第68話 ラバウル航空隊は負けじ
「うちのお上と陸軍のお上が面談している。こんな時を狙って来ると思ったよ」
日本陸軍はソロモン諸島における連合軍の撃滅を主張した。日本海軍は連合艦隊を筆頭にミッドウェー島攻略を主張する。石原莞爾による調整で双方の採用が図られたが、必ずしも実現に至るということもないようであり、現場単位で小競り合いは日常茶飯事だ。
「山本の親父をやらせるな。無事に内地まで返すぞ」
ソロモン方面の第八方面軍今村大将は連合艦隊の計画を明確に拒絶する。連合艦隊は珊瑚海海戦の辛勝より「上陸作戦において空母艦隊の運用が危険である」を学んでいなかった。再び敵空母艦隊の待ち伏せと敵基地航空隊の空襲を被る。貴重な空母が無駄に擦り減ると主張して不勉強を痛烈に指摘した。海軍同方面の草鹿任一少将も同調する珍事が起こる。
「海軍の世話にはならん。軽戦闘機の矜持を教えてやる」
陸海軍の確執はニューギニアからソロモン諸島にかけて表面化した。日米決戦に勝利するために不仲は要らない。石原莞爾の出る幕は無かった。お互いに歩み寄りの姿勢を見せる。連合艦隊司令長官はラバウルまで一式陸攻で赴いた。現地の第八方面軍司令官と会談の場を設ける。
「零戦も雷電も良い戦闘機だが隼に勝てるか」
「おいおい無線が聞こえちまうぞ」
「良いじゃないか。装備を同じにした方が楽だからな」
連合国軍は優秀な情報部門を抱えた。山本長官のラバウル訪問を察知する。一気にラバウルを攻めようと試みるが航続距離が足りなかった。新型のB-24重爆撃機はB-17よりも長大と雖も無茶が呈される。オーストラリアの北東部に新しい航空基地を設けることで解決したが、兵員と資材、機材の輸送は困難を極めており、完成までに輸送船は10隻以上も沈められた。戦時標準船のリバティ船は潜水艦の雷撃を被るまでもなく機雷に触れるとあっという間に沈没する。
B-24はP-38とボーファイターに護衛されて一路とラバウルを目指した。連合国軍は連日のようにラバウル航空隊としのぎを削っている。日本軍の基地航空隊の中でもラバウル航空隊は最精鋭を自覚した。山本長官と今村司令の会談が行われる以上は一機たりとも通さない。今日だけは陸軍と海軍の共同作戦と言わんばかりだ。各自の飛行場から軽戦闘機と重戦闘機、双発戦闘機が飛び立つ。
「零戦が突っ込んだ。俺たちは低空に弾き出された敵機を食らう」
「了解」
「隼の戦い方を理解してくれますかねぇ」
「雷電と月光は敵爆撃機に向かう。零戦は敵戦闘機を食い散らかすはずだ」
「栄光のラバウル航空隊よ」
海軍航空隊の主力戦闘機は未だに零戦が務めたが、敵爆撃機の迎撃には非力が指摘されると局地戦闘機の雷電が登場し、一層の大火力で斜め機銃を備えた双発機も到着した。雷電は優れた上昇力を活かして重爆隊を上方から脅かす。双発機は斜め機銃で下方から狙いを定めた。敵戦闘機は当然ながら阻止に出るところを零戦隊が突っ込む。
零戦は発動機の換装だけでなく、主翼と胴体の小幅な変更、機銃の換装、無線機の換装など様々な改良が加えられた。日米開戦から圧倒的な性能を誇ったのは束の間である。米軍は好敵手のF4Fを投入した上に対抗策を講ずると圧勝は消えて辛勝に押された。時には惨敗を喫することさえもある。海軍は後継機開発を急いでいるが、とても間に合わず、中継ぎ投手として更なる改良型を送り出した。現在は陸軍と協議して発動機と機銃など供給を一本化して開発の効率化を図る。
P-38とボーファイターは自慢の高速を活かした一撃離脱戦法で歓迎した。零戦も十分に高速の機体でも時速600キロの壁を超えられない。陸軍の軽戦闘機も同様だが、別個の重戦闘機は易々と超えてみせ、陸軍機の導入が一時提案される程だ。海軍ラバウル航空隊は一撃離脱戦法の対処法を理解してエースパイロットは尚更を行動で示す。
