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第69話 ガ島撤退作戦の加速

=ソロモン海=




「対潜哨戒機より報告! 敵潜水艦らしき船影あり!」




「対潜戦闘用意!」




「爆雷班と迫撃班はいつでも撃てるようにしろ!」




 ガダルカナル島撤退作戦が連合国軍に察せられては破綻しかねない。輸送船は後方拠点と各島の間でピストン輸送を行うが、常に敵潜水艦の脅威に曝されるため、海軍は事実上の対潜艦隊である海上護衛総隊を送り込んだ。これは陸軍の石原莞爾が何度も何度も要求してようやく実現している。




 海軍は手始めに旧式化した軽巡洋艦を対潜掃討艦に改造して便宜的な旗艦と据えた。戦時量産型の海防艦を大量建造した上で数量を付け加える。短距離向けの駆潜艇や哨戒艇も建造した数は優に100隻を突破して200隻を目指した。満州を筆頭に中華民国がフル稼働しているが簡素な設計の小型艦ならば十分に量産できる。




「哨戒機が発煙筒を投下!」




「爆雷投射始め!」




 米海軍は潜水艦を大動員して輸送の遮断に出て来た。日本海軍が米国本土と豪州の近海で通商破壊作戦を展開することの意趣返しかもしれない。日本軍も無敵と限らず一定程度の被害を受けた。主力級艦艇の損耗は最小限に抑えているが非力な輸送船が沈められる。陸軍の装備が深海に沈んでしまった。陸軍と海軍は普段のいがみ合いを収めると、石原莞爾と長谷川清、堀悌吉らが合同で対潜作戦を始めることに合意する。




 陸軍は独自の船舶である特型航空機運送艦を放出した。陸軍は各地で広く運用中の高速油槽船を素体に航空機運送艦へ転用ないし改造を行う。要は和製の護衛空母というわけだ。陸軍は海軍の助力を得て自前の空母建造を目指すが、諸般の事情より、空母ではない航空機運送艦に妥協する。あくまでも、最前線に航空機を運送するに過ぎないが、円滑な輸送を掲げて全通式飛行甲板やエレベーター、格納庫を有した。海軍のプライドを無駄に刺激しないよう輸送艦の類であると誤魔化す。




 九八式直接協同偵察機や九九式襲撃機、九七式司令部偵察機を積み込んだ。どれも旧式の機体であるが低空の安定性に優れる。敵潜水艦をくまなく捜索する対潜哨戒機に活路を見出した。小型の対潜爆弾ならば十分に吊架できて航続距離も気にならない。内地の倉庫で眠らせるには惜しかった。ソロモン諸島においても各艦に素早く正確に敵潜水艦の位置を伝達する。




「仕留め損なったようです」




「仕方あるまい。よほど条件が良くなければ沈められん」




「多連装迫撃砲撃て!」




「爆雷を絶やすなよ! どうせ旧式の物だ。浅い海には丁度良い」




 哨戒機が敵潜水艦らしき船影を認めると即座に対潜戦闘に突入した。仮に空振りに終わっても一切叱責されない。下手に慎重を期して被雷するぐらいなら過敏になった方がマシと割り切った。海防艦と駆潜艇、警戒艇が現場に急行して包囲の格好を採る。




「本艦は輸送中も対潜作戦に参加できます。海防戦艦の名前に偽りはありません。いつか本当の戦艦を作り上げたいものですが時すでに遅しでしょう」




「あまりに分断され過ぎた。日本の助力を得ようと大型艦は要らない。これからは中型から小型の艦艇で良いが、日本の艦艇を受け入れて整備するなど、技術と経験の蓄積は怠っては前時代に戻る」




「大陸国家は大陸に専念しましょう。ソビエト連邦から中華の大地を取り戻す」




「ソ連とは中立を貫いている。いつか衝突する時が訪れた。ウラジオストク港に乗り上げても面白いな」




「その時まで沈んでいなければ…」




「不吉なことを言うな…」




「7時方向から魚雷接近!」




「艦尾魚雷を使ったな。本艦を道連れにする。あいにく、低速だが機敏であるよ」




 敵潜水艦と戦闘中にも関わらず艦長らは会話に興じていた。本艦は中華民国海軍の栄えある満州型海防戦艦一番艦の『満州』と見える。海防戦艦らしく30cm連装砲2基と高角砲を携えた。艦後部は平坦の上に大量の爆雷と多数の投射機、新兵器の対潜迫撃砲を備える。さらに、大きなクレーンとデリック、艦内に多目的な空間を用意して海防戦艦とは名ばかりの戦闘輸送艦と称するが適切かもしれなかった。




