第156話 終戦
東京の夏は暑かった。
「ドイツは無条件降伏に応じた。ベルリンはどうなった」
「米軍と英軍、仏軍、ソ連軍がごちゃ混ぜです。帝都で言うところの国会議事堂に四カ国の国旗が掲げられました」
「なんだそれは」
「さぁ?」
日米講和が実現して直ぐに連合国はノルマンディー上陸作戦を展開する。案の定でドイツ軍の猛烈な抵抗に遭った。米軍空挺部隊の活躍やイギリス軍戦車隊の活躍、ドイツ軍の人事的混乱が重なる。連合国軍は恐ろしい大損害を出して辛うじて成功を収めた。噂によると日本軍らしき将校が指導者にいたと言われる。その真偽は不明だ。ノルマンディーから食い広がるようにフランス解放を進める。イタリア北上も加速してフランスとベルギーの解放は一気に進展した。ダグラス・マッカーサーが直々に指揮を執っている。いかにも野心家らしく戦果をあげようと必死となったことが幸いと働いた。
地中海からフランス南部の上陸にも成功すると一気に国境線まで攻め上がる。ドイツ軍はジークフリートラインで頑強に抵抗した。ライン川まで押し込もうと大規模な攻勢を仕掛ける。日本に派遣する予定の余剰兵力を転用して量で圧倒した。兵器の質においても連合国の新型が続々と登場し、戦車では米軍はM4シャーマンに続いてM26パーシング、M10やM18の駆逐戦車を派遣しており、ドイツ機甲部隊を正面から破る。英軍もM4を素体にしたファイアフライや歩兵戦車チャーチル、巡航戦車クロムウェルを投じた。
航空戦はP-51やP-47、F4U、F6Fが制空権を奪取する。ドイツ軍もメッサーシュミットとフォッケウルフの最終型で対抗したが足りなかった。爆撃機も遂にB-29が完成して不具合を承知でイギリスとフランスから飛ばす。内陸部の爆撃であれば多少の無茶を抱えても爆撃できた。ドイツの戦闘機が届かない高高度から空襲を行う。しかし、ジェット戦闘機やロケット戦闘機が登場して被害は無視できなかった。
「ソ連はドイツを分割することを主張しています。東西のドイツです」
「丸のみはできないと判断したか。そりゃそうだと言おう。南下を警戒しろ」
「関東軍が展開して中華民国軍と軍事演習を行っています」
「牽制は程々にな」
「厳命します」
「地雷の敷設や障害物の設置は済んでいるが使わずに済むが最もいい」
連合国の大進撃に合わせるが如くソ連軍は濁流たる総攻撃を開始する。数量の見方によるとソビエト連邦が圧倒的だ。キャベツ畑から人が採れるとブラックなジョークが聞かれる通り。T-34とIS-2がドイツ戦車を粉砕して航空戦も数量で圧倒していった。しっかりと作戦は練っているが被害度外視の突撃を繰り返す。
春が終わり夏に入る頃にはドイツ本国まで浸透した。連合国はライン川を越えて各地で勝利を重ねる。ドイツ軍に抵抗する力は残されていなかった。正規軍の兵士はおらず民間人が突撃隊と称して粗悪品を手にする。都市単位で無抵抗も見受けられた。ルール工業地帯を制圧して供給源も断てば勝利は確実的となる。
ベルリンまで100キロメートルでソ連と対立し始めた。ソ連はベルリンを我が物と主張する。アメリカを筆頭に連合国は共同管理を主張した。ここにドイツを巡って資本主義と共産主義が対立する。今までの敵の敵は味方が通用しなかった。したがって、ベルリンの戦いは東西から連合国とソ連軍が攻め入る地獄と化す。市街地戦は悲惨を極めて民間人に多数の被害が出たがヒトラーは徹底抗戦を命じた。
「これからは冷戦だな」
「冷戦?」
「冷たい戦争だ。これまでの戦いは熱戦とでも言おうか」
「戦わない戦争ですか」
「そうだな。一発の弾丸も一発の砲弾も放たれない。しかし、超大国が睨み合って競い合う。それを平和と見るか戦争と見るか、判断は各自に委ねられる」
「日本はどうすれば」
「傍観者だよ。米ソのことは預かり知らない。我々はアジアひいては太平洋の盟主である。ヨーロッパのことはヨーロッパに任せるべきだ」
ベルリンは陥落する。