「バカ! 行くんじゃない! ジャックス!」
「あのゼロはカモだ! 孤立したゼロは狙い時って!」
「違う! 何でも教本を信頼するな!」
「基本に忠実こそ!」
米軍側の航空無線に楽観は欠片も聞かれなかった。B-24重爆撃機は新鋭機と期待した割に使い辛さが否めない。B-17爆撃機に戻してくれなんて辛辣な声が聞かれるが決して駄作機ではないことに留意を求めた。B-17が空の要塞を誇ったように偉大過ぎたのである。B-24もB-17の欠点を埋めようと試みた末に誕生して大量の爆弾を遠方まで運搬できた。
それはさておき、P-38の若い兵士は孤立したゼロファイターに目を付ける。敵機の乳白色は否が応でも目立った。米兵の肉眼で識別は容易と格好の目標に照準を絞る。彼は訓練で対ゼロに幾度となく繰り返してきた。早速の一撃離脱攻撃を始める。指導役の先輩は大声で制止した。ラバウルの敵機が一様に濃緑色で塗装されている中で乳白色は危険を主張する。
「そのまま突っ込むんだ! 絶対に旋回するんじゃない!」
「おわぁ! 避けられた!?」
「射撃が早すぎるんだ! フィフティーンキャリバーを過信するなと言っただろう!」
「ちくしょう! このまま落とされてたまるか!」
「行くな! 乗るなぁ!」
「ライトニングを舐めるなよ! ジャップがぁ!」
「あいつは自分から死んだんです。俺たちに責任はありません」
「馬鹿野郎が…」
ゼロに威勢よく突っ込んだが直ぐに情けない声を漏らした。ゼロは突っ込みに気付くとギリギリまで距離を縮め、ブローニングが射撃を開始しても動じないでおり、空中衝突を危惧するまでに接近する。ゼロは機体を左へ滑らせて急旋回を披露した。あまりの挙動に全員が息を呑む。P-38は若輩を証明するように急降下離脱を拒否して高速域の格闘戦を選択した。最悪の悪手と指導役は苦虫を噛み潰したよう。自身が手塩に掛ける若手がオーバーシュートした末に後方に食い付かれた。ゼロの20mm機関砲弾により粉砕される様子を眺める。P-38は堅牢な重戦闘機でも20mm弾には無力で防弾は悉く撃ち砕かれた。
「あいつはエースだ!」
ご名答である。
「坂井さんの左滑りと急旋回はいつ見ても堪らねぇ。あんな挙動ができるものか」
「西沢さんや岩本さん、赤松さんとは違った。零戦二一型に固持した理由がわかる」
「ペロハチを誰よりもペロッと食っている」
これを眺めていた中隊の零戦たちは感嘆を述べた。ラバウルには所謂のエースパイロットが数多も在籍する。ラバウルの魔王こと西沢広義とラバウルの撃墜王こと岩本徹三は著名を重ねた。米軍もラバウル航空隊の精強さに舌を巻いて戦力を1000機近くと過大に見積もる。
「若い。若すぎる」
「俺と芹沢が参加するまでもありません。アメさんもいい加減にしてほしい」
「敵軍と事情は共通している。戦線の拡大に伴って航空兵が不足した。彼も必要最低限の訓練だけ受けている」
「芹沢はよかったなぁ。坂井さんに師事できた」
「はい。ありがとうございます」
米軍も人材不足と知れた。敵機は零戦に格闘戦を挑むと言う愚を犯す以前に一撃離脱戦法を知らない。彼らが装備する12.7mm機銃は非常に優秀だ。これを扱う者が弱輩では使い切れない。彼我の距離を見誤った末の早撃ちは心の中で「下手くそ」と呟かざるを得なかった。米軍はパイロットの速成と促成に注力している。零戦対策も叩き込んだが、如何せん、訓練上がりの新人にラバウルは酷が過ぎた。日本軍も同様の事情を抱えている。教官は中華内戦を経験した叩き上げが務めて入念に教え込んだ。仮に訓練を修了した配属先も先輩が過剰に保護している。新人を邪険に扱う者は即刻と僻地へ飛ばされた。
「まだ残っている。赤松さんの雷電隊を支援する」
「陸軍もようやります。これは負けていられない」
「やらせてください。敵機を落とします」
「いくぞ。離れるな」
続く