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第19話 ノモンハンから得られたこと

1939年8月下旬




「日ソ中立条約締結」




 満蒙国境線のハルハ河に始まったノモンハン事変は日ソの痛み分けに終わった。




 日ソ交渉は国境線の原状回復に纏まるが国境線が不明瞭だった部分は明確に引き直すことで合意している。これと連続して日ソはお互いに見て見ぬふりの『日ソ中立条約』を結ぶに至った。日本は独伊のファシストと手を結ぶことを嫌って日中を基幹にした独自の東亜連邦を標榜する。




「ここでは忌憚のない声を求めている。階級は関係ない」




 ソ連軍との全面衝突は幾つもの課題が残された。関東軍だけでなく奉天軍、中華民国軍、本国中央司令部を含めたノモンハンに関する研究と検討の委員会が設置される。航空戦から砲撃戦、対戦車戦、籠城戦まで項目は多岐に渡り、貴重な経験を無駄にしては勿体無いどころでなく、これからの兵器開発はもちろん戦術、戦略の構築に反映された。




「まず砲撃戦は完敗と言って差し支えありません。ソ連軍の火砲は優秀はもちろんで戦術も洗練されていました。我々は観測機を飛ばしてもマチマチが精一杯であり、火力も精度も劣っており、勝利なんぞ夢のまた夢です」




「その中でも奮戦した部隊もあった。上の者が悪いと言わざるを得ない」




「申し訳ございません」




 砲兵同士の撃ち合いは完敗という評価を下す。




 ソ連軍の砲兵師団が精強であることは有名だ。誰もが楽勝とは考えていない。虎の子の新兵器を投入しても大苦戦を強いられた。砲兵隊のために航空優勢から観測機を飛ばしても精度は向上しない。観測機が「何のための砲撃観測か」と苦言を呈した。そもそもの火力も圧倒的に劣っている。砲撃戦に局所的な勝利こそ見られたが大局的には敗北を喫した。




 その局所的な勝利とは機動野砲による一撃離脱戦法のところが大きい。彼らは自慢の機動性を活かして一撃離脱の急襲を繰り返した。主に75mmの九〇式野砲改と九五式野砲、105mm(100mm)の九一式榴弾砲と九九式榴弾砲が活躍し、一式砲戦車ことホイ1とホイ2も含めてよい。牽引式の野砲と榴弾砲は従来の馬匹から牽引車に刷新から機動性が大幅に向上した。肝心の牽引車はいわゆる砲兵トラクターを中心にするが、装軌車と半装軌車、旧式戦車の急造品などバリエーションに富んでいる。




「噴進砲は真反対に獅子奮迅の活躍です。野砲の不足は噴進砲で埋めることもでき」




「海軍と連携するため艦砲の砲弾を流用できるよう各工廠に指示を飛ばした。戦艦級に重巡級、軽巡級、駆逐艦級まで目白押しに期待する」




「例の大和弾ですか?」




「ここだけだ。それを言えるのはな」




 ノモンハンで初陣を飾った新兵器の中でも噴進砲は目覚ましい活躍を見せた。救国の必殺兵器と呼ばれる程に現地の兵士から頼られる。噴進砲は口径次第で重砲並みの威力を発揮するにもかかわらず、簡便な構造から安価で大量生産に適しており、日本の工業力でも十分な数を揃えられる。これにも救国を見出すことができ、最近は海軍の艦砲弾を流用するため、戦艦の主砲から駆逐艦の主砲まで口径の統一化を推進した。




 噴進砲は大口径の割に簡便である。敵陣急襲から拠点防衛まで多方面に使用した。ロケットの短い射程距離と劣悪な精度を差し引いても「噴進砲の威力絶大なり」と高評価を得ている。特異な九八式臼砲に代表される大口径が主流だ。小口径向けの発射機を束ねた多連装仕様も登場する。大口径と中口径と小口径の三種を適材適所で運用した。南方の密林では迫撃砲や重擲弾筒が適する場合もあるが、とにかく、重砲と榴弾砲、野砲の火力不足が指摘される中で噴進砲は貴重な火砲を為すのである。




