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第73話 イル河戦車戦

=ガダルカナル島・イル河=




「お出でなすったな。敵戦車だが随分と不格好じゃないか」




「ありゃM3兄弟じゃないですかね。最新の資料に乗っていましたわ」




「軽戦車なら鹵獲したいが中戦車は要らんよ」




 米軍は支援部隊の猛烈な砲撃と空爆を繰り返して沿岸部の障壁を排除した。海上の機雷は改めて除去に成功する。今度は陸上の地雷とブービートラップが立ち塞がった。歩兵が1日に進むことのできる距離は数キロが精々である。日本兵は至る所に潜伏して高位の士官を狙撃した。日本軍の狙撃銃は恐怖の対象となる。特徴的なパシュン!という音は砲撃よりも恐ろしかった。どこからともなく銃弾が飛んできて眉間を正確に撃ち抜かれる。




 日本軍のゲリラ的な戦闘に重火器の投入を余儀なくされた。75mm野砲を揚陸して敵陣地を確実に潰す。M3軽戦車も投入して歩兵の盾と機能させて一日に一つずつを突破した。イル河を渡ろうとした際に猛烈な機関銃の射撃と迫撃砲の砲撃を被る。一気に遅滞を強いられた。戦車の支援を欠いた渡河は悲惨に尽きて歩兵は次々と斃れる。




 あまりの損害に一旦は攻撃を停止して追加の戦車を待った。既存の戦車も悪路の走破に手間取る。行動不能に陥ったところを機動対戦車砲が狙い撃ちにした。対戦車地雷はもちろん不発弾を流用した即席の地雷も登場する。地雷よりも不発弾の方が脅威を為し、自軍の航空爆弾と砲弾は一発で戦車数両を吹っ飛ばし、砲撃と空爆を加える程に敵へ弾薬を供給した。




「ギリギリまで絞り込めよ。高地の自走砲が撃ち始めてからだ」




「こいつの47mmは側面と背面からでないとぶち破れない。75mmの新型が欲しい」




「贅沢を言うんじゃない。ガダルカナルに捨てた者に与えられるか」




「なんちゅう言い方です。あとで回収してもらえます。いつかわかりませんがね」




「俺たちは祖国の勝利のためにガダルカナルで死ぬんだ。今更撤回しても遅いぞ」




「へいへい」




 米軍も愚者の集団でないと言わんばかりに戦車を一挙に投入する。M3軽戦車は新兵器のキャニスター弾(榴散弾)を投射しながら機銃掃射も怠らなかった。イル河を挟んだ先に敵の姿が見えなくても弾が尽きるまで砲撃と銃撃を止めない。ここで真打ち登場の新型戦車を贅沢に押し立てた。




 新型戦車と言うには不格好が過ぎる。笑うこともできなかった。幼子が粘土で作ったのかと言いたくなる姿は米軍のM3中戦車らしい。米軍は各国の新型戦車を目の当たりにして75mm砲搭載の新型戦車に切り替えた。しかし、大口径の75mm砲を砲塔に収めることは意外と難しい。とりあえずの中継ぎを欲すると試作戦車を素体に急ピッチで開発を進めた。




 その末に珍妙なM3中戦車が誕生する。




 M3中戦車は車体右側に限定旋回式の75mm戦車砲を装備して大火力を吐き出した。上部左側に37mm戦車砲を収めた全周旋回式の砲塔を有して細々とした目標を狙撃する。75mm砲1門と37mm砲1門に7.62mm機銃4門のチンドコだ。M3中戦車の見た目は不格好と雖も37mm砲による榴散弾の速射は恐ろしい。75mm砲の榴弾も堅牢な陣地に穴を開けた。車載機銃も絶え間なく弾幕を形成する。ガダルカナル島においては最強の兵器と言われた。




「まだだ…」




「いつになったら砲撃を始めるんです。高台から観戦なんて…」




「ゴタゴタいうな。それよりも砲撃が来るぞ。各員は衝撃に備えろ」




「47mm徹甲弾は死んでも落としません」




 草原という簡易飛行場を発した九七式司令部偵察機が新型戦車の出現を察知する。いかにも戦車な見た目ならともかくだ。M3中戦車は一目で判別できる。アフリカ戦線から入手した情報を基に対抗策が練られる。対戦車戦闘は真正面を回避して側方ないし後方からの奇襲を絶対に定めた。ガダルカナル島にも有力な対戦車砲と野砲が配備されている。絶対的に数が少なかった。これまでの砲撃と爆撃により破壊された砲門もある。




