第65話 南太平洋に強行偵察
ニューカレドニアに代表される南太平洋の島々は日米軍の航空機が連日も飛び回る。日本軍はソロモン諸島に前線基地を設けると陸上偵察機と飛行艇による強硬偵察を強化した。ニューカレドニアに停泊する米艦隊をつぶさに観察する。米軍もB-17や新型のB-24を爆撃を兼ねた偵察に送り出した。
お互いに偵察機を逃がさんと戦闘機を緊急発進させる。日本軍の偵察機は驚異的な健脚を以て寄せ付けなかった。米軍は重爆撃機を送る度に損害を出している。ボマーの損耗も洒落にならなかった。
「ガダルカナル島がハリボテの飛行場と言うが十分じゃないか。ツラギの飛行艇は上手くやっているだろうか」
「今は偵察よりも重爆撃機の迎撃に精を出しているようです。本土防空に開発された重武装仕様を転用しています。一度見たことがありますが機銃の針山でした」
「飛行艇の偵察は無茶が過ぎる。陸上偵察機の仕事を奪わないでもらおうか。俺たちの仕事は石原閣下に直接送られるぞ」
ソロモン諸島に前線基地をと言う実際はハリボテに過ぎない。米軍に敢えて察知させることで誘き寄せた。ソロモン諸島で米海軍も米陸軍も一挙に撃滅する策を講じるに情報収集は欠かせない。ガダルカナル島の飛行場は一応の機能を有して戦闘機や偵察機は十分に運用できた。
ガダルカナル島からニューカレドニアは片道で約2000kmの遠方に該当する。日本海軍も重爆撃機に匹敵する飛行艇を投入した。日本陸軍は自分達で職務を果たすと言わんばかりに自前の高速偵察機を贅沢に投入する。陸軍は欧州諸国の軍に先駆けて戦略偵察機を開発して実戦投入した。司令部偵察機は地味ながらも多大な貢献を挙げる。
「流石に空母はいないようだ。かのアメリカも新鋭空母は半年では作れん」
「乗組員の習熟もありますから。我々も同様です。昔は日本人が占めていました。今は満州上がりや中国上がり、台湾上がりなど多民族です」
「ガダルカナル島に満州型海防戦艦が来た時は驚いたな。後部甲板に物資をパンパンにして揚陸作業なんて」
「中華民国海軍にお古を渡し続けるわけにもいかないのでしょう。石原閣下の口添えですね」
「おっと、高射砲が動き始めたな。この偵察機に高射砲を撃ち込む。なんと余裕綽々だ」
ニューカレドニアの南西から地形に沿うように飛行した。島の整備された港湾に空母の姿は見られない。珊瑚海の海戦にて正規空母1隻は撃沈されてもう1隻は大破した。これで太平洋に稼働する空母は実質的にゼロに陥る。大西洋から引き抜いて穴埋めを図った。さらに、両洋艦隊法に基づく新鋭空母の建造も開始されている。来年には正規と非正規を問わず10隻以上の空母が太平洋に踊り出た。
偵察機はスロットルを若干と強める。高射砲が射撃を開始すれば忽ち対空砲弾の炸裂による煙に包み込まれた。爆撃機や飛行艇といった図体の大きな機体は明確な脅威である。戦略偵察機の百式司令部偵察機三型はスマートを主張した。本機の軽快な機動性も相まって機内が揺れる程度で収まる。
偵察員はライカ製カメラで写真を撮ると同時並行でメモに詳細を書き綴った。彼らの仕事は前線を超えて内地の石原莞爾に届けられる。本作戦は石原閣下の肝いりと聞いた。自分達の仕事で戦局が狂うことを骨の髄まで理解する。沿岸砲と高射砲の正確な位置と数、飛行場の戦闘機や爆撃機の陣容、港湾の連合国の艦艇など一つも漏れなく書き記した。
「戦闘機が上がって来た。ペロハチだ」
「ソロモン諸島で閣下を襲った。まさに蛮族です」
「どれだけ足が早かろうと百式には追い付かん。ロケットを点火…」
「待ってください! 戦艦! 戦艦です!」
「なんだとぉ! 遂にお出でなすったか!」
空から睨む敵戦艦と海から睨む敵機。