アドルフ・ヒトラーは遺書を書いて妻と自ら命を絶った。その他の重役も後を追う。軍人たちは交渉を纏めようと努力した。ソ連に下るよりも連合国に下る方が遥かにマシ。カール・デーニッツのフレンスブルク政府は連合国に対して無条件降伏を受諾する旨を通達した。これによりベルリンは開かれる。ソ連軍は絶好機と雪崩込んで実力による支配を敷こうと試みた。ベルリンの広場にてパーシング重戦車とスターリン重戦車、シャーマンとT-34が一触即発でジリジリと見えない火花を散らす。
連合国がまとめた無条件降伏にソ連が参加する格好で決まった。スターリンの野望は中途半端に終わる。しかし、ソ連はドイツの半分を獲得してポーランドなど中小国を赤く染めた。ヨーロッパに進出することに成功している。共産主義同盟を構築してアメリカとイギリスによる統治に反発した。ヨーロッパのドイツを境にして資本主義と共産主義が分かれる。
石原莞爾は遥か先を見据えた。
冷戦が勃発することを誰よりも早く指摘しよう。日本の置かれる立場は意外と難しかった。アジア太平洋の盟主と君臨して日本を中心に独自経済圏の事実上の同盟を組織する。規模こそ小さいが「日本はアメリカに勝利した」ことが何よりも利いた。日本はロシアに続いてアメリカに勝利している。欧米諸国の支配に屈することなく、アジアの勝利を収め、今こそアジアは一致団結する時だ。
「軍隊は縮小して核武装へ進む。朝鮮とオーストラリアのウランを使って原子爆弾の製造が進んだ。一発あるだけで大国が動けない。なんて費用対効果だな」
「アメリカの開発は急速に進んでいます。ロスアラモスは放棄しましたが、もはや公に認めて開き直ることで、以前よりも大規模に製造しているようです。すでに何発か完成して小型化や砲弾転用を進めているとか…」
「負けていられんな。いずれソビエト連邦も保有する。イギリスとフランスも保有する。日本も保有するが守り易い地形だ。これを活かさずしてどうする」
「おっしゃる通りです」
「まぁ、原子爆弾の関連は専門外だ。そういうのは政治家と学者に任せる。私はそろそろ隠居でもしようかな」
「還暦も迎えておりません。引退は許されません」
「それは厳しい…」
対米戦が終了して粛軍が始まる。大量の兵士と戦車、戦艦と空母を保有するよりも原子爆弾など核兵器を持つ方が安上がりだ。海軍の出費が著しいため戦艦と空母は解体が待っている。陸軍も兵士たちは本人の希望で田舎に帰るなど縮小を続けているが、太平洋の諸国へ軍事指導のために残留する者もおり、兵器も一緒に供与と称して在庫を処分していった。仮の空軍は飛行場は民間空港に転用して軍用機も民間用に払い下げられる。
高位の軍人も年齢や持病を理由に引退が連続した。石原莞爾も高齢を理由に退こうとする。とっくに大東亜総司令官を解かれた。天皇陛下から直筆の感状と恩賜の物品が渡されたことで役目を全うしたと理解する。しかし、まだ56歳で還暦にも達していなかった。定年退職には些か早いと見られる。
「平和な世界で活躍する場はない。国内の動乱を収め、中華の内戦を収め、日米決戦を収め、戦いにこそ石原莞爾が立った。今と将来の平和な世の中に石原莞爾は必要とされていない。ここで退場だ」
そう言い残して部屋から去った。
辻は敢えて見送る。
「数多もの犠牲を払って得られた勝利か。何が正義だ。はたして、何が正しかったのか、自問自答は終わらん」
石原莞爾に転生して大日本帝国の勝利のために邁進している。しかし、日本を始め各国に敷いた出血量はあまりにも多かった。一部の悲劇を避けることはできたが、数百万単位で死んでおり、世界的には数千万単位で人が死んでいる。ここで語ることはやめておいた。何をどう言っても無理な弁護にしかならない。私は救国の英雄なんぞ自称する気にもならなかった。地獄へ参ることは決まっている。そこへ見知った顔が立ち塞がった。
「どこへいくつもりだ」
「阿南さん。私の仕事は終わりました。菓子でも買いに行こうかと」
「おあいにくだな。お前には新たな任務が与えられる。天皇陛下の名において石原莞爾に命ずる。これより大亜細亜連合国軍の最高司令官として指揮を執れ」
「嵌めましたね」
「なんのことだ?」
やれやれ…まだ…隠遁できそうにない。
大日本帝国万歳
天皇陛下万歳
石原莞爾万歳
≪終戦≫




