第72話 米軍後方拠点を叩け!
「航空戦艦の仕事はこれでよい。私の仕事もこれでよい。万事がよしである」
ソロモン諸島を巡る戦いに米軍の後方拠点が「目の上のたん瘤」と鎮座した。ニューヘブリディーズ諸島とニューカレドニアに大規模な飛行場が建設されるとB-17とB-24が進出する。ここに「蜘蛛の巣」と恐れる空域が完成した。日本軍の輸送船団や潜水艦、哨戒機は空域に引っ掛かると忽ち絡め取られる。無視できない一定程度の損害を出していた。南方方面は順調と宣伝する裏には犠牲が積み上げられる。
「私は納得できません。あまりにも危険な任務には価値の薄い戦力を充てるなんて」
日本軍も米軍後方拠点を叩くことは何度も計画してきた。基地航空隊の重爆撃機は航続距離の問題がある。ソロモン諸島に前線飛行場を置いても邪魔にしかならず、空母機動部隊の機動空襲が一番に挙げられるが、先の珊瑚海海戦(ポートモレスビー攻略に係る)が苦い経験と残された。大型空母の修復は現在進行形で代替も改造空母しかない。
「参謀の言いたいことはわかるが致し方あるまいよ。まだ活躍の機会を得られるだけ喜ばしい」
陸軍と海軍は協議を現場単位から司令部単位に繰り上げて一撃離脱攻撃に妥結した。さっと一撃を加えて速やかに退避することで損耗を最小限に抑える。米軍に与えられる打撃は限定的で早期復旧もあり得た。ひとまず、蜘蛛の巣を払うことができれば上出来とする。
陸軍は図に乗って後方拠点を一気に占領しようと言い出した。石原莞爾が雷を落としてピシャッと封じる。海軍がミッドウェーを落とした後は陸軍の番と同地の占領を引き出した。ソロモン諸島に主戦力を撃滅した後に攻略する予定に修正する。米豪遮断作戦は短期的でなく長期的を見据えた。オーストラリアを脱落させて長期戦に持ち込む。
「角田さんに隼鷹と飛鷹をいただいた。翔鶴型に匹敵する大型空母が2隻もいる」
「親父は文句を言うなって。それとなく…」
「わかりました。引き下がりましょう」
「我らに空襲が来れば儲けものと認識している。高角砲と高角機銃を増備した上に対空用噴進砲は面白い」
海軍も主力級艦艇はミッドウェー攻撃に割いた。その都合で補助戦力と二線級戦力が精々である。各地の基地航空隊が艦隊の代替と草鹿任一中将が率いた。ソロモン諸島の航空戦で零戦の中期型や重戦闘機の月光、局地戦闘機の雷電が飛び回る。先述のように航続距離の問題から後方拠点攻撃から除外されてソロモン諸島航空戦に集中した。飛行場を短時間で効率的に破壊出来る兵器を欲すると大口径の艦砲に落ち着き、余剰の戦艦をくまなく捜索した末に扶桑型と伊勢型の航空戦艦が浮上している。
扶桑型と伊勢型は大改装を受けて36cm連装砲2基の前部集中配置を採った。従来の後部甲板は平坦に変えて艦載機を満載する。世にも珍妙な航空戦艦ないし戦闘空母に改造された。両姉妹は各地の強襲上陸や拠点近辺の対潜掃討、島嶼部への航空機輸送などに活躍する。非常に地味な役回りで輝かしい戦果こそ挙げなかった。日本海軍になくてはならない希少な戦力である。
扶桑型と伊勢型の艦砲射撃は4隻で36cm砲16門の中途半端が呈された。航空戦艦らしく艦載機の襲撃機を搭載する。主砲の艦砲射撃に艦載機の低空襲撃が加わることで隙を見せなかった。とはいえ、海軍も同様の懸念を抱くと低速で足並みを揃えられる隼鷹と飛鷹の商船改造空母を付ける。空母の打たれ弱さを戦艦の重装甲が補ったり、戦艦の防空能力の低さを空母の艦戦が補ったり、お互いに短所を長所で埋め合った。
「敵飛行場には三式弾改を使用します。零式弾も多めに持参しましたが、徹甲弾もそこそこありまして、いかがなさいますか」
