第154話 日米陸海軍停戦合意
=ハワイ・アメリカ海軍太平洋艦隊基地=
ついに軍隊が動いた。
「ここにアメリカ陸海軍は大日本帝国の陸海軍と全面的な停戦を宣言する。我々は日米講和に向けて歩み始める」
「大日本帝国陸海軍はアメリカ合衆国の全兵力と戦闘を停止する。政府間交渉が纏まるまで交戦の一切を禁ずる」
アメリカ政府の怠慢に業を煮やす。ルーズベルト大統領からトルーマン臨時大統領に移行したが姿勢は変わらなかった。臨時大統領という立場の都合から路線継承は理解できる。いいや、これ以上は我慢できなかった。すでに若者が数多も散って無駄な犠牲を払っている。母国に残した家族を筆頭に反戦運動は激化した。軍内でも無駄な戦闘を拒否することが生じる。
米軍内部の人事的な紛争も重なった。陸軍に続いて海軍も停戦に合意する。あくまでも、現場単位の停戦だが事実上の日米停戦を意味した。政府間交渉は始まってすらない。両軍が被害拡大を食い止めるべく、越権行為を承知で英断を下した。歴史的な舞台はハワイに設定される。本国の干渉が届く前に済ませた。日本から赴く格好で儀礼を重んじて戦艦で向かいたい。如何せん、急な出来事のために特急便で儀礼的な輸送機を仕立てた。
式典に参加しない兵士は暇があれば日本からやって来た輸送機を見物する。ハワイ到着前から停戦に合意していた。よって、護衛機の随伴はない。むしろ、海兵隊のF4Uことコルセアがエスコートするぐらいだ。海兵隊のエースパイロットたちも輸送機に圧倒される。日本本土から無補給で飛んで来れる程の航続距離は圧巻に尽きた。
「こんな爆撃機が飛んできたらお終いだよ。空母も戦艦も沈められる」
「あぁ、本土に行ってくれてよかった」
「おい、そりゃ無いだろ」
「無能な政府だ。言わせてくれよ」
「聞こえないようにな。何も聞いてない」
それは超大型輸送機の『白雉』と判明する。富嶽をベースに非武装化を施して爆弾倉は貨物室に変えた。旅行客向けの座席を備えるが最初期型はVIPの専用機と製造される。爆撃機仕様から大幅に軽量化した。航続距離は貨物次第だが最大1万キロメートルを叩き出す。超長距離の移動に適していた。その欠点は運用に係るコストが極めて高い上に整備性もお世辞にも良好と言えない。本格的な旅客機はもう少しの研鑽が求められた。とはいえ、米兵を圧倒する威容は今日に限って大正解だろう。
白雉は重要人物を爆撃機譲りの堅牢さを活かして時の人物を無事に送り届けた。海軍の停戦のため、代表者として山本五十六が派遣され、米内光政や堀悌吉ら大臣級は送れない。アメリカ海軍に顔が利いて威圧感もあるのは山本五十六以外にいなかった。お飾りを自覚して職務を全うする。飛行場では恰幅の良い米兵が固める中でチェスター・ニミッツ太平洋艦隊総司令官が迎えた。敵軍の大将であろうと停戦に合意した以前に名将と認めよう。ここでスプルーアンスの仇と言うような愚か者ではなかった。
陸軍も停戦している以上は将校を派遣する。やっぱり、石原莞爾と言いたいところ、代理人として辻政信が派遣されており、明らかに嫌な顔をされる。石原莞爾の腹心にして数多くの作戦を立案してきた。表には出せないような謀略に長けて情報部門が名指しで「最も危険な人物」と評価する。しかし、嫌な顔を露骨に見せては人間として失礼だ。国家を問わず人間の礼儀は弁えている。
「太平洋の船舶の自由な航行を認める。我々の無制限潜水艦作戦は現時点を以て終了した。それと捕虜交換も加速させたい」
「承知している。捕虜交換はウェーク島でどうだろうか」
「良いでしょう。すぐにでも始めたい」
「政府よりも話を聞いてくれる」
「苦労はお互い様ですよ。真なる敵は味方かもしれない」
