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第63話 石原莞爾の罠

石原莞爾は陸軍大臣の職務を粛々と進めながら、各方面から上がって来る報告に目を通し、一つ一つに策を講じて実行を命じる。太平洋方面はポートモレスビー攻略に成功してニューギニアは事実上の掌握を果たした。ニューギニアを前線基地にオーストラリアを脅かす。インド方面はセイロン島を定期的に空襲するなど牽制に止めた。ビルマの防御を固めてイギリス軍の襲来に備える。イギリスは北アフリカ戦線に忙殺されてインド方面から戦力を引き抜く始末だ。当面の間は安泰と下手に兵力は動かさない。




「おめでとうございます。石原先生の策はピシャリと成功しました」




「今度はニューカレドニア、フィジーを落とす。海軍を納得させるために大環礁を前線基地とすることを提案したい」




「お任せください。この辻政信が説得しましょう」




「それとソロモン諸島に進出する素振りをみせる。ガダルカナル島に仮の飛行場を建設する」




「ソロモン諸島ですか? ここに価値は無いと…」




「米軍に価値があると思いこませり。大兵力ないし大艦隊を誘き出した。これを撃滅すれば1年は延長できる」




 オーストラリアを包囲して米豪遮断を完成する。ニューカレドニアとフィジーの攻略を予定した。海軍の連合艦隊は未だに「ハワイ攻略」を訴えてくるが、ハワイ攻略の前段作戦にミッドウェー攻略を提示しており、陸軍としては米豪遮断作戦が優先と受け付けない。ミッドウェーやハワイは冗談じゃないと言論の力押しで納得させられるとは到底思えなかった。南太平洋の環礁を前線基地にすることを逆に提案して説得を試みる。ミッドウェーを落とさずとも南太平洋の前線基地からハワイを脅かした。




 ニューカレドニアとフィジーは潜水艦による封鎖で援軍を許さない。米海軍は珊瑚海の一連の海戦より米艦隊は空母1隻を喪失と1隻が中破した。日本海軍は軽空母1隻を喪失して大型空母1隻が大破するも余剰が残る。旧来の戦艦と新鋭戦艦が健在で太平洋艦隊と撃ち合う覚悟を有した。一方の米海軍は低速の戦艦を通商護衛に投入せざるを得ない。本格的な砲撃戦に用いるに不安があった。ノースカロライナ級の投入を前倒してサウスダコタ級戦艦を急ピッチで進める。米海軍に戦艦と空母を大西洋に派遣している暇は無かった。




「資材の無駄と言われそうです」




「満州でいくらでも生産できる。それに本格的な物は要らん。ハリボテで結構だ」




「ハリボテの飛行場を作り、敵の目を欺き、不毛の諸島に誘い込む」




「本当に米軍が来るかどうか…」




「そこは情報部の腕の見せ所じゃないのか? 石原閣下は壮大な罠を仕掛ける」




「かしこまりました。何とか誘き寄せます。美味しい餌を撒きます」




「その餌とやらになろうか」




「はい?」




 石原莞爾は「この時だけは周囲から猛反対を受けた。さすがに参った」と語る。




~約2週間後~




 石原莞爾は空の人だった。




「ハリボテなのであと2週間もあれば完成します」




「完成後は速やかに撤収せよ。罠はいくらでも仕掛けよ」




「もちろんです」




 ソロモン諸島の上空を大型機と双発機、単発機が群れと飛行した。大型機のゆったりとした座席の窓から島々を眺める。ソロモン諸島は日米軍が共に進出していなかった。つい先日に日本軍の潜水艦(輸送型)が斥候を送って環境を調べた後に高速輸送艦が設営隊を揚陸する。今はハリボテの飛行場を建設中らしく作業員がタオルをブン回した。




 石原莞爾はソロモン諸島を丸ごと罠と変える。米軍を誘い込まなければ効果を発揮せずと考えた。自ら前線視察に訪れることで信憑性を持たせる。彼は唯一無二たる史実の知識を振り上げた。日本を牛耳る男が最前線に出張るような大地が重要でないことがあろうか。




(山本長官を行かせぬためにもな。適当に襲われておくとしよう)




