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第47話 二水戦ミッドウェー島砲撃

「ミッドウェー島の近場まで来ましたが、このままの速度ですと、夕方になります。5ノット程度は落としても良いかと」




「君に任せる」




 第二水雷戦隊は孤独な戦いを続けた。彼らは米海軍太平洋艦隊をハワイ近辺に押し留める。南方作戦の妨害を未然に防ぐために本土から遥々とミッドウェーまで出張してきた。




 本土を出撃して直ぐから厳重な無線封止である。発光信号や旗振りを頼りに行動した。無線という便利な道具に頼らない。アナログな以心伝心で意思疎通を図った。途中で油槽船から洋上補給を受けるなど時間の調整を欠かさない。ちょうど米海軍が動きそうなタイミングを見計らった。ハワイ攻撃作戦を中止した都合で戦艦部隊も空母部隊も健在であり、ウェーク島やマーシャル諸島、ギルバート諸島の襲来が予想される。




「各地で大攻勢が行われている。米海軍は必ずや救援に向かうはず…」




「敵機! 哨戒機です!」




「ここで見つかったか」




 ミッドウェーに近づくにつれて米軍の哨戒網は必然的に細かくなった。夕方という夜間の航行中にカタリナ飛行艇と接触する。皆が被発見を覚悟して司令官は作戦の強行か中断を宣言するところ、大胆不敵にも「下手に動くな。堂々としているように。見張り員は手を振ってやれ」と命じ、司令官の言うことに大人しく従わざるを得なかった。カタリナ飛行艇は何を見間違えたのかゆっくりと旋回を開始する。それから「失礼した」と言い残すと何処かへ飛び去った。




「なんという奇策であります」




「ここに日本海軍が来るわけが無い。米海軍の思い込みを逆手に取ったのですか」




「あれはいかんね。あれでは網にもならんよ」




 二水戦の司令官は根っからの水雷屋の田中頼三少将である。彼はカタリナ飛行艇を認めると対空戦闘はおろか一切の行動を禁じた。ミッドウェー島付近を航行中の米艦隊を装う。カタリナ飛行艇は基地司令部に確認すれば即座に暴露されるが、日米開戦直後で「日本軍が来るわけがない。きっついジョークだぜ」という思い込みを逆手に取り、哨戒機は確認も採らずに悠長と旋回して「Good Luck」と告げた。




 哨戒機の勘違いに一定の理解を示そう。米海軍の太平洋艦隊はミッドウェー島近海で訓練を実施中だった。哨戒機にも当然と周知されている。二水戦は夜間の暗闇と相まって訓練中の水雷部隊と誤認された。こういう時こそ緊張感を纏って逐一に確認するべきだが、仮に基地司令部に確認したところで一蹴されることが予想され、真珠湾基地の一画ではパーティーが開催される程の緊張感の無さで呆れる。司令部がまったくの緊張感なしでは現場の哨戒機に感染しても何ら不思議でなかった。




「敵機の向かう方に行けば空母機動部隊を襲えるかもしれません。酸素魚雷を一斉射分だけ持参しました。誘爆が怖いからとミッドウェー島に発射しますか?」




「艦長の言わんとすることはわかる。しかし、この作戦の目的を忘れてはいけない」




「私は本土まで一隻も欠けることなく帰したい。つまらないことに犠牲は払えんよ」




「もちろん、わかっていますが、どうも戦意が薄くては堪りません」




「長旅で疲れている。艦長を休ませろ」




 旗艦を務める軽巡『浪速』の艦長は戦闘意欲を滾らせる。田中司令の消極的な姿勢に対して理解と反発を併存させた。米海軍太平洋艦隊を押し留めることは第一に変わりないが、あわよくば、ミッドウェー島付近で訓練中の敵空母機動部隊を仕留めたい。




「申し訳ありません」




「君が気にすることじゃない。実戦の長距離航海は訓練とまた違う。艦長も重責を背負っているのだ」




「お心遣いありがとうございます。私は司令の方針に賛成です。無駄な消耗は避けて作戦を成功させる。これ以上のことはありません」




「何も理解されようとは思っていない。艦隊司令官は孤独が丁度良いんだ」




 浪速艦長は戦意旺盛で「ミッドウェー島を灰燼に帰す」や「敵艦隊と差し違える」など威勢が良かった。一方で田中少将は客観的に見れば消極が否めない。彼は「砲撃は深夜の小一時間に限る」や「敵艦隊襲撃は必要最小限の自衛に留める」と返した。艦長は未練たらしく反発するが参謀や副長は理解を示すと賛同に回る。




