第153話 1945年
=1945年=
1945年の太平洋は停滞気味で動くことなく静かである。一方で本土では大地震が連続した。陸軍と海軍が出動して迅速な復旧に努めている。昨年12月に東南海地震が発生した。さらに、本年1月には三河地震が発生している。地震と津波により大きな被害を受けた。天皇陛下の勅命により軍隊が出動して国内の安定に速やかな救助活動を展開する。なんとか被害は最小限に食い止められた。工業地帯も大きな被害を受けるが、機能を満州に移転していたことが功を奏し、必要な物資は満州から逆輸入している。
このような自然災害のためか日本国内でも対米戦早期終結を望む声が浮上した。アメリカのように反発という格好ではない。とにかく早めに終わらせたい気持ちは否めなかった。政府と軍隊に働きかける。議会でも国会議員が非常時を無視して指摘した。これに石原莞爾が壇上に上がる。
「対米戦は私が責任を持つ。きっちりと終わらせる。すでに勝負は決した。大本営の発表の通りである。アメリカの秘密研究所を戦略爆撃機が爆撃した。アメリカは原子爆弾なる最終兵器を開発していた。これは一発で東京が消えるほどの威力を有して毒を振り撒く。そのような兵器を開発していた」
これには議場が大いにざわついた。報道各社も挙ってとりあげようとメモに纏める。壇上に凛とした姿勢で立つ石原莞爾の写真は一面を飾った。彼の一言一句が詳細に記される。
「誰が戦争を終わらせるか。それは我々ではない。アメリカだ。すでに何度か接触している。大日本帝国に大義がある。イギリスとフランス、オランダとは停戦で合意した。あとはアメリカのみである」
大日本帝国はイギリスとフランス、オランダと停戦協定の締結で合意した。幣原喜重郎男爵や吉田茂氏など平和的な外交官を特使に派遣している。主にナチス・ドイツと戦う国々はアジア太平洋に目を向ける余裕がないのだ。日本と交戦を続けることは非合理的に尽きる。今は巨悪たるファシストを撃滅するが優先だ。嘗て保有した植民地を放棄することは致し方ない。本国の安全ないし復活が最も優先すべきことに決まっていた。大日本帝国の主張は前大戦から一貫している。アジア太平洋地域の自主自立こと民族自決だ。これを無視して来たのは自分達なのである。
「そうまでして戦争を続けたいのか。理解に苦しむばかりだ。私はいつでも停戦に合意する用意がある。仮に彼らが頑として戦うと言うならば、今度はニューヨークを爆撃し、ハワイに兵隊を向けることを考えた」
アメリカが唯一の実質的な交戦国なのだが交渉のテーブルにつこうとすらしなかった。我が方の要求はアジア太平洋の民族自決と称する内容を簡潔にまとめると「中華民国の正式承認」と「フィリピン、グアムなど旧アメリカ領の独立」、「その他植民地領の独立」、「アジア太平洋に日本の経済圏構築」だ。その代わりに「ヨーロッパ戦線に関知せず」と「ナチス・ドイツは知らん」と言い切る。
「まずは現場単位の休戦から初め、国家単位の停戦、最後に全面的な講和である。それまで国民に負担を強いて誠に申し訳ない。しかし、勝利はもう目前まできている。どうか吉報を待っていて欲しい」
石原莞爾の演説は珍しく拍手なく静かに終わった。軍人の演説なんぞ取るに足らないと言わんばかり。本人は手ごたえを感じていた。これが報道されれば米国内の反戦運動は激化する。戒厳令を敷いて情報統制を敷いているようだが、皮肉なことに、最も自由な国が最も束縛する国と変わり、あろうことかジャーナリズムが暴走し始めた。
国会議事堂の裏手から自動車で司令部へと戻る。装甲車に守られながら道路を走った。1945年とは運命の年だが内地は空襲を受けることなく、自然災害こそ防ぎようはないが、市民が悠々と平和的に暮らしている。もちろん、最前線に斃れた将兵たちの犠牲の上に成立した。それを忘れることは絶対にない。靖国神社に新たに慰霊碑を構えることを予定した。
「アメリカの出方次第だ。陸軍は出せるが海軍が厳しい…」
なんとか本年中に決着を付けようと鋭意努力している。風船兵器の脅しを強めて市民感情を操作した。トルーマンもルーズベルトに続いて強情らしい。譲歩できるところは譲歩した。譲れないところは絶対に譲らない。何のための戦争であるか勝者は勝者であるべきだ。
「ソビエト連邦はドイツを圧迫しているが、想像以上にドイツが持ち堪えている。ノルマンディー上陸が延期を相次いでいるか。イギリスとフランスが強行する可能性も否めない…」
「ド・ゴールが橋頭保の確保に空挺部隊投入を計画しているようです。アメリカなしで動こうと」
「よくやるよ。上陸地点は割れているのだが」
「大西洋の壁が構築されました。これを崩すことは難しいでしょう。ソビエト連邦も攻めあぐねています」
「アメリカのレンドリースが滞っている。エニグマを解読してUボートを抑えたが送る物が足りなかった」
「わが方に有利なのですが、本当に折れませんね」
「まぁ、じきに折れるだろう。私はそれよりも満蒙国境線を見ている。奴らが仕掛けて来るかもしれない」
「まさか。ドイツを倒すことに総力を注いでます」
「わからんよ。独裁者とはそういう生き物だ…」
装甲車と自動車の列は大東亜戦争の総司令部へ走る。ここに全ての情報が集約されてから各方面へ振り分けられた。ヨーロッパひいてはユーラシア大陸、南北アメリカ、アフリカ、太平洋、大西洋を一元的に管理する。それ故に怪しい情報はすぐに届けられた。
司令部に戻るなり机の上には報告書が積み上げられる。部下に押し付けても良いが、部下が選別しても大量に積み上げられてしまい、ため息を漏らしながら一つ一つを確認した。優先度順に分けられているため高いものから確認していく。
「おぉ、次世代主力戦車が固まったか。ドイツが倒れた後は欧州市場に殴り込める。ソ連戦車がなだれ込んでくるかもしれない。いち早く量産せよと…」
ふと地図を眺めた。ソビエト連邦という大国がヨーロッパを呑み込もうとしていた。日ソ中立で合意している。明日は我が身と構えた。ソ連の被害は尋常じゃないが不凍港を求めて南下を再開することは容易に想像できる。満州からの侵攻が予想されて関東軍が固めた。満州工業地帯で製造される兵器が直送される。仮に南下せずとも冷戦において小競り合いはあり得た。したがって、太平洋が停滞の中で装備の刷新と充実化を推進している。余剰兵器は二線級に下げたり、倉庫に保管して予備用としたり、独立を待つ国家の軍隊や警察に与えたり、しっかりと有効活用するつもりだ。
「それでロスアラモス一帯は立ち入り禁止か。物質が漏れ出たな。これで研究は数年単位で遅れる。我が国も原子ならぬ核を保有するまで頑張ってもらおうか。かの国が独占するからよくない」
アメリカ関連の報告も上げられる。ロスアラモスの田舎町は突如として封鎖された。研究所の事故により非常事態が宣言されたが詳細は一切が不明である。道という道を軍隊が封鎖した。元々の住民は強制的に避難させられる。許可なく入る者は例外なく射殺するという厳戒態勢は余程の事態と考えられた。新聞とラジオの報道には一切が流れない。現地諜報員という名の協力者が教えてくれた。
「平和的に利用できればよいのだが…そうもいかないのが常である」
ゆっくりと立ち上がって窓から外を眺める。
「トルーマン。ご希望とあらば、私は大和に乗っていくぞ」
続く