 満州は海防艦等に対潜戦闘を任せると言いながら自身も爆雷の投射と迫撃砲の砲撃叩き込む。艦隊旗艦ながら戦闘に積極的に参加した。敵潜水艦を確実に沈める以外に確固たる理由が存在する。本艦に搭乗する各員の練度を高めることで将来の教官を育成した。中華民国海軍は未だ貧弱で日本海軍におんぶにだっこである。実戦こそ将来を見越した育成に注力する最高の機会なのだ。




「目一杯に舵を切れ。ここは浅いが座礁する程ではない」




「はい!」




「まだ来る!」




「な~に慌てるな。敵さんの狙いは外れる」




「当たるな…当たるな」




 水兵たちの慌てようと対照的に初老の艦長はドカッと立っている。まだ満足に実戦経験を積めていない若者たちとは経験が違い過ぎた。彼は河川砲艦でソ連軍と撃ち合って重傷を負ったことで恐怖心を克服している。日本留学時に海軍魂を座学に拳を含めて骨の髄まで叩き込まれた。年長者と兵士を率いる身分になって熟成を果たすと、敵潜水艦の雷撃は艦尾魚雷発射管によるものと看破し、それも苦し紛れに敵艦を道連れにするための最後っ屁らしい。




「魚雷はギリギリで通過していきました。射線上に味方艦はいません」




「最速25ノットの回避を見れただろうか」




「残念ながら、重油が浮かんできました。それも大規模にです」




「そうか。祈りを捧げてやれ」




 満州は最速で25ノットを発揮した。低速と高速のどちらも当てはまらない。普段は20ノットで航行することが多いと雖も一時的な最大出力で緊急的な回避は十分に可能と見せつけた。敵潜水艦は満州の機敏な回避を見る前に浅瀬の漁礁と化している。哨戒機が海面に大量の重油が浮かんで来たことを視認して哨戒艇も敵潜水艦らしき残骸を認めた。仮に命からがら生き延びていようと雷撃機会は二度と訪れない。それどころか最寄りのオーストラリアの基地まで逃げ延びられるか不透明を呈した。




「本来の仕事に戻るように。輸送の計画が滞ってはいけない」




「之字航行はいかがなさいますか?」




「今は時間との勝負なんだ。ジグザクは無駄に過ぎん。その代わりに空軍の支援を要請するんだ」




「かしこまりました。すぐにでも来てくれるでしょう」




「あの航空機運送艦は優秀でも限界が存在する。支援は過剰な程に受けたい」




 通信が途絶した味方を探して他の敵潜水艦が集まってくるかもしれず、潜水艦の追跡から逃れる術に之字航行という回避方法があれど、艦長は時間の無駄と切り捨て最速の航路を採用することを命じる。これの代替に空軍(航空隊)の支援を要請して上空の哨戒機の数が増えれば雷撃を諦めてくれるはずだ。




「それよりも魚雷艇の出現に備えよ。何時の何処から現れるかわからん」




「PTボートは厄介です。とにかく足が速くて小柄なので弾が当たりません」




「最近は輸送船も重機関銃と軽機関銃を針鼠に武装した。我々の想定よりも米軍の動きは高速である」




 彼らが潜水艦よりも警戒すべき対象は魚雷艇のPTボートに定まる。PTボートは小柄な船体に必殺の魚雷を携えながら40ノットの高速で接近した。レーダーには映らない上に肉眼も機能しない。ソロモン諸島の入り組んだ地形では非常に厄介を極めた。護衛艦はともかく輸送船も自衛手段に高射機関砲と重機関銃、軽機関銃を仮設する程に恐れている。




「最悪はガ島に乗り上げるかもしれないな…」




「え?」




「いや、独り言だ。気にしないでくれ」




 老艦長は楽観主義者を振り撒く裏腹に内心は最悪の状況を想定した。




 将来の中華民国海軍元帥たる所以がここにある。




続く

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