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第64話 大和にて

「私は石原閣下の代理人として参りました。どうかご理解ください」




 大和はトラック泊地にある。彼女は工作艦の助力を得て対空火器の増設と電探の更新の真っ只中に置かれた。海戦の主役が空母に移ると戦艦の仕事は上陸作戦時の艦砲射撃が占め、マレー沖海戦で英海軍の東洋艦隊を撃滅した後はシンガポール要塞攻略やフィリピン攻略戦に駆り出され、大和以外の戦艦も陽動や船団護衛に活動している。




 装備の更新や修理の際は多くの兵士を寝泊まりさせ、トラック泊地で豪華ホテルと揶揄されるが、充実した内装は随一の指揮通信能力を発揮した。秘密の会議を開くに丁度良い。陸地よりも海上の方が外部からの侵入を拒むことができた。陸軍の高官が乗り込んでくることもある。




 穏やかな海の上でピリピリとした空気が流れた。




「陸軍の作戦には反対である」




「海軍の作戦は理解できない」




 陸軍の米豪遮断作戦と海軍のハワイ攻略作戦は真っ向から衝突する。両案は相容れないことを鮮明と浮かび上がらせた。海軍はミッドウェー島を足掛かりにハワイを攻略して太平洋の覇権を握り込む。陸軍はアメリカとオーストラリアを遮断することで南太平洋を掌握した。どちらも太平洋を制することを到達点に定めている。全く折り合いがつかなかった。石原莞爾と山本五十六の頂上会談が求められる。




 一旦は調整を図らんと陸軍から辻政信主席参謀がトラック泊地に派遣された。海軍の用意した会場である。大和に正々堂々と乗り込んだがアウェーに曝された。会場を警備する兵士は使命感に満ち溢れる。彼らの所々に敵対視を感じるが好都合と楽しんでみせた。




「我々も頑迷では勝てないとわかっている。海軍のMI作戦には一定程度の理解を示すが全面的な協力はいただけない」




「フィジーとサモアの攻略は海軍にも好都合である。潜水艦と飛行艇の母地に適した」




「つまりはお互いに旨味のある作戦であって馬鹿な話は聞いていない」




「石原閣下はフィジーとサモアの攻略に際してミッドウェー島の無力化は認めた」




「随分と態度を軟化させたらしい。どんな心変わりか」




「私にもわからない。私がわかってはアメリカを屈服させることはできない」




 石原莞爾はミッドウェー島攻略作戦を頑として認めない。ここにきて「一時的な無力化は認める」という譲歩を示した。フィジーやサモアの攻略にミッドウェー島の一時的な無力化は陽動作戦と受け止める。日米開戦の最初期も水雷戦隊による一撃離脱攻撃が行われた。敵施設に与えた損害は微々たるものだが、水雷戦隊が置き土産に残した雷撃により、米海軍の正規空母1隻を撃沈して棚から牡丹餅である。




「ウェーク島から陸軍航空隊の長距離偵察機を派遣する。海軍の飛行艇だけに迷惑はかけない」




「羽振りのよい。どうせ試験を兼ねているだろう」




「もちろんです」




「しかし、情報戦を怠ることもいけません。前線視察時に襲われたとか」




「暗号は間違いなく解読されています。エニグマも使えません。陸軍は新暗号に順次切り替えますが、旧暗号を所々に織り交ぜて欺瞞情報を流し…」




「我々も変更を強いられる。井上が突き上げてきた」




「堀さんや長谷川さんも同様に口酸っぱくと」




 ここは海軍のホームであることを再認識させられた。辻が言い切る前に山本長官と参謀達が相談を始める。なんと非常識と怒るまでもなかった。辻は独自の思想を携えて海軍に対する嘲笑を必死に抑える。海軍は陸軍の石原莞爾が引っ張らねばならず、米軍相手に自然と負け続けるため、自ら気づかせるように仕向けた。




 陸軍と海軍は共に情報戦の重要性を痛感せざるを得ない。先の石原莞爾のソロモン諸島視察時に囮部隊がP-38に襲撃された。暗号が解読されているに違いない。海軍も陸軍の大事件に驚いた。暗号解読の危険をようやく理解する。今までも輸送船が絶妙なタイミングで潜水艦に襲われることが頻発した。暗号を変えてみたところピタリと止んでいる。これを逆手に取って囮の輸送船を用意して潜水艦を誘き寄せた。基地航空隊の九六式陸攻や九六式艦爆、九六式艦攻、水偵が爆雷を投下する。海防艦と駆潜艇が爆雷と対潜迫撃砲を動員した。連合国海軍の潜水艦を一挙に沈めてやろう。




