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第56話 ニューギニア驚天動地の大進撃

辻政信はワクチン接種の上でニューギニア戦線の現地視察に向かった。彼は何よりも「己の目で見る・己の耳で聞く」を信条に掲げる。ポートモレスビー本格攻略のMO作戦を控える大地に足を下ろした。




「我々は2週間で英豪軍の防御線を突破しました」




「流石に想定していなかったな…」




「空爆さえ回避できればどうとでもなります。補給物資の落下傘投下は有効です」




「英豪軍はどんな状況だ」




「ポートモレスビー前面に防衛線を構築しています。航空戦力は僅かでも一定数を確認しました。偶に空爆を受けており…」




 日本軍はニューギニアの要衝であるポートモレスビーを巡って英豪軍と激突する。ラエとサラモアに上陸して飛行場を整備した。ラバウル航空隊と連携して制空権を確保する。バサブアとブナに山岳部隊が上陸した。ポートモレスビーを陸路で目指すにオーウェン・スタンレー山系が障壁と立ち塞がる。英豪軍も4000m級の山々に防御線を敷いた。




 ポートモレスビー攻略の本命は言わずもがな海路のMO作戦である。陸路の攻略は一定程度の圧力に過ぎなかった。石原も辻も適当に戦って注意を引かせれば御の字と認識している。山岳部隊は英豪軍が想像以上に及び腰であることを見抜いた。彼らは大進撃を開始して次々と防御線を突破する。ラバウル島に置かれた前線指揮所も大慌てで増援を送るような快進撃であった。




 最終的に山脈を超えた先のイオリバイワを制圧して攻勢を止める。ニューギニア上陸からイオリバイワ制圧は約1ヶ月の速攻だった。特に山脈越えは約2週間の驚天動地を与える。いかに英豪軍が弱体化していると雖も冗談に済まされなかった。辻は急遽と現地視察の日程を組み込んで事情聴取に向かう。




「マラリアにやられた者もおりますが、医薬品のおかげで最小限に収まり、我が国の医療技術は世界一も」




「英豪軍が逃げた理由は疫病にあるか」




「ポートモレスビーに斥候を送りました。敵軍の倉庫は武器と弾薬こそあれど、医薬品は我が方に比べても少なく、敵軍に同情を禁じ得ません」




「マラリアの特効薬は独占している。敵に降伏を強いる方法に使えるな」




 山岳部隊は日本軍の中でも多民族で有名だった。日本の地方出身者と台湾の少数民族出身者、中国の山岳民族出身者を主とするが、解放間もない英領ビルマや仏領インドシナなどの志願兵もいる。彼らは持ち前の身体能力の高さに猛訓練を重ねてきた。食料と水を碌に摂取できない中でも楽々と大進撃を見せつける。




 山岳部隊の後に続く各支隊は見殺しにできんと言わんばかり、ポートモレスビー攻略の前倒しという独断専行を開始した。陸路と呼応するはずの海路のMO作戦はドゥーリットル隊による本土空襲未遂より延期を見込んだが、ニューギニア驚天動地の大進撃に引っ張られており、今のところ、練度不足の新鋭航空戦隊しか出せる戦力はなく、セイロン島攻略を終えた主力機動部隊を待って欲しいと陳情書を提出する。




 山岳部隊の大進撃を支えるは輸送機と爆撃機の空輸と断言できた。スタンレー山脈は六輪貨物車どころか馬匹さえ越えられない。しかし、航空機は悠々と頭上を超えて飛行できる利点に着目した。弾薬と食料などの物資を詰め込んだ木箱を落下傘で投下する。空挺部隊は降下時に重機関銃や歩兵砲を落下傘で投下した。特段の難しいことでない。落下傘も中国製の安価な綿で織られた。各方面の必要量は十分に賄える。




「これだけの食料があれば…」




「頑として認めん。私は良くとも石原閣下が認めなかった」




「かしこまりました」




「君たちの大進撃は決して褒められたことでない。よって、石原閣下より正式な命が下された」




 辻は山岳部隊の指揮官に命令書を手渡した。彼が現場視察を好む理由の一つに通信傍受を嫌うことが挙げられる。彼は非効率的を承知で直接の手渡しを好んだ。最も伝達が確実で情報漏洩の心配もない。石原閣下から書簡を託された以上は絶対に届けなければならず、米軍か英軍か豪軍に漏れた時は腹を切るだけでは許されなかった。