「空襲の恐れを鑑みて全弾を撃ち尽くしたい。勝手に爆発されても困る。回避機動中に誘爆されては堪らない」
「親父が考案した爆撃回避法です。あれは急降下爆撃の絶大です。水平爆撃は恐れるまでもない」
「問題は反跳爆撃の対処法です。陸軍航空隊が敵艦隊に痛撃を与えた以上は意趣返しを恐れるべきかと存じます」
「その時こそ後部甲板の対空火器が出番と躍り出る。対空噴進砲に高角砲、高角機銃はいくらあっても足りなかった。無茶を言ってきた甲斐がある」
最終的な編成は以下に纏められる。
~米軍後方拠点に係る挺身隊(第四航空艦隊)~
司令官:角田覚治中将
〇仮称四航戦
空母:『隼鷹(旗艦)』『飛鷹』
駆逐:『式波』『綾波』『浦波』
〇挺身隊(指揮:松田千秋少将)
戦艦:『扶桑』『山城』『伊勢』『日向』
軽巡:『五十鈴』
駆逐:『黒潮』『早潮』『海風』『江風』『涼風』
その他:艦隊随伴給油艦など
艦隊が仮称四航戦を受領する際に角田覚治中将が空母艦隊の指揮を執った。従来組は松田千秋少将を新たな指揮官に迎える。松田少将は予てから先進兵器の有効性を訴えてきた。電探の最大限に活用する方法の研究など学者的である。彼が考案した急降下爆撃の回避法を纏めた教本は実戦で有効性を認められた。珊瑚海海戦の局所的な完敗からも回避機動の刷新が図られて急速に浸透する。
彼に扶桑型と伊勢型の4隻を預けられたことは栄転という左遷と言われた。戦艦を指揮できることは光栄と雖も航空戦艦は扱いが難しいのである。全てが中途半端でも防空能力だけは随一を誇り、彼の防空戦闘術と合わさった時が何が起こるのか、左遷は何てこともない適材適所による人材の配置なのだ。
「角田さんはなんと仰られていますか?」
「重爆撃機は一機たりとも生きて返してはいけない。一網打尽である」
「血が騒いでいるようで何よりではありませんか。角田さんの闘志には敬服します」
「空母の副砲に砲撃を命じた。これを笑い話にしてはいけない。不屈の闘志を侮ってはならない。私のように敗北主義者と言われないように気をつけるんだ」
「十分に気をつけます」
松田少将は対米戦に日本必敗を打ち出したことで敗北主義者と罵られる。当時は「いざ米英を打倒せん」と息巻いた。彼が理性的に綴っても周囲は感情的にならざるを得ない。ほとぼりが冷めるまで水上機母艦の艦長を過ごし、日向艦長に収まって研鑽を積み、少将昇進と艦隊を預かるまでに至った。
「陸軍が偵察機を危険を承知で飛ばしてくれた。ガダルカナルの爆撃から帰投するところを追跡して敵重爆撃機が着陸したところを叩く」
「襲撃機の回収はいかがなさいますか。敵機が襲来している中では着艦作業なんて」
「機材を捨てろ。美濃部大尉以下は必ず回収する。一兵たりとも見捨ててはならん」
ちょうど良く襲撃機が艦橋の傍を通過する。搭乗員は敬礼を見せた。通過後もバンクを振ってから仕事に向かう。美濃部大尉を筆頭に暇な時間を作らないと対潜警戒を交代制で敷いた。米潜水艦はいくら駆除してもワラワラと湧いてくる。それ故にイタチごっこが呈されて一つ一つを丁寧に潰していくしかなかった。後方拠点は文字通りの後方で帰投中を食えるかもしれない。本作戦は後方拠点の無力化にオマケが付随するが古人は「二兎を追う者は一兎をも得ず」と戒めた。
「地上のB-17とB-24はまな板の鯉です。襲撃機が爆撃と銃撃で捌くでしょうな」
「その前に三式弾が焼き尽くす。彼らの仕事を奪うことが忍びない」
「全員に等しく期待している。どこかの誰かに贔屓はせん」
松田少将は一寸も腐ることなく任務の遂行を掲げる。部下達は「親父」と親しみを覚えると素直に従った。米軍よ単なる寄せ集めで中途半端な連中と侮ることなかれ。ソロモン諸島の地獄は津波の如く後方拠点まで到達するんだ。
続く