第76話 噴式誘導徹甲爆弾『ア号爆弾』
「今日の飯は豪勢にいこう。敵戦艦を沈めれば…ビールが待っている」
満州独立飛行隊は普段の絨毯爆撃を一時解かれた。敵地上空に侵入してどこかの岬に停泊中の敵戦艦を爆撃する。百式司令部偵察機三型がニュヘブリディーズ諸島のエファテ岬に新鋭戦艦サウスダコタ級を視認した。敵戦艦は4隻のはずだが1隻がポツンと残っている。それが故障か不調か知らずとも沈める好機と見た。遂に新兵器を実戦に投ずる時機が訪れる。
日本軍が運用する最大級の爆撃機である連山(陸軍仕様)が腹の中に大重量の徹甲爆弾を仕込んだ。B-17とB-24と互角かそれ以上の国産重爆撃機しか運搬できない。海軍の陸攻と陸軍の高速爆撃機が800kg徹甲爆弾が限界に対して連山は最大4tの爆弾積載量を有した。1機あたり新兵器2発を携行可能な計算だが爆撃手の負担を鑑みて大重量の特製を1発に修正する。
「サウスダコタ級戦艦の予定だが脆弱な副砲を狙えよ。主砲にぶち当てれば弾かれる」
「わかっちゃいますが、こいつの誘導はとんでもなく、一発勝負は洒落にもならず」
「野村の力量を信じている。お前の狙いは百発百中だ。今日のためにお膳立てがな」
「そう重圧をかけないでください。ビールの1箱は譲りません」
「その意気で行けよ。お前の腕前は天下一だ」
戦艦1隻に差し向けるは連山5機だけでなく事前のお膳立ては欠かさなかった。百式司令部偵察機が強行偵察を繰り返した上に高速爆撃機が陽動の襲撃を行う。連山隊も丸裸ではペロハチに食われかねなかった。重戦闘機の護衛を得たいところ前線基地からも往復で3000kmを超えては航続距離が足りない。搭乗員の疲弊も洒落にならなかった。
敵の意識外からの奇襲攻撃が求められる。地上のレーダーを無力化するために百式司令部偵察機が連山隊が向かう直前に電波欺瞞紙を撒いた。今頃、島のレーダーは不具合のような現象を見せており、勘の良い者は念のためにカタリナ飛行艇を早期警戒機に発進させるが、連山隊は特異な対艦攻撃法を採る故に高度8000を飛行中である。
連山5機は縦列になって高高度を突き進んだ。ペロハチも飛んで来ない高度だが機銃手は警戒を怠らない。ニュヘブリディーズ諸島は米軍の司令部機能が設けられた。敵地どころか本拠地に等しい。いつ迎撃機が上がって来てもおかしくなかった。少数精鋭の群れは緊張の中に若干の弛緩を抱える。
「航法が正しければ…間もなくです」
「見えるか!」
「まだ見えません!」
「対艦電探はどうだ! 島ばかり映しているか!」
「はい! 島や浅瀬ばかりです! 敵艦は停泊中のため識別がつかず!」
「やはり目視するしかない…」
大柄な機体の内部に最新の電子機器を詰め込んだ。対艦攻撃用の対艦電探が常時目標を捜索する。対艦電探は対地電探を兼ねる都合で島や浅瀬を誤認した。標的が停泊中の静止目標であると難易度は跳ね上がる。最後は人の目でなければならないと電探は補助程度に扱った。
「エファテ岬の位置は…」
「どうするつもりだ」
「もう当てずっぽうです。投下させてください。数秒で決めます」
「わかった。お前に賭ける。二番機から五番機は一番機の弾着を参考にするんだ」
(((了解)))
一番機の爆撃手は隊内を超えて軍内でトップクラスの爆撃精度を誇る。彼の一撃に賭けざるを得なかった。二週間前から詳細な地形を頭に叩き込んでいる。本人は当てずっぽうと言う割に正確だ。電探手も島と浅瀬、敵艦を反応の強度から可能な限りでふるいにかけると爆撃手に口頭であるが最終的な絞り込みを伝達する。
「ア号爆弾投下用意! 操縦は爆撃手に回す!」
「回しま~す」
「各機爆撃体勢へ。 照準器の電探連動を開始する」
「電探連動始め」
「敵艦、敵艦が見えま~す!」
「よし! これはまたとない!」