 同じ火砲でも話は対戦車に移った。




「47mm機動速射砲は優秀です。当分の間は現役でよろしいので?」




「もう一回り大きくした57mm速射砲がよろしいでしょう。ソ連軍は口径を大きくすることが好きですから」




「いたずらに口径を大きくしては労力が…」




「75mmに決めた。次の新式戦車を含め対戦車は75mmで統一する」




「それは…あまりに…急と言いますか」




「石原閣下に同意します。ソ連は76.2mm野砲を運用して火力の差は著しい。ドイツ軍は新型戦車に75mm榴弾砲を与えました」




 対戦車戦闘は兵士が優秀なこともあって辛勝を収めている。日本軍の主力対戦車砲である47mm速射砲は高初速を以て高い貫徹力を発揮したが、あいにく、ソ連戦車は軽装甲なために高貫徹力は実感し辛かった。ソ連戦車は徹甲榴弾の一撃に簡単に燃え上がる。戦車戦も九七式中戦車チハと九五式軽戦車改(ケニ改)の47mm戦車砲が正確に撃ち抜いた。




 これに47mm砲で暫くは安泰と考えても仕方ない。




 47mm砲は優秀で悪くないことは間違いなかった。何度でも言うと時代は火力の集中である。小口径砲は歩兵砲に追いやられて75mm以上の大口径砲が戦場の主役に収まるはずだ。これに遅れてはならずと対戦車砲の刷新を強引に推し進める。しかし、日本人の体格から大口径砲の運用は重労働と言われがちだ。軽量で簡便な山砲から入って次第に長砲身の野砲と対戦車砲に切り替える。




 それこそ砲戦車のホニが該当した。ホニはチハの車体に特設の新砲塔を搭載して主砲は山砲が素体の九九式七糎半短戦車砲を採用する。ホニは中戦車と軽戦車から為る快速戦車隊に随伴した。機甲部隊の敵陣突破において対戦車砲陣地や機関銃陣地へ榴弾を撃ち込む。




 石原莞爾は陸軍大臣に就任して尚も口出しを止めなかった。




 むしろ、加速したぐらい。




 随所からため息が漏れ聞こえた。




「航空戦はどうでしょう。圧勝はならずとも十分に勝利と胸を張れます」




「結局のところ、軽戦闘機も重戦闘機も活躍した。一本化は素直に諦めます。高速爆撃機と襲撃機による地上部隊襲撃は改善の余地ありですが」




「襲撃機は専ら重装甲と重武装を突き詰めよ。高速爆撃機も同様だ。戦闘機はやむを得ない。軽戦闘機と重戦闘機を併用する。両者の良いところを抽出した中戦闘機を作れれば良いが過度な期待はしないでおこう」




「満州飛行機が不眠不休の稼働で助かりました。満州工業地帯の拡大は急務も急務であり、本土で開発された機体の委託製造を進め、独自の改良も認めていけば…」




「南方は島と島が海で隔てられている。長距離を飛行可能な双発機も開発しなければならない。何も戦場は大陸だけでないことを認識しましょう」




 航空戦だけは大勝利と歴史に刻まれる。軽戦闘機はイシャクを駆逐した。重戦闘機は高速爆撃機を叩き落とす。航空優勢の制空権を確保すると爆撃機と襲撃機が対地攻撃に精を出した。ソ連軍の地上部隊が精強と雖も空の脅威の前に無力と教える。




 そんな航空戦も被害は軽微と言えなかった。




 大空戦の反省から改善は必須である。




 戦闘機は軽戦闘機と重戦闘機が強みを活かして大活躍した。それ故に一本化を諦めざるを得ない。各社に軽戦闘機と重戦闘機の開発を命じた。満州飛行機に委託製造させる。その他は辻参謀が指摘した通りで日米決戦は太平洋を舞台にした。爆撃機を護衛できる長距離と長時間の飛行が可能な双発の重戦闘機を欲する。一応は襲撃機の一環に双発重戦闘機が存在しても器用貧乏が否めなかった。




 襲撃機は獅子奮迅の働きで称賛を送ろうか。機関砲の機銃掃射と陸用爆弾の投下で戦車と装甲車を片っ端から破壊した。地上部隊を低空襲撃する都合より小型爆弾を多量に吊り下げる。彼らは原則として地上襲撃を担当するが、臨機応変に対艦攻撃も行うことも考えられ、強襲艦と輸送艦から発艦する特異な事例も研究中だ。




「仏印進駐には間に合いません。山下将軍なら心配不要でしょうか」




「私も外道ではない。山下将軍に潤沢を約束した。長谷川海軍大臣から海軍陸戦隊を投入すると約束を得ている」




「我々の強襲旅団の出番でありますな? 欧米を強襲艦でアッと驚かせてやります」




 石原莞爾の目は仏印に置かれる。




続く

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