置くはずの高射機関砲や高射砲も車載と牽引で機動力を付与されている。最前線では常に同じ位置にいることはご法度だ。常に動き回ることで捕捉を避けて照準を絞らせない。




「もはや勝った気でいるよ」




 満面のニッコリの笑顔だ。




続く

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