「それ…言えることだ」
海軍同士の停戦交渉のため陸軍の出る幕はなかった。辻はジッと静止しているがニタニタと笑う。武器を持たない丸腰だった。四面楚歌に近いにもかかわらず、笑っていられる。その胆力に冷や汗が流れた。あまりにも不気味である。情報部門が分析するまでもなかった。こいつは危険人物以外に形容できない。
日米海軍はお互いに無制限潜水艦作戦を終了した。日本海軍が圧倒しているが米海軍も展開する。日本海軍は中型と小型の潜水艦を大量建造した。ドイツ海軍の群老戦術を参考に集団襲撃を行う。アメリカの海運の半分を行動不能に追いやった。それも終わる。太平洋において自由な船舶の航行が認められた。潜水艦による不慮の事故は起こらない。日米関係なく各国の民間船が雷撃されて民間人の被害が相次いでいた。
これに伴い捕虜交換を加速させる。捕虜をのせた病院船や貨客船が雷撃されることは珍しくなかった。無制限潜水艦作戦が終了すれば安心して送り返すことができる。マッカーサーとケネディの両氏の帰国は例外中の例外に該当した。一般の兵士が数千名規模で帰国を希望する。適当な民間船を徴用して捕虜交換に充当した。捕虜交換の大地は諸般の事情によりウェーク島に定まる。ハワイから近く、トラックから近く、日米から便利だった。
「これで日米陸海軍の停戦が決まった。日本による米本土空襲は終了する」
「あの爆撃機が飛んだのかね?」
「平たく言えばそうです」
「我々は戦うべき相手国を誤った。我々が打倒すべきは真なるファシストだった」
「後悔は尽きません。日本とアメリカが戦わなければ多くの命が平和に生きることができたはず。しかし、もう終わったことです。これからは未来を見なければならない」
「というと?」
「言わなくてもわかるでしょう」
「ソビエト連邦…共産主義圏だな」
日本による米本土空襲は10回も行われていない。米軍が自らギブアップを示した。彼らはB-17とB-24が精一杯である。新型のB-29やB-36の開発は遅々として進まなかった。シアトルのボーイング社工場が破壊されたことが一番の原因である。日本同様に大馬力エンジンの開発で冷却と過熱に悩んだ。アメリカンな量による解決法は通用しない。アメリカ軍御用達のワスプ系列で進めたが解決できなかった。カーチス・ライトのサイクロン系列が浮上して採用を得る。これもオーバーヒートを多発してカンザスの戦いに代表される改善を試みた。
日本が先に超大型の戦略爆撃機を開発したことは敗北の象徴である。あれだけ馬鹿にしていた。今は先行を許している。海と陸と空の三軍で負けた。政治と外交はいったん置いて軍備の時点で負ける。数では圧倒すれど質で劣った。数的劣勢は質により補うことができる。日本はロシアを下したことがある以上は侮ってはならなかった。アメリカの軍人を超えて全ての民に染み込んだ思想が悪い。
そして、両国の軍隊単位で「本当の敵はソビエト連邦の共産圏」と認識した。日本が太平洋への浸透を食い止める防壁と機能しよう。アメリカの参戦は強いない代わりに支援はお願いしたいところだ。ナチス・ドイツを打倒するためにソビエト連邦を支援することは理解できる。しかし、ナチス・ドイツが倒れた後のことは考えていただきたかった。
「ぜひとも、ヴァンデクリフトさんによろしくお伝えください。海兵隊が動いてくださったことで歴史的な停戦が実現しました」
「三発の銃弾だな。伝えておこう」
「私も石原莞爾に会ってみたいが」
「あいにく、多忙が過ぎて身体を壊しておりまして…」
「それはいけない。無事を祈っている」
この場の全員が脳裏に浮かべる首謀者は石原莞爾。
続く