 艦長が沸き上がることに一定程度は汲み取るべき事柄が存在した。米海軍の有力な空母機動部隊がミッドウェー島近海で訓練中と聞いている。現在も継続中はおろかマーシャル諸島とギルバート諸島を攻撃するために一層と腕を磨いているはずだ。




「艦砲射撃を開始するギリギリまで休ませる」




「かしこまりました」




「1時間でも休んでいれば落ち着きを戻すさ」




~午前0時過ぎ~




「ミッドウェー島の宿舎まで見えます。まるで攻撃が無いと言わんばかり」




「砲撃の用意を急げ! 弾種は焼夷弾で構わん!」




「零式弾は取っておきますか?」




「万が一で持っておく。威嚇にはなろう」




 灯りの無い太平洋は一瞬にして真っ暗闇に包まれる。タバコの火のような僅かな光源でさえ数キロ先から視認できた。日本海軍の精鋭たる熟練見張り員はミッドウェー島を睨んで灯火管制が甘いことを看破する。




 二水戦は浪速を筆頭に荒潮、満潮、大潮、朝潮が並んだ。本来はもう二個の駆逐隊を携える。隠密性を重視して船団護衛任務に貸し出した。朝潮型姉妹は第八駆逐隊を構成する。これを吉川中佐が率いて旺盛な戦闘意欲は浪速艦長と共通した。田中司令の命に素直に従うものの雷撃戦は諦めていない。




 浪速は量産型の軽巡と建造された。駆逐艦の主力兵装である長砲身10cm連装高角砲を主砲に有する。10cm連装高角砲5基と8cm単装高角砲5門がミッドウェー島に向けられた。朝潮型姉妹も近代改装時に10cm連装高角砲へ換装済みである。米海軍は駆逐艦に5インチ(12.7cm)砲を採用した。日米海軍の駆逐艦の主砲は口径の差が生じる。日本海軍は高練度と速射で口径の差を埋められると主張した。




「弾着観測機も何も用いない。艦砲射撃は原則として1時間に定めた」




「全艦砲撃準備完了しました。砲撃よろしです」




「電探に反応なし。哨戒機も艦艇もいません」




「ミッドウェー島に異常みられず」




「全艦砲撃開始」




 田中司令が短く告げた途端に全砲門が火を噴く。




 いきなり全砲門をぶっ放すことは常識外れと断じたが、今回は敵地ど真ん中の太平洋でミッドウェー島を砲撃し、かつ時間は1時間程度の極々と限られた。軽巡から弾着観測機を飛ばしてチマチマも撃っている暇は微塵もない。ミッドウェー島の無力化は論外に該当した。この砲撃が当たろうが外れようが成否に影響は微塵も与えない。米軍ひいては米政府にハワイが狙われている旨の情報に信憑性を持たせるんだ。




「綺麗な花火です。試製焼夷弾は対空よりも対地に価値を見出せます」




「時限信管を調整することで飛行場の航空機を効率的に破壊できます。石油貯蔵施設など可燃物を燃やし尽くすことができます」




「対空戦闘には不向きだが対地砲撃には有用か。お上から疎まれるが報告書を作成しよう」




 二水戦がドンドンも撃っている砲弾は試製焼夷弾と言われる。砲弾内部には炸薬の代わりに黄燐を主とする焼夷剤を詰め込んでいた。信管が作動すると数千度に達する灼熱の子弾を放出する。当初は艦対空の対空砲弾に開発されたが、試験時に零式通常弾が有効と判断され、専ら飛行場や石油貯蔵施設など火災を誘発できる施設に用いた。ミッドウェー島の上に綺麗な花火が数百発も生じる。観覧の者は幻想的な光景に釘付けだが、楽しい時間はあっという間に過ぎ行くものであり、腕時計の針はきっかり1時間を指した。




「砲撃止め! 全速力で退避する!」




「全速! 機関をぶん回せ!」




 二水戦はミッドウェー島砲撃を終えて直ぐに離脱に入る。




 そこへ急報が飛び込んできた。




「敵艦隊を視認!」




「なに!?」




「く、空母もいます!」




「現場に急行して来たか…」




 数秒の思考を挟む。




「酸素魚雷を一斉射せよ。置き土産だ」




続く

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