~ダンベア湾~
「偵察機を黙らせられないのか」
「司令のお気持ちは痛いほどに理解できます。奴は地獄の天使です。ライトニングが捕まえられるはずがありません。ワイルドキャットは論ずるまでもなく」
ニューカレドニアのダンベア湾に連合国の艦隊が集結した。日本軍が米豪遮断作戦を展開する前から中継局を全うする。米豪遮断の危機が高まるにつれて必要性は高まった。アメリカンなマシンパワーを以て拡張を続ける。今や艦隊規模を受け入れる要衝を為した。
アメリカ本土を発してハワイを経由してダンベア湾に到着する。南太平洋における通商護衛作戦と称して日本軍の攻撃に備えた。その陣容は新太平洋艦隊と言うべき精強を誇る。基幹部隊に新鋭戦艦のノースカロライナ級戦艦『ノースカロライナ』とサウスダコタ級戦艦『サウスダコタ』を据え、オーストラリア海軍を含めた巡洋艦部隊を護衛に纏い、軽巡と駆逐艦の水雷戦隊も現在は留守でも健在だった。
空母が動けない以上は戦艦と巡洋艦に交代せざる得ない。基地航空隊のB-17とB-24、A-20など航空兵力自体は潤沢を極めた。南太平洋の制空権も押されてこそいるが、海兵隊のワイルドキャットとドーントレス、アヴェンジャー、陸軍のライトニングとキティホークの整備を怠らない。
「敵が爆撃してこない事が不気味であるよ。我々が一方的に叩いている」
「とても痛快と思えません。日本軍の爆撃機は一様に足が長いはずなのに…」
「キンケイドが口酸っぱく忠告してきたが拍子抜けした。きっと、待ち構えている」
「賢明な連中ですな。ガダルカナルとツラギを取るためには奇襲でなければ」
新太平洋艦隊を率いるはウィリス・A・リー少将だ。彼は米海軍史上最高の砲術の天才と呼ばれる。空母屋ハルゼーは「戦艦はリーに任せる以外のことがあるか?」と称賛した。大砲屋上がりのスプルーアンスでさえ「私はまったく及ばない」と言わしめる。日本軍を偉大なアメリカの戦艦で叩き潰す大役の適任者を自他共に認めた。あくまでも、前線部隊の指揮官に過ぎないために上官のキンケイド中将の指示に従う。
「キンケイド中将と交渉して作戦を前倒しする。ガダルカナル島とツラギ島の上陸を支援したい」
「通商護衛はいかがいたしましょうか。真珠湾から戻って来る空母の迎えも…」
「それまでに終わらせるだけだ。敵艦隊と砲火を交えることもなく」
「目にもとまらぬ速攻で付け入る隙を与えない」
米軍の大反攻作戦ことウォッチタワー作戦の初段はガダルカナル島とツラギ島などソロモン諸島の制圧にあった。日本陸軍が本格的な基地を完成させて守備隊を整える前に攻略することを最善にする。日本軍の基地をそのまま利用して前線基地を構えた。ニューギニアやニューブリテン島に圧力を加えてアメリカとオーストラリアの連絡を堅持する。
「急ぐ理由は退避したい気持ちもあるんだ。我々が暴露された以上は明日にでも爆撃機が来襲するかもしれない。今までの静けさが不気味で堪らなかった」
「爆撃機はライトニングが撃ち落とします。陸軍航空隊を信じられなくても…」
「私は己の直感を信じている。仮に空振りで終わっても構わん。油槽船が待機した」
「承知いたしました。取り急ぎ、キンケイド中将に連絡を」
「頼むぞ。それと情報部門には毎日どころか半日の単位で問い合わせろ」
リー少将は新鋭戦艦を授けられた。その緊張なのかいつにも増して慎重姿勢を呈する。ガダルカナル島とツラギ島の上陸作戦は暫く先でも前倒しを決めた。ハワイの情報部門に半日単位で問い合わせることを命じる。これ程に急ぐ訳は特に存在しなかった。強いて言うならば、彼の直感と言う警報に根拠を置こう。
「日本にはバケモノがいるからな」
続く