「なんと…」




「閣下は寛大な心の持ち主である。君達の独断専行を許すどころか褒め称えた。海軍の大作戦に呼応して奇襲を仕掛けよ」




「はっ!」




~同じ頃~




 英豪軍はポートモレスビーに立て籠もる。




 彼らの状況は絶望的を呈された。




「ドクターの見立ては」




「ダメだ。神のご加護があらんことを」




「そんな…」




「ジャップが医薬品を独占するからこうなった。アメリカが新しい特効薬を開発したんじゃないのか」




「ここまで届かなきゃな」




 ポートモレスビーはニューギニアの最大都市と栄える。電気と上下水道のインフラが隅々まで整備された。英豪軍は徹底抗戦の構えを見せる。その内側は凄惨を極めた。病院に運ばれた傷病兵は満足な治療を受けられない。南方特有の過酷な環境はマラリアの蔓延を加速させた。マラリアの特効薬であるキニーネの備蓄は底を突いている。新たに作ろうにも原材料は日本が独占した。アメリカはキニーネに代わるマラリアの特効薬開発に成功するもニューギニアに向かった輸送船は悉く被雷する。




 日本軍もマラリアに悩んでいるはずだ。特効薬の独占により多くの兵士が快方に向かい、かつ根本的な対策として蚊取り線香を導入しており、どれだけ消費しようと直ぐに補給が送られる。日本は卑劣にも医薬品の供給を締め切ることで戦争を優位に進めた。




「ジャップは遂にオーストラリアにも毒牙を剥いた。爆撃前に避難勧告をしているが、奴らは躊躇せず都市の爆弾を降らし、医薬品まで独占する悪魔の集まりだ」




「日本人が魔術と呪術を使っている。噂は間違っていなかった」




「医者の前で非科学的な話はやめてもらいたいね。こう見えて一番辛いんだ」




「す、すまない」




 ニューギニアの南には連合国の一員であるオーストラリアが控える。アメリカを発した船団はオーストラリアを経由して各方面に兵士や物資を配分した。日本軍は事前通告を発した上で攻撃を激化させる。ダーウィンやケアンズ、タウンズビルなど北部から北東部の都市を爆撃した。南部は直接的な攻撃こそ受けない代わりに潜水艦が遊弋して米本土連絡航路は機能不全に追い込まれる。




「こいつは何日持ちそうだ」




「わからない。やぶ医者と言っても構わない」




「いいや、やめておこう」




 植民地の大病院はとっくにパンクした。マラリア患者の隔離も追いつかない。部屋を飛び出した先の廊下や待合室に並べられた。この中で最も辛いのはドクターである。医薬品と道具さえあれば救えるにもかかわらず、非情な宣告を下すばかりの毎日は精神を病みそうで堪らないが、不屈の心で救えるものを救うだけだ。




「空襲警報だっ!」




「また来るのかよ」




「ドクター! 早く避難するんだ!」




「逃げるところなんて無いさ」




 戦争を日常とする兵士よりもドクターの方が冷静とは皮肉なのかわからない。1日に何度も耳にするサイレンの後は忌まわしいレシプロ機のエンジン音が響き渡った。味方の戦闘機は数をすり減らし、高射砲と対空機関砲も瓦礫仲間に加わり、日の丸を眺めることしかできない。




「なんだ?」




「チラシだ」




「名誉ある降伏かよ。くそったれめ」




「フィリピンの連中があっさりと白旗を上げるからだ。マッカーサーも捕まりやがってよ」




 日本軍の爆撃機は爆弾投下に飽きたのかチラシを撒いた。非常に簡単な英語で降伏勧告が綴られる。この地獄から抜け出すために名誉ある降伏を選ぼうと勧めた。フィリピンの戦いを織り交ぜることで説得力を持たせている。マッカーサー捕縛の喧伝も相まって味方に対する不信感が募り始めた。




「はやく降伏すれば良いもの」




「俺は何も聞いていないぞ」




 MO作戦の前に降伏するか。




 ポートモレスビーの無血占領が最善だ。




続く

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