 ガ島戦車隊の出番が訪れた。彼らは戦車隊と勇ましい割に装備は旧式化の群れである。ノモンハン事変で主力を務めた九七式中戦車改の『チハ改』と九八式軽戦車の『ケニ改』が訓練用から転属した。主力戦車は順次新型に切り替わり、従来型は小幅な改良の上に警戒用や偵察用、訓練用に下げられたが、ガダルカナル島など僻地に配備が進められる。今まで米軍と大規模な戦車戦が起こらなかった。それ故に今回が初めての本格的な戦車戦となろう。




 チハ改とケニ改の47mm戦車砲は長砲身より高い貫徹力を発揮した。M3中戦車の装甲を真正面から破ることはできない。したがって、基本に忠実として側面からの奇襲を仕掛けた。今日も草木の擬装を纏うと渡河を試みる敵戦車隊を待ち伏せる。車長らの視界に収まっても直ぐに砲撃する愚は犯さなかった。47mm砲の有効射程圏内まで息を潜める。




「着弾する。まだ撃つな」




「歩兵の動きが慌ただしくなります」




「音を聞いたが時すでに遅し。余裕のある時に掃射してやれ」




「狙い撃ちは慣れていますので」




「今だ! 戦車前へ! 突撃ぃ!」




 高地の自走砲が虎視眈々と狙っていた。ホイ1が僅か数両で10cm榴弾砲を向けている。10cmの榴弾が投射された先にM3中戦車とM3軽戦車が隊列を組んだ。大口径の榴弾の威力や凄まじい。これが直撃すれば一撃で残骸と変えた。仮に至近弾でも履帯を断絶して装甲を傷だらけにする。何よりも随伴の歩兵を薙ぎ倒すことで一瞬にして混乱の渦中に突き落とした。




 敵戦車隊の混乱に乗じてチハ改とケニ改はエンジンを唸らせて突撃を敢行する。木と木の間から狙撃する方が安全と言われるが、残念ながら、米軍は抜け目ない組織で不正解が与えられた。すぐにでも爆撃機が飛んできて林丸ごとを焼き尽くす。敵戦車隊に突っ込むことで敵味方が入り混じる混沌を作り出した。さすがに味方ごと航空爆弾でふっ飛ばす真似はできない。




「てっ!」




「装填急げよ。休むな」




「装填したぞ!」




「次だ! 側面からなら十分に撃破できる! 中戦車を優先的に叩く!」




 47mm徹甲弾がM3中戦車の垂直な側面装甲に吸い込まれていった。敵戦車は完全に沈黙する。兵士が血だらけになりながら脱出を試みるが機銃掃射に遭った。どれだけ屈強な戦車も至近距離から47mm徹甲弾を貰えばひとたまりもない。47mm徹甲弾は厳密には炸薬がタップリの徹甲榴弾だった。一度装甲を破ると内部で炸薬が破壊を開始する。砲弾に誘爆したのか盛大に37mm砲塔が消失することも見受けられた。




 側方からの奇襲を確信すれば即座に反撃に出る。37mm戦車砲は全周旋回式でチハ改を正確に狙った。チハ改も数両が被弾したが榴散弾ではまったく傷つかない。徹甲弾を受けても貫徹を許さなかった。砲弾の返礼品に砲弾をおみまいする。チハ改は現地改造で装甲板をリベット打ちした37mm砲程度では簡単にやられなかった。大混戦の中では必然的に被害は生じる。75mm砲弾の直撃で爆散するチハ改とケニ改は少なくなかった。




「ここで死する。地獄の島で地獄へ参る。悪いもんじゃないな…」




 イル河の戦車戦はガダルカナル島の激戦を象徴する。この戦闘でM3の中戦車も軽戦車も多くが失われて歩兵の被害も甚大に上った。日本軍もチハ改とケニ改が壊滅状態に至れど極少数が生き残る。彼らは所定の後方陣地まで後退すると自車を大地に埋めて即席のトーチカを構築した。イル河で戦車隊が壊滅したことに追加を余儀なくされるが米軍の輸送は常に危険に晒される。追加を送る度に輸送船は沈められて数多の将兵と武器、弾薬が消えた。




 ガダルカナル島の地獄はいつまで続くのだろう。




続く

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