表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/77

第77話 たった一門の砲はされど一門の砲

ガダルカナル島守備隊は遂に飛行場を全面放棄を決めて速やかに後退を開始する。米軍の上陸は安定し始めて物資揚陸も滞りなかった。日米の制空権はうやむやだが爆撃機と戦闘機が飛び回る。守備隊は米軍をゲリラ戦の泥沼に引きずり込む方へ変わった。




 まずは飛行場を無傷で与えてはならんと焦土戦術を採用する。滑走路の破壊だけが間に合わず、盛大な自然破壊を行うまで時間稼ぎが求めらるれと、ここで一両の特異な砲戦車が一門の砲を向けた。




「発破まで時間を稼ぐ。全弾を吐き出す。ガ島に噴進砲を刻め」




「狙いは?」




「そんなもの適当で構わん。噴進砲が真っ当に当たったことがあるか」




「それが無いんですね。20cm砲弾の威力だけで飯が食えます」




「わかったら装填しろ」




 飛行場を見下ろすことができる。いかにも中途半端な高地に陣取った。敵軍に痛撃を浴びせられる位置は入念に爆撃と砲撃を受ける。一種の被害担当と無人としておいた。敵の注意が逸れた隙に移動を済ませる。本来は中戦車と軽戦車に随伴するところもガダルカナル島のゲリラ戦に向かなかった。支援砲撃に徹していると戦車隊は壊滅する。砲戦車と称する自走砲はあれよあれよと失われていった。最終的に噴進砲を積んだ仮称ハト車だけが残される。最後の大立ち回りと時間稼ぎを買って出た。




「敵兵が見えるぜ。哀れなもの。地獄の罠を突破しても重砲が降りしきる」




「直接の照準よろし」




「装填よし」




「弾はたんまりと。いつでも言ってくれ」




「時が来るまで撃ち続ける。噴進砲は過熱を気にしないで良い。今日は大盤振る舞いだ」




 仮称ハトは中戦車の車体に20cm噴進砲を搭載したロケット砲戦車である。自走砲の野砲と榴弾砲が不足することを鑑みて開発と試作された。ロケット砲の大口径に機動力を付与している。劣悪な精度と射程距離の短さから活躍の場は限られてゲリラ的な散発的に砲撃するに止まった。これが不幸中の幸いと爆撃の標的になることは一度もない。一般的な砲戦車が炎上する中で唯一と生き残ってしまった。味方への弔いを込めて残弾を全て吐き出す程の猛砲撃を見せよう。




 彼らの眼下で飛行場を一番乗りで制圧せんと連合国軍の兵士がワラワラとうごめいた。飛行場は完全に放棄されたと雖も古典的な罠が牙を剥いている。日本軍のゲリラ戦は砲火を交えるよりも罠との戦いが多かった。単純な落とし穴は無数に設置された底に木や竹の槍が並び、木々の合間にワイヤーのブービートラップ、熱帯特有の林に罠は数え切れない。彼らが頭脳を働かせたことはもちろん、ビルマの市民が地獄の罠を提案したこともあり、米豪軍は近代装備の利かない古代兵器に悩まされた。死者こそ少ないが圧倒的に傷病者が多い。何度も部隊を交換せざるを得ず、特に豪軍が割を食う形であり、最近の米豪関係は悪化の一途をたどった。




「連続砲撃! 手を緩めるな!」




「発射!」




「ガスに気を付けろ! 次弾急げ!」




「今日は助っ人がいて楽ちんだ。ガスも吸い慣れちまったよ」




 ハトの砲手は直接的な肉眼の狙いを絞り込む。20cm噴進砲の特性は理解しているつもりだ。それでも素っ頓狂な方へ飛んで行くことは日常茶飯事である。極めて悪い精度も大威力が解決するのだから噴進砲は素晴らしい兵器と惚れこむ者は一定数を確認した。




 発射時にガスを放出するが前方の穴と開放式戦闘室から放散させる。一時的に視界を悪くして肉体にも無問題とは言い難いが、死と隣り合わせの日々に気にすることは無駄だ。ガスを吸い慣れてこそ本番と言わんばかり機械的に手を動かす。初弾の弾着を確認する前に装填作業を終えた。