「珊瑚海の空母決戦から数多の反省を得ている。ミッドウェー島の攻撃は空母を主とするが、戦艦を護衛艦隊に含めて盤石を期し、大和と武蔵も解放する予定だが」




「その後はソロモン諸島に転じる。米海軍を撃滅してくれると」




「そのためには陸軍がフィジーとサモアなどを確実に取ってもらわねばな」




「ニューカレドニアのダンベアなど絶好の港湾が存在します」




「本当に落とせるのだな? 海軍から出せる艦隊は少ないぞ?」




「強襲すれば良いだけのこと。海軍らしい力攻めは面白味に欠ける」




 海軍がミッドウェー島の無力化に戦力を割く以上はだ。陸軍の攻略作戦に出せる戦力は削られる。巡洋艦以下の軽量級は幾らかの余裕があれど戦艦と空母は出払った。辻は「奇襲に活路あり」と自信満々に述べる。海軍の協力を得て建造した特殊船舶の特TL型の投入を予定した。海軍の助力を得られずとも自力でどうにかするために着々と整備を進めている。




「海軍としては陸軍のソロモン諸島へ進出する方針に反対が根強い。連合艦隊も同様だ」




「百も承知です。ソロモン諸島なんぞ何にも価値の無い。塵も同然です」




「なぜに」




「それがわかれば苦労しません」




「辻を以てしてもか」




「恐縮です」




 連合艦隊を筆頭に海軍はソロモン諸島への進出を疑問視した。ガダルカナル島にハリボテの飛行場を建設する。米軍を誘引する罠の構築も懐疑的を続けた。ソロモン諸島のそれ自体に価値を見出せない。無駄な将兵と資源を消費するだけで骨折り損のくたびれ儲けに終わると断じた。米軍がまんまと引っ掛かることもあり得ない。この強硬姿勢を崩さなかった。




 辻も石原莞爾の方針に賛意を示したが立場上に過ぎない。彼も内心では「なぜに」と疑問は尽きなかった。石原莞爾に失策はあり得ない。心無き者は腰巾着と呼んで副官の能力を疑うことも仕方のないことだ。石原莞爾の副官にもかかわらず意図を汲み取れないことは失格に等しい。辻のその気になれば国家を転覆させられる頭脳が遠く及ばなかった。




「これは勝手な予想に過ぎませんが」




「申してみるが良い」




「米軍の反攻作戦はソロモン諸島を足掛かりにする。石原閣下が仕向けたのではない。奴らが自ら選択した道に罠を敷くだけ」




「まさかな」




「あり得なくもないでしょう。石原莞爾という人間は超人かもしれません」




 大和艦内に山本長官と参謀らの笑い声が響き渡る。辻だけは苦笑を纏わせた嘲笑を浮かべた。ここで激昂なり反論なりすれば忽ち主人の顔に泥を塗る。大和民族の男児は忍耐を貫徹した。辻に限っては忍耐どころか嘲りを自己防衛に使用する。大和から降りて陸地の迎えの車に乗り込んでから愚痴は幾らでも吐き出せた。




「アメリカの凡人を嵌めてやりましょう」




~米軍統合参謀本部~




 マーシャルは異例の昇進から対日戦の音頭を取る。




「ウォッチタワー作戦はマッカーサーの救出を裏に織り込んでいる。大統領はマッカーサー元帥を英雄に仕立てることで市民の支持を得ようと試みた。私も彼の救出は絶対にしている」




「キングは今も噛み付いていますが」




「あいつのことは構わんよ。キャンキャンとなかせておけばよい。それよりもソロモン諸島に飛行場が見つかった。ソロモン諸島はオーストラリアと連絡を保持するための必須である」




「敵が防御を固める前に早期奪取の必要性があります。キンケイドに依頼しては?」




「そうだな。キンケイドなら」




 米軍の大反攻作戦にソロモン諸島の文字が刻まれた。




続く

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