「米豪軍の妨害はあるのか」




「はい。B-17に代わってB-24が飛来します。ハリボテの建設と雖も資材と人員を削られては堪りません」




「ニューブリテン島とラエ、サラモアから戦闘機を飛ばしています。小島の監視所も早期警戒を構え…」




「拠点防空の局地戦闘機が必要だ。満州飛行機に依頼する」




 石原莞爾の前線視察は前代未聞どころでないことだ。現職の陸軍大臣が出ることは非常識を極める。非常に無責任な行いと内外から批判を集めた。石原莞爾は崇拝の対象であるが、反石原の人物は未だ多く、これ幸いと集中的に被る。彼は批判を「前線を見ずしてどうする。現場を知らず本土で温もりを得る者は卑怯なり」と一蹴した。




 石原莞爾の前線視察は約2週間のタイトなスケジュールで組まれる。石原莞爾と参謀らを乗せる航空機は自衛能力を有する重爆撃機に決まった。これの護衛機に双発の二式複座重戦闘機と単発の一式単座軽戦闘の計21機を付ける。また、早期警戒機の司令部偵察機を全方位に飛ばした。




 ニューギニアなど南太平洋を管轄する今村均大将は石原莞爾の危険極まりない行動に激怒に等しい苦言を呈する。彼は元より石原莞爾を快く思っていない上に前線視察は迷惑極まりなかった。とはいえ、陸軍はおろか日本を立て直した御仁を無碍に扱うことは許されない。大局を俯瞰すると己の海軍に通ずるパイプを通じて海軍のラバウル航空隊にそれと無く護衛を依頼した。




 まさに万全を期している。




「どうした?」




「米軍機です。先遣の囮部隊が接敵しました。予定を変更します」




「味方高射砲の支援を得られるように針路を変えます。ご容赦ください」




「やむを得ない。米軍の情報収集能力に驚くばかりだ」




「ちゃんと暗号にして通達を発したのですが…」




「全面的に見直すよう。いいな?」




 ソロモン諸島をゆっくりと落ち着いて眺めたい。機内は可能な限りの静粛性を保たれた。それも急に兵士達が慌ただしく動き始める。現地の案内人は米軍機の襲来を告げた。石原莞爾の前線視察は暗号で事前に通達されている。米軍にキャッチされて解読されると待ち伏せに遭った。米軍機は本隊ではなくて囮部隊に食い付いている。本隊の1時間前に双発爆撃機と護衛機の囮部隊が先行した。




(これで海軍にも暗号を抜本的に変えることの大義を得た。頑迷でお話しにならん)




「敵機はわかっているのか。囮部隊を撃滅して来られては困る」




「緊急報ではP-38と言っています。囮部隊がやられるとは思いませんね」




「一言余計だ。馬鹿者」




「まあ、良いだろう。アメさんも必死だ。我々も負けない」




 囮部隊は空戦に突入すると逃げの一手を採る。囮部隊と言うが護衛機に重戦闘機と軽戦闘機を抱えた。そう簡単に撃墜されるような弱輩ではない。中距離用無線機を操作できる余裕を証明すると敵機はP-38のペロハチと報告した。米軍はニューギニアの敗北に伴い前線飛行場を喪失する。米軍の戦闘機は航続距離が比較的に短かった。遠方まで進出できるのは双発のP-38ぐらい。英豪軍の重戦闘機を借りることも確認できた。




 P-38は高速で重武装、頑丈の難敵である。奴の対策を守れば負けることはあり得なかった。日本軍は熟練者の保持に成功している。未熟者の育成も間に合った。敵機の攻略法を纏めた指導書を配布するなど速成に注力する。戦線の拡大により充足が滞ることに予めの防止策を張った。




「至極残念でたまらない」




「いくらなんでもです。北関東でB-25と接触した上に迎撃戦を観戦したことは…」




「冗談だ。このまま帰って構わない。私も勝つまでは死ねんのだ」




「是非とも、そうしてください」




 ドゥーリットル帝都空襲のB-25とニアミスして局地戦闘機の迎撃戦を観戦したことがある。あの時の事が思い出されて苛烈な空戦を見られないことを惜しんだ。本人は残念でも周囲は冷や汗を噴出する。最前線では何が起こってもおかしくなく、南方特有の天候急変や機体の不調、敵機の奇襲など、ありとあらゆる事象を想定していた。関係者各位の不断の努力の賜物で無事に飛行場に着陸すると一様に安堵の声を漏らす。




「ソロモン諸島を地獄に作り替えろ」




 当の本人は労う前に命じた。




続く

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