「ははぁ! 歩兵が吹っ飛んだ。こいつの炸薬量は洒落にならん」




「その調子だ。あれだけの数だから外れることはあり得ん」




「よっしゃ、今日はお祭り騒ぎじゃ」




「あいつら戦車まで投入してきやがった。味方を埋め立てる気かよ…」




「もはや手段を選べない。好機だ」




「いつでもどうぞ」




「撃てぃ!」




 噴進砲は砲弾自身が推進能力を有する故に発射時は爆発音を生じさせない。砲弾の飛翔中も甲高い音奏でないのだ。米軍は野砲以上に噴進砲の砲撃を恐れている。野砲と迫撃砲の砲撃は突っ伏すなど受け身を採れた。一方の噴進砲の砲撃はいつ飛んでくるかわからない。ベテランも対処法は己の勘頼りと半ば諦めた。発射地点を特定しようにも幾重もの改良を経てガスは抑えられている。発射元は盛大なガスも直ぐに霧と消えて遠方から視認することは困難を極めた。




 米豪軍は飛行場がキルゾーンであることを理解する。歩みを止めることは認められなかった。キルゾーンから逃げ出そうものなら後続部隊と衝突して事故が生じかねない。前方に駆けることが最も安全な策と言うが猛烈な砲撃は公平に破壊を与えた。アメリカンな頑丈が自慢のM3中戦車も至近弾でひっくり返る。20cm砲は重巡洋艦の砲撃に匹敵したが、実際に海軍の20cm艦砲弾を流用することもあり、簡易的と大威力の合わせ技は得も言われなかった。




「まだだ! 腕が折れても!」




「大丈夫だ。交代と交代で続けられる」




「あぁ、俺のチハをぶっ壊しやがって」




「俺だってな。同期が爆雷を抱えて突っ込んだぞ。あんなことは許せん」




(敵は地獄で味方は修羅か。これこそガダルカナル島よ)




「悲鳴が聞こえてくる。これがガ島の幻聴だ」




 ハト車は通常よりも人員を増して運用している。中戦車と軽戦車は壊滅したが僅かの生存兵が残った。彼らは命からがら後退した先でハトと出会う。誰もが考える間もなかった。ハトの補助要員志願して装填の補助に回る。20cmという大重量のロケット弾は相応の重労働で交代制を敷いた。車内の即応可能な弾薬以外に集積所からかき集めた弾薬を車外に用意する。




 ここで全弾を撃ち尽くしても構わなかった。守備隊が飛行場を全面的に放棄するに際して本土から撤退計画が提示される。海軍の護衛の下で高速輸送艦が突入する手筈が組まれた。ガ島を離れる時は身軽が好ましい。かと言って、敵軍に明け渡すことも癪なので使い果たす勢いだ。




「アメさんもやられっ放しじゃないか。野砲が飛んでくるわ」




「飛行場からの突き上げが当たるか。うるさい奴を吹っ飛ばしてやれ」




「おいしゃぁ!」




「装填したぞ!」




「撃つ!」




 たった一両の砲撃に飛行場制圧が阻止されては連合国軍のプライドが崩壊する。飛行場に突入を果たした部隊の中で75mm野砲を即席で拵えた。何も観測の無い直接照準で高地を狙う。噴進砲が連射すればガスや煙が滞留して居場所は次第に明るみに出た。すでに戦車数両と歩兵数十名がやられている以上は復讐の榴弾を叩きこもう。ハト車も仲間がやられたことに怒りを覚えた。砲撃の手を緩めるどころか火事場の馬鹿力で我が身を顧みない猛攻を披露する。




「まだか…まだなのか…」




 車長だけが焦燥感を抱いたところで照明弾が上がった。空中に鮮やかな赤色が上がっている。これを確認してすぐに「撤収!」声を張り上げた。今までの作業を止めて開放感のある戦闘室から大急ぎで退避する。敵軍に鹵獲されることを防ぐために集束手榴弾を投げ入れた。内部の砲弾に誘発すれば木端微塵と変わるだろう。




「あと数秒で飛行場が不発弾ごと吹っ飛ぶ! 間に合わん! 木陰に突っ込め!」




「ひ~こら」




「堪ったもんじゃない」




「噴進砲で誘爆しないもので!」




「あれに地中を貫徹する力は無い! 地表で砕け散る!」




 適当な木陰を見つけると一斉に飛び込んだ。硬い地面に突っ込んで痛みを覚えたが背後から迫り来る轟音と衝撃波が勝る。軽めの服が破れ散ってしまいそうだ。皆が懸命に堪えているが一様に愉悦を感じざるを得ない。




「これで飛行場は使えまい。思い知ったか」




「これでアメさんもお終いだ」




「愉快で痛快」




「いったい、何人の骨が残っているか…」




 ガダルカナル島は人為的な地殻変動に襲われた。




続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