機銃手が敵艦を見つけたと出しゃばった。彼らの優れた視力はエファテ岬か不明でも島の一部に大型艦を見つける。さすがの高高度飛行では戦艦も駆逐艦に変わった。爆撃手の極限の集中力に加えて徹甲爆弾は弾頭下部にカメラが埋め込まれている。爆弾本体と母機が無線の通信を行うことで爆撃手はテレビを介して標的を視認できた。手元の玩具のようなコントローラーを操作すると爆弾の翼が動いて極初期の無線誘導を確立する。
「ア号爆弾…投下ぁ!」
「二番機が続きます!」
「早い! まだ着弾すらしていないんだぞ!」
「三番機と四番機、五番機まで!」
「馬鹿野郎! 何をしている!」
(そんなチンタラと待っていちゃ逃げられます)
(そうです。時間がもったいない)
(任せてください。主砲をぶち破ってやりますから)
「帰投したら説教だぞ。わかっているな」
どこか嬉しそうな一番機の隊長を差し置いて爆撃手は極限状態に突入した。二番機から五番機が追従していることは薄っすらと理解している。自身は自身の果たすべきことを為すだけだ。テレビジョン誘導の恩恵を最大限に享受する。
ア号爆弾は総重量で2tに達した。テレビジョン誘導式の徹甲爆弾である。戦艦と空母の大型艦を食らうために大重量の大威力を志向した。高高度からの投下にロケット噴射を追加して比類なき破壊力を得た代償は運用が恐ろしく困難を秘める。ロケットの猛烈な加速で猶予は極々も僅かだ。テレビジョンの誘導も独特で操作に慣れる段階で躓きを余儀なくされる。誘導も真っ当に機能して思う通りに動くとは限らなかった。爆撃機が安全に対艦攻撃を行える切り札と言われることに苦笑いを浮かべる。石原莞爾のゴリ押しにより満州独立飛行隊が真っ当に運用した。その他の航空隊は早々に対地攻撃に用いて対艦攻撃は従来の水平爆撃や反跳爆撃に戻す。
「サウスダコタ級戦艦だ。見えてきたぞ。俺の勘は狂っちゃいない…」
「ペロハチが上がってきます!」
「大丈夫だ! この高度まで来る頃には退避している!」
「高射砲来ます!」
「狼狽えるな! 野村を信じろ!」
テレビは浜松工業高等学校の教授が開発した。ブラウン管のモニターに敵艦の姿がグングンと大きくなる。ロケットの加速力は圧倒的に尽きた。数秒で画面のいっぱいに特徴的な三連装の砲塔を映す。一番機の爆撃手は忠実に脆弱な副砲の5インチ両用砲を狙った。戦艦の中でも主砲が最も頑強な部分のため、徹甲爆弾と雖も弾かれる可能性があり、脆弱で弾薬庫の誘爆を狙える副砲に狙いを定める。
「突っ込めぇ!」
渾身の一声が機内に響くとテレビ放映は突如として終わった。サウスダコタ級戦艦二番艦インディアナの左舷5インチ両用砲に突き刺さる。敵艦は大地震に襲われていること間違いなしだ。二番機以下のア号爆弾も連続する。悠長に観察している余裕はなかった。敵機から逃れることに残存燃料の心配も重なろう。
「ありゃ無事ではいられない。そら逃げるぞ!」
「ビールが待ってますんで。はよう帰りましょう」
「重圧から解放されたとは言え緩み過ぎだ。今日のことは簡単でいいから纏めておけよ」
「わかりました。これもお国とビールのために」
連山隊は必死に上がって来るペロハチを尻目に悠々と退避した。彼らの下でインディアナが災厄に襲われている。5インチ両用砲は完全に消失した。弾薬庫には対地砲撃用の榴弾を多めに積み上げる。これが一斉に誘爆して両舷に大破孔が生じた。流石の頑強を以て主砲は健在を維持する。ア号爆弾の1発が風に流されたのか第二砲塔に突っ込むと己のスピードと大重量の合わせ技で装甲をこじ開けた。
第二砲塔は完全に拉げると数分後に直上へ旅立つ。5インチ両用砲周辺の大火災と合わさって災厄は連鎖した。ルーキーのダメージコントロールは稚拙を極める。艦長が的確な指示を飛ばせどルーキーはあわあわして何もできなかった。最前線に無理矢理でも連れて来たツケを支払わされる。大火災は止まることを知らず駆逐艦が放水を始めても嘲笑を見せた。第二砲塔から左舷にかけて大亀裂が生じて浸水を招いては堪らない。
ソロモンの地獄は序章を終えた。
続く